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黎明のステラ 〜月の王子と竜の騎士〜  作者: 神崎とあ
国立スティア魔法学院
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学院祭のはじまり



スティア魔法学院は、朝からいつもと違う熱気に包まれていた。


中庭には色とりどりの旗がかかり、校門には学院の紋章入りの大きな幕が揺れている。甘い焼き菓子や香草の匂いが風に乗って流れ、どこからともなく楽しげな笑い声が響いてきていた。


ルーナ寮の一室も例外ではない。


「前に言ってたでしょ?学院祭、一緒に回ろうって。それっぽいもの、あった方がいいかなと思って……」


リチェルが、少し照れた様子で小さな箱を開ける。

中には、色違いのお揃いのリボンが三つ。


イリスの前に差し出されたのは、彼女の明るさと真っ直ぐな強さに似合う深い赤色に金糸の刺繍が入ったリボン。隣のリチェルの手には知的で温かい印象の淡いミントグリーン、エイミーの前には優しく温和な空気を纏った柔らかなラベンダー色。よく見ると、三つとも同じ小さな花の刺繍が施されていて、揃いのチャームがきらりと光った。


「えっ、なにそれ最高!かわいい!!」


イリスはベッドの上で跳ねそうになる勢いで身を乗り出し、リボンを両手で掲げてくるくると眺める。


「リ、リチェルさん!すごく素敵です…宝物にします…!」


エイミーも胸元にぎゅっと押し当て、目を潤ませた。


「大げさだってば……髪に結んだら、ちょっとは学院祭っぽいかなって思っただけで」


そう言いながらも、リチェルの耳はほんのり赤い。三人で鏡の前に並び、それぞれの髪にリボンを結んでみる。鏡の中には、いつもと少しだけ違う自分たちの姿が映し出された。リボンが揺れるたび胸の中も弾むようで、顔を見合わせた三人の顔には自然と満面の笑みが浮かんでいた。


イリスは満足げに頷き、くるりと一回転してみせる。


「よし!今日はめいっぱい楽しも!」


突き上げられた拳に、リチェルも、エイミーも笑って大きく頷いたのだった。



ーーーーーーーーーー

ーーーーー



学院の中庭はまさにお祭り騒ぎだった。


あちこちに屋台や出し物の看板が立ち、制服姿の生徒たちの間を、招かれた市民や子供たちが楽しそうに歩いている。色鮮やかな旗の下を、イリスたち三人は並んで歩きながら、学院祭の為に用意された手元のマップを覗き込んだ。


「まずはリチェルの学科からでしょ!」


イリスが胸を張って言えば、当の本人は肩をすくめてため息をつく。


「私がやるわけじゃなくて、先輩達のショーだよ」

「でも、材料の魔法薬、リチェルさんも作ってるんですよね?」


エイミーが控えめに口を挟むと、リチェルは照れ臭さあに視線を泳がせた。


「……す、少しだけね」

「よっしゃ!行こう!!」


そんなやり取りをしながら辿り着いたのは、温室前の特設ステージだった。観客用の簡易ベンチがいくつも並び、立ち見の生徒たちや子供たちがわいわいと集まっている。頭上には魔法で浮かぶ文字が、きらりと光って回転していた。


《魔法薬学科ステージショー》


「おお〜!本格的じゃん!」


イリスが目を輝かせていると、舞台の中央に立った上級生が魔法拡声の陣を通して声を響かせた。


『それでは、光彩魔法薬を使ったショーを始めます。こちらは1年薬学科のリチェルが調合した《光彩増幅の薬》です』


「え、今リチェルって言った!?」


イリスががばっとリチェルの方を向き、肩を掴んで揺さぶる。


「すごい!きれい!!これリチェルが作った魔法薬だよね!?ね!?」

「本当に…!光の屈折を利用してるんでしょうか…あ、でも魔力が…」


隣でエイミーは、既にガチの分析モードに入りかけていた。


「や、やめて…!そんな大したことしてないって…!先輩の演出のおかげだし…!」


リチェルは真っ赤になりながら興奮するイリスを剥がし、こほんっとわざとらしく咳払いした。

その間にも、ステージ上では透明なフラスコに薬草や粉末が投じられ、最後の一滴が落ちた瞬間——


<パァン!>


軽やかな破裂音と共に眩い光が弾け、空中に色とりどりの光の花が咲いた。花弁のような光の粒がふわりと舞い、観客の頭上へ降り注いでいく。


イリスの赤いリボンにも、きらりと光の花弁がひとひら落ちた。


「わぁ……!」


思わず息を呑む。

その隣で、エイミーは目を輝かせ、リチェルは自分の魔法薬の成功に僅かに目を潤ませながらステージを見つめていた。


観客のあちこちから「すごい」「きれい」という声が上がる。その中に混じって、確かにリチェルの名前を褒める声もあった。イリスはそれを聞き逃さなかった。


(リチェル、……本当にすごいよ)


寮の部屋で夜遅くまで頑張っていたリチェルの姿を思い出し、誇らしさで胸がいっぱいになった。



ーーーーーーーーーー

ーーーーー



ひとしきり魔法薬学科のショーを堪能すると、今度は工学科の棟へ向かうことにした。


「おーい!待ってたぞ、イリス!それにリチェルにエイミーも!」


工学科棟の前で手を振っていたのは、案の定カイルだった。黄色いマントを翻し、いつも以上にテンションが高くお祭り騒ぎに興じているようだった。


「カイル!なんかめっちゃ楽しそうなんだけど!」


イリスが笑いながら駆け寄ると、リチェルはじとっとした目で看板を見る。


「……なんか、嫌な予感しかしないんだよなぁ」


看板には大きく《ダンジョン体験》の文字。

横には「安全対策済み!」と書かれてはいるものの、その下に小さく「※多分」と落書きされているのが見えた。


「だ、大丈夫なんでしょうか?危険とか…」


エイミーが不安げに問いかけると、カイルは胸を張って親指を立てた。


「安心しろって!安全対策はバッチリ!!…多分」


最後の一言が小さくなるのを、三人はしっかり聞き取っていた。


それでもイリスは楽しそうな看板とわくわくする気持ちには逆らえず、二人を引っ張って簡単な説明を受け、光るランタン型の魔法具やバリアを張るペンダントなどを装備して、ダンジョンの中へと進んだ。


「おお〜、ちゃんと迷路っぽい!」


石造りの通路の先は薄暗く、足元には魔法具の光が揺れている。壁には簡易的な魔法陣が刻まれ、時折「ピコン」と光る仕掛けもあった。


「じゃあ、行ってみようか!」


イリスは先頭に立ち、ずんずん進んでいく。


「あ、おいイリス!ちょっと待っ……!」


カイルの制止の声が飛んだのと、イリスの足元の石が「カチッ」と音を立てたのはほぼ同時だった。


「うわっ!?」


足元がぐらりと沈む。

石床がぱっくりと口を開けようとしたその瞬間——


「ぎゃっ!!」


勢いよく腕を引かれ、イリスの身体が後ろへと引き戻された。開きかけた床の先にぽっかりと穴が覗き、その縁にイリスのブーツの先がかろうじてかかっている。


「……う、うおぉ、ほんっと危なかった……!」


イリスはそろりと穴を見下ろし、ぞわっと背筋を震わせた。


「あ、あぶな…っ、まじで落ちるとこだったって!!」


腕を掴んだままのカイルの手にぐっと力が入る。引き寄せられた勢いで、イリスの身体は半ばカイルの胸に預けられるような形になっていた。


胸板越しに感じる鼓動は、いつもより少し早い。


(……びっくりしたから、かな)


驚かせてしまって申し訳ない気持ちになるも、安心させるようにイリスは明るくお礼を言った。


「助かった〜!ありがと、カイル!」


いつものようにあっけらかんと笑うその顔を、カイルは至近距離で見上げる形になる。赤いリボンがゆらりと揺れて、その下の瞳がきらきらと笑っていた。


(……あれ。なんだ、これ)


カイルの胸の奥が不意に熱を帯びる。驚愕の動悸とは別に、何か違う感情が顔を覗かせようとしているような気がしてうまく口が回らない。


「カイルさん……顔、ちょっと赤い?」


後ろからこそっと覗き込んだエイミーの言葉に、カイルは慌ててイリスから手を離した。


「なっ……!べ、別に!ダンジョンはちゃんと最後まで案内するからな!」


何事もなかったかのように先へ進もうとするカイルの背中を、イリスは首を傾げながら追う。リチェルは一安心とばかりに息を吐きつつ、その様子をちらりと横目で見ていたのだった。



ダンジョン体験を無事クリアしたあと、三人は再び中庭へ戻り、今度は普段はあまり足を運ばない普通科エリアへ向かった。もちろん先導はエイミーだ。


「本戦は明日ですけど、今日は予選の一部が見られるんです」


エイミーが、少し誇らしげに案内する。

広場には特設ステージが組まれ、審査員席と観客席が向かい合うように並んでいた。頭上には浮遊する魔法陣が回転し、魔力のきらめきが空気に混じる。


ステージに出てきたのは、普通科の3年生。水の魔法陣が足元に展開されると、空中にふわりと水が浮かび上がる。やがてその水は、形を変えながら大きな翼となった。透明な水の翼が広がり、光を受けて虹色に輝く。


「わ〜、すっごい!!鳥みたい!」


イリスが思わず身を乗り出す。ステージの向こうで水の翼が一度ふわりと羽ばたき、観客の頭上に細かな雫が舞い散った。


「水の形状保持と風の制御、同時にやってるんだ…」


リチェルが感心したように呟く。


「あちらの先輩は水属性なので、風魔法は魔法石で扱える最低限の魔力を使用しています。変換魔法と、物質の構造情報を一時的に書き換える魔法を組み合わせて…」


エイミーは目を輝かせながら早口になり始める。


「落ち着いてエイミー、ゆっくりお願い!」


これまた勉強熱心なリチェルの学習意欲による呼びかけに、エイミーは「はっ」と我に返って頬を赤らめ今度はゆっくりと解説をはじめた。もちろんイリスはまったく聞いておらず、目の前のコンテストに夢中だ。


次の出場者は、砂の入った箱をステージ中央に置き、ゆっくりと手をかざした。砂がふわりと浮き上がり、くるくると回転しながら光を帯びていく。


やがて、それらは色とりどりの宝石状の結晶へと姿を変えた。箱の上から降り注ぐ宝石の雨に、観客の子供たちが「きれーい!」と歓声を上げる。


「すごっ…!これもう大道芸の域超えてるよね!?」


イリスもキラキラした目でステージを見つめる。

隣で、リチェルとエイミーも同じように興奮していた。


けれど——


(……すごいなぁ)


胸の奥で、自身の声が静かに響いた。


(私も魔力があれば、ああやって自分の力で誰かを楽しませたり、守ったり……)


ステージの上に立つ先輩たちは、皆自分の魔力で魔法を紡いでいる。魔法陣を描く手、詠唱に込める息、魔力の流れ。そのどれもが、彼ら自身のものだ。


(でも私は、クライスの魔力がなきゃ何もできない)


ふと、ステラ寮の裏庭での光景が脳裏をよぎる。

手のひらからあたたかく流れ込んでくる光の感触、風に持ち上げられる身体、横で支えるように立っていた銀髪の横顔。


あの時間は、確かに楽しかった。

そして——心のどこかが、やわらかく満たされるようなあたたかさがあった。


けれど、目の前のステージで輝く先輩たちを見ていると、どうしても比較してしまう。


(あのステージに、私は“自分だけ”では立てない)


どれだけ剣を振っても、どれだけ身体を鍛えても。


(どれだけ頑張っても、魔法だけは……自力じゃ届かないんだ)


ほんの一瞬、イリスの横顔に影が差す。

けれど次の瞬間には、いつものように明るく笑っていた。


「今のもすごかったね!」


振り返って言えば、リチェルもエイミーも笑顔で頷く。

二人は、イリスの心の奥に生まれた小さな棘には気付かなかった。イリス自身もそれを見ないようにするかのように、パンフレットをぱらぱらとめくった。


「次、どこ行こっか!」


きらきらした声で、二人に問いかける。

胸の奥に小さく沈んだ痛みを抱えたまま、学院祭の一日は、まだまだ続いていくのだった。



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