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黎明のステラ 〜月の王子と竜の騎士〜  作者: 神崎とあ
国立スティア魔法学院
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宵闇の出会い


学院祭三日目の夜。

大広間にはビュッフェが用意され、制服姿の生徒達が歓談しながら食事を楽しんでいた。


「イリス、来てないのかな」

「そういえば、イリスさん見かけませんね…」


リチェルとエイミーが辺りを見渡すがイリスの姿が見えない。リチェルは昨日のイリスの様子が気がかりだった。まさか友達がクライス王子に身分違いの恋をするなんて。恋をするのは悪いことではないけれど、相手が相手だ。その相手であるクライスの姿も大広間に見えない。


代わりに婚約者であるミーナの姿がある。護衛をつれ、綺麗なワンピースドレスを身に纏う姿はまさしく選ばれしご令嬢だ。


「私、寮にいないか見てくるね」

「私も行きましょうか?」

「ううん、大丈夫だよ。エイミーはおいしいご飯食べてて」


ありがとうございます、と微笑んだエイミーを背に大広間を出て寮への道を進む。

普段ならいの一番に大広間に登場しそうなイリスがいないのはやはり心配だ。昨日のことを引きずっていなければいいのだけれど。そう思いながらリチェルは建物を出て、涼しい夜風を浴びながら歩いた。


「あ、こら。そっちは駄目だよ」

「えっ!?」


突然目の前に飛び出してきた物体に思わず足がつんのめる。それをまじまじと見れば、夜の闇に溶け込む柔らかそうな生き物が見えた。


「黒猫…?」


リチェルを見上げてまるで返事をするように「にゃあ」と鳴いたそれに思わず微笑んだ。間に合ってよかった、蹴ってしまうところだったと胸を撫でおろすと、黒猫の後ろから大きな影が近づいてきた。


「ごめんね、そっちは人が多いから駄目だって言ったんだけど…」


そう言いながら近づいた影がようやく姿を現した。私服を着た金髪の青年だった。美しさと男らしさを兼ねそろえた見目麗しい姿に思わず目を瞠る。


「ああ、僕も一応この学院の生徒だよ。後夜祭に参加する気はないから私服だけどね」


怪しんでいると思われたのか、弁明するようにそう言った青年にリチェルは慌てて両手を振った。


「あ、ううん!疑ってるとかじゃなくて…!えっと、この子はあなたの友達?」

「うん、そうだよ。名前はネコ」

「ね……ねこ?」

「猫だから、ねこ」


覚えやすくていいでしょ?と笑った青年にどう反応していいか分からず曖昧に笑うと、黒猫のねこはぴょんっと跳ねるように再び地面を蹴って横の茂みに飛び込んでいった。


「ああもう、どこいくの?まったくお転婆なんだから。それじゃあ」

「あ、うん。じゃあ…」


ねこを追いかけていく青年を呆然と見送り、リチェルは首を傾げた。


(なんか、変わった人だったな…)


まあいいや、と再び進もうとしたところで、前のほうから探していた声が聞こえてきた。


「あれ、リチェル?」

「イリス!」


リチェルに気付いたイリスは、一つ結びの髪を揺らしながらぱたぱたと駆け寄ってきた。


「ちょうどよかった!姿が見えないから探しに行こうと思って!」

「ごめんごめん!ちょっと色々あって!」

「色々、ねぇ?」


リチェルは気付いていた。イリスの髪飾りがいつもと違うことに。学院祭初日に渡した赤いリボンでもなく、普段つけている紫のリボンでもない。黄色いミモザの花を模した髪飾りだった。


「ミモザだね、それ」

「さすが薬学科!やっぱ植物には詳しいね!」

「で、それはどこで手に入れたの?」


物欲のないイリスが新しい髪飾りを買うことはないだろう。となると、誰かからの贈り物のはず。リチェルは何人かの男子生徒を思い浮かべイリスに尋ねると、イリスは髪飾りにそっと触れながら何かを思い出すように目を伏せる。その瞳が柔らかに揺れ、頬が淡く染まった。


それだけで、答えを聞かずともわかってしまった。

その髪飾りが、誰からの贈り物なのか。


「さっき、街でね。さて!後夜祭でいっぱい美味しいもの食べるぞー!」

「はいはい、食べ過ぎて苦しくならないようにね!」


片手を夜空へ突き上げ、元気よく大広間のある建物へ歩き出すイリスの後ろをついていきながら、リチェルはイリスの淡い紫の髪に咲くミモザの花を見つめていた。


(黄色いミモザの花言葉は……───秘密の恋)


彼がこの髪飾りを贈ったのだとしたら…。リチェルはイリスにバレないよう小さくため息を吐くと、首を横に振った。だとすれば、私にできることはただ見守ることだけ。どんな道でも、選び進むのは当事者である二人だ。


どうか、大好きな友達が苦しむことがありませんように。

リチェルは心の中で祈り、ビュッフェに胸を躍らせるイリスの横に並んだのだった。




***



「あれがクライスのお気に入りの女の子か。ねこ、どう思う?」


木の上から二人の少女を見下ろす金髪の青年の腕の中には、月の光を浴び艶やかな黒を輝かせる黒猫が大人しく収まって同じように二人の少女を見下ろしていた。


ねこは小さく「にゃあ」と鳴くと、興味を無くしたのか腕の中でスヤ、と目を閉じた。ねこの頭を撫でながら、青年の瞳は緩やかに揺れる緑のマントを映す。


「………あの子がリチェル、か」


その声には悔恨の色が滲み、一人と一匹は再び夜の闇の中へと溶けていった。




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