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黎明のステラ 〜月の王子と竜の騎士〜  作者: 神崎とあ
国立スティア魔法学院
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唯一無二の連携



午後の陽射しが少し傾きはじめた頃、騎士科の訓練場は、いつもとはまるで違う熱気に包まれていた。


砂地の中央には大きな魔法陣が刻まれ、その周囲をぐるりと観客席が取り囲む。石段の観客席には学院生だけでなく、招待された貴族や街の人々、子どもたちまでぎっしりと座り、きらきらした目で訓練場を見下ろしていた。


「これより——騎士科メインイベント、“模擬試合”を開始する!」


拡声魔法をかけた教員の声が、空気を震わせて響き渡る。


「今年は初の試みとして“ペア戦”で行う。勝ち負けも評価対象だが、何より見る者を惹きつける“連携”と“戦術”を重視する。騎士としての技量と、仲間との信頼——存分に示すように」


わあっ、と歓声が一気に広がった。

屋台で買ったお菓子を握りしめた子どもたちが身を乗り出し、学院生たちも口々に期待の言葉を交わす。


訓練場の片隅には、透明な膜のような光が薄く漂っていた。観客席と戦場の境界に張られた安全結界だ。魔法陣が時折淡く光り、万が一の威力を吸収するように脈打っている。


(うわぁ……いざ見ると、本格的……)


控えスペースからその光景を覗き込んだイリスは、ごくりと唾を飲み込んだ。



ーーーーーーーーーー

ーーーーー



控えエリアの石壁の陰で、出番を待つ騎士科の生徒達がざわついていた。


「次、俺達だ」

「緊張してきた〜!」


そんな声が飛び交う中、イリスはひとりで行ったり来たり、狭いスペースを落ち着きなく行き来していた。剣の柄をいじってみたり、今日だけ少し華やかに結ったリボンに指を引っかけてみたり。


「あああああどうしよう緊張してきたあああああ」

「いい加減止まれ」


すぐ近くの石壁にもたれかかりながら、クライスが淡々と言った。


「無理!止まったら息止まりそう!」


イリスが抗議めいた声を上げると、クライスはほんの僅かに口元を和らげた。


「今、止まっているが?」

「あ、ほんとだ。じゃなくて!心臓飛び出そうなの!」


そう言い返しながら、イリスはうるさい鼓動を落ち着かせようと両手で胸を抑え唸った。ちらりと横目で見上げると、クライスはいつも通り涼しげに佇んでいる。表情は静かで凪いでいるのに、内側に燃える魔力だけが、近くにいるとじんわりと感じ取れる。


クライスはふと手を伸ばし、イリスの掌を取った。


「少し減っているな」


指先が触れた瞬間、どくんと心臓が鳴る。


「ま、またそうやって勝手にスキャンしないで!?」

「魔力管理も自己管理のうちだ。自分で把握しろ」


そう言いながら、クライスはイリスの手に自分の片手を重ね、軽く目を閉じた。


次の瞬間、あたたかい光がイリスの身体を満たす。

胸の奥からふわりと上がってくるような温もり。血流に溶けるみたいに全身へ広がっていき、冷えていた指先やつま先までじんわりと熱くなる。


(…やっぱり、クライスの魔力、好きだな。あったかい)


言葉にしたら恥ずかしくて死ぬので、当たり前のように心の中だけで呟く。


「これで、さっきまでの震えは止まるはずだ」

「……もう、震えてないし」

「そうか?」


いたずらっぽく目を細められ、イリスはそっと手を引っ込めてごまかす。


「お前はいつも通りでいい。いつも通り前に出てただ剣を振っていればいい」

「………なんか貶されてる気がする」

「褒めている」


あまりにも真面目な顔で言うので、イリスは思わず吹き出した。


(……そっか。ものすごい魔法使いのクライスが一緒なんだから大丈夫に決まってるよね、うん)


胸の中にあった緊張が少しずつほどけていくのと同時に、安心感が萎みかけていた自信を取り戻してくれていた。


***



「次の対戦は——騎士科1年、イリス。そして、特別科2年、イルーナ王国第二王子、クライス=ヴァリシエ!」


教員の声が高らかに響いた瞬間、訓練場の空気が一変した。


「えっ、今なんて……」

「第二王子!?」

「クライス様が、模擬試合に!?」


ざわざわ、とどよめきが波紋のように広がっていく。


観客席の前列。

リチェルは驚きで目を丸くした。


「まさか本当にクライス様が出るなんて…」

「うおおお、これは最高に盛り上がるやつだろ!!」


カイルが勢いよく立ち上がり、隣の観客の視線をちょっとだけもらって座り直す。エイミーは胸の前でぎゅっと手を組み、友人と第二王子のペアに目を輝かせつつ心配の色を浮かべていた。


「イリスさん、緊張してないといいですけど……」


すぐ近くでは、他の生徒たちも口々に声を上げている。


「騎士科のあの子、前代未聞の問題児って言われてるけど、剣はすげーんだよな」

「第二王子とペアって、反則じゃない?」


そんな声をイリスは遠くに聞きながら、ゆっくりと足を進める。


砂の感触が足裏に伝わる。

隣にはクライス。銀髪とアメジストの瞳が観客席の視線を一手に集める。陽光を受けたその姿は、今日もやっぱり“物語から抜け出してきた麗人”のように美しかった。


反対側のゲートからは、相手ペアが姿を現す。


炎を纏った剣を持つ騎士科2年の男子生徒と風を操る普通科の男子生徒。二人とも体格がよく、見るからに手練れの雰囲気が漂い、観客席からは続々と期待の声が上がった。


(強そう……!)


イリスがごくりと唾を飲み込むと、クライスが横目で彼女を見た。


「……イリス」

「な、なに?」

「転ぶなよ」

「フラグ立てないで!?」


そう言っている間に、審判役の教員が手を上げる。


「では——模擬試合、開始!」


最初に動いたのは、相手ペアだった。


「行くぞ!」

「任せろ!」


剣を構えた騎士科の男子が足を踏み込み、炎を纏った斬撃を飛ばす。赤い火花が砂地を駆け抜け、熱を帯びた衝撃波がイリスたちへ迫る。普通科の男子は、同時に土の魔法で地面を隆起させ、イリスたちの足場を崩そうとした。


「おっとと!」


イリスはぎりぎりでそれを飛び越え、滑り込むように剣で炎をはじく。金属と炎が擦れ合い、焦げた匂いが鼻をついた。


(わ、威力すご……っ)


手に伝わる振動から威力を直に感じ歯を食いしばる。続けざまに振り下ろされる炎の剣。それをイリスが受け止めた瞬間——


ふっと横から風が吹き込み、炎が少しだけ逸れた。


クライスが後方から風魔法で軌道をそらし、イリスの負担を最小限に抑えている。彼自身はほとんど動いていないのに、風や光がさりげなく彼の周囲を巡り、最小限の動きで場をコントロールしていた。


観客席から感嘆の声が漏れる。


「うわ、あの炎を受け流した……!?」

「クライス様、やっぱり桁違いのお方だ…あの魔法制御の精密さ、えぐいな……」


イリスは剣を構えなおしながら、短く息を整えた。


(大丈夫、クライスがいる。いつも通りでいい——)


後ろから、低い声が静かに届く。


「イリス、——跳べ」


その一言に、イリスの体が自然と動いた。


地面を蹴った瞬間、足元に小さな風の魔法陣が走る。ふわりと風が身体を持ち上げ、いつもよりずっと高く飛び上がった。


「わっ——!」


視界が一瞬、訓練場を見下ろす高さまで広がる。

騎士科男子の頭上を通り過ぎながら、イリスは空中で身体を捻り、剣を振り下ろした。


その軌跡に、クライスの風魔法が絡みつく。


空中で振るわれた一太刀が、鋭い風刃となって延長され、騎士科男子の足元へと走った。


「うわっ!」


砂が舞い上がり、相手の足さばきが一瞬乱れる。

その隙にイリスは地面に着地し、すぐさま距離を詰めた。その機動の速さに生徒達は息を呑んだ。


「すげぇ……空中から……」


観客席から、ぽつりとざわめきが漏れる。


「聖なる光よ、剣を纏い閃光を放て」


短い詠唱と共に、クライスがイリスの剣へ光の魔法を流し込む。


次の瞬間、イリスが走る軌跡に沿って、淡い光の尾が残った。剣を振るたび、花びらのような光の粒が弾け、砂地に淡いきらめきを撒き散らす。


「ははっ、すご…!」


イリスは興奮したように笑いを溢す。


思わず笑ってしまうほどの美しい光景だった。

自分の動きがそのまま“ショー”になっている。学院祭の模擬試合という意義を実感し、イリスの顔にも自然と笑みが広がった。


観客席の子どもたちが目をキラキラと輝かせ歓声を上げた。


「きれーい!」

「光の剣だ!かっこいい!」


剣と光が織りなすその軌跡は、まるで夜空に咲く花火のようだった。


だが——相手も引くつもりはない。


「こっちも魅せてやるよ!」


表情を引き締めた騎士科の男子が剣を高く掲げた。炎が渦を巻き、剣先から大きな炎の竜巻が生まれる。普通科の男子がそこへ突風を送り込み、炎はさらに巨大な柱となって天へ伸びた。


「うわっ……!」


安全結界がぱっと強く光り、炎の勢いを制限しながらも、その迫力は本物のままだ。観客席にまで熱気が伝わり、思わず腕で顔を庇う者もいた。


「す、すげぇ……!」

「さすが二年生……」


轟々と燃え盛る炎の柱。

その根元から、熱風が容赦なく吹き荒れる。


イリスは腕で顔を庇いながら、一瞬だけ後ろを振り返った。このままでは近付くことができない。


「クライス……!」

「任せろ」


クライスは片手をスッと前に出すと同時に一歩、前へ踏み出した。


次の瞬間。凍るはずのない足元の砂が透明な膜を張り、円形に凍り広がっていく。淡い青白い魔法陣が氷の上に展開されると、そこから氷柱が重なるように一直線に道が形成されながら炎の竜巻の根元へと走る。冷たい魔力が地面を駆け上がり、炎の中心を一気に冷却した。


ジュウウッ——と音を立てて、炎が白い蒸気へと変わり竜巻はその形を維持できず、霧となって霧散していった。


「……そんな!?」

「なんて魔力だ…!」


2年達の驚きの声を覆うように蒸気が一気に広がり、視界が白く煙る。


その白いカーテンの中から——


「今だ!」


クライスの声と同時に、イリスの身体がふっと軽くなった。背中を押されるように、風が彼女の背を押し出す。いや、実際にクライスの魔法が風の矢となって彼女を加速させたのだ。


踏み込んだ一歩で、彼らとの距離は一瞬にして無くなった。相手の炎はすでに霧散している。驚いた表情を浮かべるその前で、イリスは剣を斜め下からすくい上げるように振り上げた。


ガキンッ!


衝撃波で相手の剣が弾かれ、宙を舞う。

同時に、普通科の男子生徒が土の壁を立てようとしたが、クライスの雷が地面を這う。走るように放たれた雷光が足元の魔法陣をかき消し、その手を止めた。


「くっ……!」


二人のバランスが崩れた。今がチャンスだ。


イリスはクライスの隣に戻り、視線を投げる。頷いたクライスが杖を構え詠唱すると、相手に向かって地面に小さな魔法陣がいくつも浮かび上がっていく。


イリスはそこを駆け抜けた。


一歩踏むたびに、風が足を押し、体が軽くなる。

次の一歩で、剣に雷が移り、さらに次で光が混ざる。


最後の一歩。


雷と光が同時に剣へ収束する。


「——っ!」


地面すれすれに剣を振り抜いた瞬間、低い唸りをあげて衝撃波が前方へ走った。砂を巻き上げた光と雷の一線が、相手ペアの足元で爆音と共にと弾ける。


ドンッ!


衝撃で二人の足元が崩れ、バランスを崩した彼らは尻もちをついた。その頭上には安全結界が強く光を放ち、これ以上の衝撃を遮っている。


会場はシン…と静まり返り、ただ目の前の出来事を誰もが食い入るように見守っていた。


「そこまで!」


審判役の教員の声が高らかに響いた。


「勝者——イリス、クライス=ヴァリシエ!」


瞬間、割れんばかりの歓声が訓練場を包んだ。


「すっげぇ……!」

「今のコンボ、どうなってたんだ!?」

「クライス様…素敵…」


大歓声の中、イリスは大きく息を吐き出した。


「はぁぁぁぁぁっ……!楽しかったーーーー!!」


心の底から漏れた叫びだった。

怖さよりも、苦しさよりも、嬉しさと高揚感が勝っていた。クライスはその横顔を見て、ふわりと目元を和らげる。


「……そうか」


それに気づいた観客は少ない。でも、一番近くにいたイリスの胸には、その表情が鮮明に焼きついた。


(……綺麗、だなぁ)


ぼんやりと見惚れた瞬間、どっと疲れが押し寄せる。


「——あ」


膝がふらりと折れかけたところを、すぐそばの腕が支えた。


「っ……!」


片腕で支えられ、ぐいと引き寄せられる。腰に回されたクライスの手の力強さにイリスの心臓は別の意味でもう一度跳ねた。


「立てるか」

「た、立てる……!」


慌てて距離を取ろうとして、しかし足元はまだ少し頼りない。そんなイリスの様子に気づいて、クライスはため息混じりに小さく笑った。



「……やっぱりイリス、すごい」


観客席では、そんなイリスを見つめながらリチェルがぽつりと呟き、誇らしげに笑った。その隣でエイミーは目を潤ませながら拍手を送る。


「コンビネーションがすごく綺麗でした!魔法の使い方が、あんな風に剣技を昇華させるなんて……」


カイルは頭をかきむしりながら、苦笑いで叫んだ。


「悔しいけど、すげーのは認める!」


周囲の生徒たちも、さっきまでの「前代未聞の問題児」という囁きから一転して「期待の王国騎士団候補」としての視線に変わりつつあった。




***



「まあ……見事な連携ですわね」


上段の来賓席で、ミルクティー色の艶やかな長い髪を揺らす可憐な女性が優雅に拍手を送りながら、桃色の鮮やかな口元に微笑みを浮かべていた。


その紅茶色の瞳には僅かに口元を緩ませるクライスと、彼に支えられているイリスの姿が色褪せて映っていた。


彼女(あの女)が、あの方の仰っていた……)


「…………害虫」


す、と細められた瞳は鋭く冷気を纏っていた。




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