前代未聞の問題児
入学から一週間が経ち、騎士科では今の実力を測る場として一年生同士の決闘トーナメントが行われることとなった。これは毎年恒例のイベントのようで、決勝戦では学院の闘技場に学年学科関係なくたくさんの生徒達が観戦に来るらしい。
数日かけて授業内で予選が行われ、勝ち残った二人が決勝戦の日、授業後に闘技場で大歓声の中で戦うというものだ。
正直に言うと、勝ち残る自信はなかった。
何故なら私は魔法が苦手だからだ。孤児院にいた年下の子供たちのほうがよっぽど上手く魔法を使えていたと思う。
決闘は実戦方式で武器は何を使っても良い。拳で戦う人もいれば、弓を使う人もいた。各々が得意な戦い方で決闘に挑んだが、そのほとんどが必ずと言っていいほど魔法を併用していた。
勝敗はどちらかが降参を意味する言葉「リザルト」を告げるまで。引き際を見極めるのも実力のうち、というわけらしい。
そして今日は、ついにその決勝が行われる当日だった。朝、寮を出る際にリチェルから「必ず応援に行くね!」とガッツポーズで見送られたのだ。
そう、私は何故か決勝に残ってしまった。
確かに孤児院では負けなしで、いつも優勝賞品のクッキーを貰っていた。でもそれはあくまで孤児院の中での話だ。広い世界に出れば、信じられないほど強い人がたくさんいるのだとジェフおじさんに口酸っぱく言われていたので、まさか自分が勝ち残るとは微塵も思ってもいなかったのだ。
かといって簡単に勝ってきたわけじゃない。スティア魔法学院の難関な入学試験を突破し騎士科に入学した生徒たちだ。まったく戦えない人なんて一人もいなかった。
擦り傷は当たり前のように増えていき、痣も出来たけれど、練習になるからと寮でリチェルが治癒魔法を使って軽い怪我を治してくれた。おかげで毎日元気に決闘に挑めている。
決闘が始まる直前、闘技場の出入りで胸に手を当て緊張を落ち着けていると、後ろからポンと肩を叩かれ驚いて思い切りビクッと跳ねてしまった。
「びっ…くりした…」
「はは、悪い悪い!すげー緊張してんなーって思ってさ」
にか、と笑いながら短髪赤髪の青年が横に並んだ。彼こそが今日の決勝の相手だった。
「俺、エドガー。よろしくな!」
「あ、うん。よろしくね。私はイリス」
彼の名前はエドガーというらしい。見かけたことがないので、恐らく別のクラスなのだろう。
深く深呼吸をして彼と共に闘技場の中央へ足を進めると、観客席から大歓声が響いた。こんなに注目を浴びると流石に緊張で体が固まってしまう。すると、エドガーは向かい合う前に私の背中をポン、と軽く叩いた。
「本気でいくからな」
片側の口角をあげ、好戦的にそう言うと彼は正面に立ち腰に刺していた剣を抜いた。エドガーも剣を使うらしい。背中を押されたからか、先ほどよりは少し緊張が和らいだ。同じように腰に掛けていた剣を抜き彼に対峙する。
「それでは、騎士科一年による決闘の決勝を行う!始め!」
放送席らしき場所から教師がそう高らかに宣言し、決闘が始まった。
「さて、噂のイリス嬢。本気でお手合わせ願いますよ!」
「噂って何…?まさか悪口?受けて立つけど」
「いやいや、すげー…強いって噂!」
「っ!」
言葉と共に振り下ろされた一太刀を両手で握った剣で受け止める。決勝まで残った実力者、一振りが重い。けれど。
「脇が甘いんじゃない!?」
「うお!」
力を抜き体を屈め彼の後ろに回り込む。力いっぱい振り下ろした勢いに勝てず反応が遅れたエドガーの足元を狙えば、間一髪というところで振り向きざまに間合いをとられてしまった。
「やるじゃん」
「エドガーもね」
彼のブーツの靴紐が切れて揺れている。あの瞬間に避けられたのは流石としか言いようがない。グッと手に力を入れて足を踏み込むと、同じように彼も前に踏み込んできた。どうやら真っ向勝負を受けてくれるらしい。
「ハァッ!!」
「くっ、重…本当に女子かよ!」
「か弱い女子、だよ!」
「嘘つけ!」
金属音がぶつかり合う音が響くたび、会場のボルテージも上がっていく。けれどいつの間にかギャラリーは気にならなくなっていた。それほどまでに目の前の男との戦いに集中していた。
一度後ろに下がり間合いをとる。目を逸らすことなく相手の一挙手一投足を注視する。エドガーの癖は既に分かった。小さく息を吐き口を引き結んだ。もし私に勝機があるとするならば、絶対に見逃せないタイミングがきっとこの後。
「うおおっ!」
(きた…!)
雄叫びを上げながら踏み込んできた彼の剣を受け止め斜め下へと流す。その瞬間に彼の右足を足で払うと、いとも簡単にバランスを崩した。
「なっ…!?」
信じられない、そんな顔で地面に仰向けに倒れた彼の首に剣の鋒を向け上から見下ろした。
「…………り、リザルト」
少し間があってから、状況を理解したのか剣から手を離して彼は両手を顔の横に上げた。負けを認める合図を出した彼に、会場から大歓声が上がる。
「勝者、イリス!!」
高らかに宣言された勝利にふっと肩の力を抜に剣を腰に戻した。エドガーにそっと手を差し出すと、彼は楽しそうに軽く笑った。
「…はは、マジですげーや」
「ありがと、楽しかったよ」
「!あはは、こちらこそ!」
立ち上がったエドガーと改めてしっかりと握手を交わし、決闘を取り仕切る担任の教師によくやったと肩を叩かれた。地味に痛かったがとりあえず笑っておいた。
記念写真を数枚撮りようやく解散となると、隣でぐっと伸びをしたエドガーが悔しそうに口を開いた。
「あーあ、体幹鍛えなおさねーとな」
最後に簡単にバランスを崩されてしまったことを気にしているのだろう。
「体幹っていうか、癖直したほうがいいかもね」
「癖?」
なんのことやらと首を傾げるエドガーに一瞬出来た隙について教えてあげることにした。
「こっちの攻撃を受け止めて横に流す時に、体勢を立て直そうとするでしょ。その時、無意識だろうけど右足の踵が少し浮くの」
「え…」
「軸足を左に移すタイミングがいつもその時だったから。狙ってたんだよね」
「……まじか、あんだけ激しく打ち合いしててそんなとこまで見てたのかよ」
もう一度まじか、と呟いて口を開けているエドガーに思わず笑ってしまう。
「女だから男には力じゃどうしても敵わない時がある。だから相手をよく観察して隙をつけ、師匠にそう教えられたんだよね」
「なあ、その師匠って…」
エドガーがそう言いかけた時だった。
「おい、お前」
静かな足音と共に、透き通るテノールが耳に突き刺さるように響いた。