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少年と少女


ミモザケーキを堪能し、ケーキ屋をあとにした二人は商店街から少し離れた小道を歩いていた。


「こっちに何かあるの?」

「ああ。少し先に丘がある。そこに向かうつもりだ」

「おっけー!体力には自信あるよ、任せて!」

「わかってる。でなければ連れて行かない」


当たり前のように前を見ながらそう答えたクライスに面食らったイリスは頬を淡く染めながら視線をさまよわせた。


「お、おう…」

「なんだその反応は」

「ナンデモナイデス」


怪訝そうに振り返ったクライスに顔を伏せてなんでもないと返せば、不思議そうに首を傾げつつ、あまり深く突っ込みもせず再びクライスは顔を前に戻した。


しばらく道なりに歩いていると、突然横の小道から飛び出してきた影がイリスに勢いよくドンッとぶつかった。


「わっ!!」

「っ、おい」


イリスにぶつかった影は謝ることなくそのまま走り去っていく。その後ろ姿を視線で捉えたクライスが手を伸ばし、短い詠唱で魔法を発動した。


光の壁(ライトウォール)

「わあああっ!!」


その瞬間、影は見えない光の壁に勢いよくぶつかり派手に尻餅をついて地面に転がった。クライスと共に影の元へ歩み寄れば、そこにいたのはこちらを睨みつける少年だった。身なりは綺麗とは言い難い。


「なにすんだよ!」

「それはこちらのセリフだ。ポケットの中身を返してもらおうか」


イリスは「えっ」と素っ頓狂な声をあげてクライスを、そして少年のポケットを見た。不自然に盛り上がった少年のポケットにクライスが手を伸ばすと、少年は威嚇するように唸り声をあげ二人から距離を取った。イリスはそんな少年の姿にいたたまれなくなって、おずおずと声をかけた。


「あの…必死なとこホントにごめんなんだけど」

「なんだよ!」

「私の財布…ほとんどお金入ってない…」

「はぁ!?そう言って騙そうったって、そうはいかねぇからな!」

「いや、ほんとに…中見てもらえればすぐわかるから…」


なんなんだよ、と言いたげにポケットから取り出したのは、やはりイリスの財布だった。財布というよりはポーチに近いそれを、少年は躊躇なく開ける。そして呆然とぼやいた。


「お前……貧乏かよ」

「これでも一応、孤児なんでね!」

「!!」


イリスが堂々と放った言葉に、少年は目を大きく見開いた。そして気まずそうな顔に代わり、少し悩みながらもポーチをぽい、とイリスの方へ投げつけた。


「孤児が、なんでそんな綺麗な服着てんだよ。紛らわしい」

「この人がお金持ちだから…?」


こちら、と掌を上に向けクライスを指したイリス。クライスは表情を変えずじっと少年を見つめていた。そのアメジストの瞳の圧に少年は怯えたように口籠り、しかし睨むことを忘れず、じり…と後ずさりした。しかし後ろにはまだクライスの魔法で光の壁が立ちはだかっており、目の前にはクライスとイリス。少年に逃げ場はない。


「何故こんなことをした」


クライスの淡々とした責める声に、少年は悔しそうに拳を握り締め歯を食いしばった。答える気は無いらしい。目も合わせず、眉間に皺を寄せる少年にクライスがさらに詰め寄ろうとした時、それを遮ったのはイリスだった。


「もう一度聞く。窃盗は犯罪だ。子どもといえど…」

「お金が必要な理由は、なに?」


一歩、前に踏み出したイリスは少年と視線を合わせるようにかがんでもう一度尋ねた。


「困ってることは、なに?」


イリスの問いかけに、少年の瞳が大きく揺れた。

何度か口を開きかけては閉じを繰り返し、ようやく何かを言いかけたとき、その声はクライス達の後ろから聞こえてきた。


「お兄ちゃんを、いじめ、ないで…ごほ、けほっ…」


二人が振り返ると、そこには今にも倒れそうな、痩せ細って薄汚れた衣服を身につけた少女がいた。思わず息を呑むクライスの前で、イリスが「なるほど」と立ち上がる。


「妹のために、だね」

「ニナっ!!」


少年は名前を叫びながら、イリスとクライスの横を駆け抜けて少女の元へ駆けていった。


「なんで外に出てきたんだよ!危ないから出るなって言っただろ!?」

「お兄ちゃん、ニナ大丈夫だよ…だからお家、いっしょに帰ろ?」

「っでも……」


イリスはちらりとクライスを見た。彼は目の前の光景をただ静かに見つめている。その表情からは彼の感情を読めないけれど、クライスは目を逸らすことなく少年少女を見つめていた。


イリスは地面に投げられた自分の財布を拾い、少年達に近づいてもう一度しゃがみ込んだ。彼らはイリスを不安そうに見つめ返した。


「このお金は、私が過ごした孤児院のマザーのあったかい気持ちがこもったお金なの。だから、大切に使いたいんだ」

「…………ごめん、なさい」


イリスの言葉に、少年は目を潤ませながらぽつりと謝罪の言葉を口にした。


「うん、ちゃんと謝れた。えらいね」

「き、汚いから!さわるな!」


イリスが少年の頭を撫でると、慌てたようにぱしっと手を払われてしまった。けれど、イリスは微塵も気にすることなく再び少年の頭を撫でながらあっけらかんと笑った。


「大丈夫大丈夫、私なんて1週間お風呂入ってない時あった!」

「ニナも!」

「ほんと?一緒だね!」

「うん、いっしょ!」


今度は妹のニナの頭をわしわしと撫でるイリスに、少年の警戒が少しずつ薄れていく。よいしょ、と立ち上がったイリスは慣れたように少年達の手を取った。


「後ろのお兄ちゃんには怒られちゃうかもだけど、盗みをしてまで必死に生きようって頑張ってる二人は偉いよ、諦めないで頑張ってるの、すごいことだから。よく頑張ったね」


ぎゅ、と手を優しく握ったイリスに、少年の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちていく。


「っ……、おれ…おれだって、わかってる…」

「うん、そうだよね」

「でも、しかたないんだっ…金がないと…ニナの薬、買えなくて…っ」

「お兄ちゃん…けほっ…」


少年の頬を伝った雫が地面を濡らしていく。片手で涙を拭う少年を見つめながら、イリスはもう一度ぎゅっと、今度は少しだけ強く少年の手を握った。


「うん、仕方ないよ。だって、ちゃんとお金を稼ぐ方法を教えてくれない大人が悪いんだから」

「!!」


クライスはイリスの後ろ姿を見つめながら大きく目を見開いた。


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