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心を込めて



少女が作ったミモザのブレスレットを地面に置くよう指示したクライスは、地面に置かれたそれに手をかざした。その瞬間、柔らかな風がクライスの手に集まり、花を柔らかに揺らした。すると次第に花の柔らかさが抜け、鮮やかな黄色から少し色の抜けた優しい淡い黄色に花びらが移り、硬さが目に見えて分かるように変わった。


「これ、もしかしてドライフラワー?」

「ああ。風魔法で不要な水分を抜いて綺麗な状態で枯らしておけば、ある程度劣化を防ぎつつ保存ができる」

「すごい!ドライフラワーが一瞬で出来るなんて…!」


目を輝かせながらブレスレットを手にとったイリスは再び手首にそれを通した。


「すげぇ…でも俺、そんな魔法使えるかな」


少年が感嘆と不安を同時に漏らした。そんな少年を見下ろし、クライスは静かに言った。


「簡単な風魔法の応用だ。そう難しいことじゃない」

「それは、クライスの基準で言ってる?」


イリスがじと、と半目で言うと、クライスは小さく咳払いをして言い直した。


「…少し練習すれば、子どもでも出来るだろう」

「だって!風魔法、使える?」


イリスが安心したように少年を見れば、少し目を泳がせたあと心を決めたように頷いた。


「やる、やるよ。それで…ニナの薬買えるようになるなら、その魔法使えるようになる」


強く言い切った少年に、クライスは小さく頷いた。


「じゃあ練習も兼ねて、ニナ、ミモザでもっと色々作れそう?」

「うん!得意だよ、まかせて!」


イリスがミモザを摘み、少女がそれを器用に小さい手で編んでいく。ブレスレット、髪飾り、冠、壁飾り。イリスとニナが協力して作りあげた物から、クライスが少年に魔法を教えながら仕上げていく。


「魔力は押し出すな。撫でるように流せ」

「うっ…」

「風は奪うものじゃない。余分なものを連れ去るイメージだ」

「う、うん」

「形を守れ。壊したら意味がない」


子ども相手でも容赦ないクライスの指導を横目に苦笑いしつつ、少年にしっかりと魔法を教えているクライスの姿にイリスは柔らかく微笑んだ。


(やっぱり、根が優しいんだよね、クライスって)


太陽が真上を通り過ぎたところで、ようやく少年がコツを掴んだようだった。案外、魔法の才能があるのかもしれない。魔力がない自分と比べては失礼かもしれないが、少年の習得スピードは明らかに早かった。


共同作業で出来たミモザのアレンジメントを地面に並べてイリスは満足気に腰に手を当てた。


「いい?これが、これから君たちが売る商品!」

「お、おお!」


少年が目を輝かせた。


「で、売る時にも大切なポイントがあるんだけど…」


真剣な眼差しでイリスを見上げる少年少女と視線を合わせるように、イリスはしゃがみ込んだ。そして、片手を胸に当て静かに語った。


「大事なのは、心を込めること」

「こころ…」

「そう。売りたい、お金を稼ぎたい。それも本当の気持ちだし、商売するなら必要な心構えだと思う。だけど、この商品を売る時に大切なのは、どんな心を込めたのかってこと」


イリスは語りながら、髪飾りを手に取った。


「例えば、この髪飾りを売る時。買いに来たのが男性だったら、誰かにプレゼントするのかもしれないよね。そんな時、どうやってこの髪飾りをおすすめする?」

「えっと…可愛いから、気に入ってくれると思う…とか?」


少年が頭を捻りながらそう答えると、イリスは笑顔で頷いた。


「うん、それもいいね。渡す相手がどう思うのかを想像してあげるのはすごく効果的だと思う!でも、もっと大事なことがあるんだ」

「もっと…?」


少女が首をかしげ、イリスの持つ髪飾りに視線を向けた。


「この髪飾りに、祈りを込めるの。買った人や、貰った人が幸せな気持ちになりますように…って」


まるで教会のシスターのように、イリスは穏やかに目を閉じた。髪飾りに祈りを捧げ、気持ちを込めているその姿がふわりと柔らかな光を纏った。少年と少女、そしてクライスまでもが息をのんでその神秘的な光景を見守る中、穏やかな風がイリスの髪を揺らすと、イリスはゆっくりと目を開け微笑んだ。


「私ならこう言うかな。これを受け取った人が、幸せな気持ちになりますようにって、心を込めて作りました…って」


少年はイリスの姿に一瞬見惚れ、ハッとしたようにでも…と視線を地面に落とした。


「そんなの、気休めだって言われたら…?」

「言ったでしょ?大事なのは、心を込めること。適当に作って口先だけ上手く言ったって、そりゃあ気休めだって言われても仕方ないよ。だって嘘ついてるんだから」

「!」

「でも、嘘じゃなければ……心からの想いは、絶対に届くよ」


言い切ったイリスに少年と少女は目を輝かせながら顔を見合わせ、そして力強く頷いた。


「わかった!」

「ニナ、いっぱい気持ち込めてつくる!」

「うん、約束ね!」


小指を差し出したイリスに、二人は小さな小指を差し出した。三人で優しく小指を絡め、約束の契りを交わす。その様子を後ろから見つめていたクライスは、ゆっくりと空を見上げ雲ひとつない青に目を柔らかく細めた。


「よし、じゃあ次は値段設定について…」


イリスが立ち上がり、少年に再び商売の心得を説きはじめると、少女は兄の元を離れ小さな歩幅でクライスに近づいた。


「お兄ちゃん」

「…どうした」


見上げてくる小さな少女は、曇りのない真っ直ぐな目をしていた。


「お兄ちゃんは、どんなのがいい?」


少女の純粋な疑問に、クライスの視線は自然と少年に講座を開いているイリスへと向けられた。いつもはひとつ結びにしている淡い薄紫の長い髪が背中で揺れているのを見つめながら、自然と口に出していたのは。


「…髪飾り。普段は、一つに結んでいるんだ」


誰が、と言わずともクライスの視線の先を見れば分かる。ニナは顔を輝かせ、わかった!と少し離れたところに置いてある余っていたミモザを手にいそいそと何かを作り始めた。クライスがしばらくその様子を眺めていると、完成したらしいそれを少女が目の前に持ってきた。


「お兄ちゃんも、心を込めてね。だいじだよ」


ニナがそう言ってクライスにそれを手渡した。受け取ったクライスは、手の平の上にあるそれをしばらく見つめ、ゆっくりと目を閉じた。まるでさっきのイリスのように、祈りを捧げるように。


クライスの心の中は波風の立っていない水面のように穏やかだった。こんな穏やかな気持ちになったのはいつぶりだろうか、そんな気持ちになりながら、クライスはそっと魔力を発動させミモザの花を包み込んだ。


────秘めた、心を込めて。


「ぜったい、届くよ」


クライスは少女の言葉にパッと目を開けた。嘘もお世辞も思惑もない少女の真っ直ぐな言葉は、先程のイリスの言葉そのままだった。イリスの思いは、少女に確かに届いていた。


「……そうだな」


クライスは手の平にあるそれを見つめ、無意識に微笑んでいた。





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