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黎明のステラ 〜月の王子と竜の騎士〜  作者: 神崎とあ
国立スティア魔法学院
21/68

リチェル・ぺティーチェ


今日も充実した1日の学院生活を終えルーナ寮の部屋で制服から部屋着に着替えていると、鏡越しにリチェルが髪飾りを見て微笑んだ。


「そのリボン、可愛い色だね」

「うん、クライスがくれたんだ」

「クライス様が?」

「この前の休み、お忍びで街に連れて行ってくれてさ。あ、もちろんエドガーとアルバートもいたよ」


なぜ?何のために?という顔を隠さないリチェルに苦笑いして、アルバートから聞いた理由をそのまま彼女に伝えた。


「議会の報告だけを聞いても信用ならないから、国の様子を実際に見るようにしてるんだって」

「クライス様って本当にザ・王族って感じだね」

「まあ、ちゃんと第二王子してるよね」


そっか、と頷きながらクライスからもらったリボンをリチェルがそっと指でなぞった。


「イリスは、怖くない?」

「怖い?」

「王族や貴族と関わるの、私は……ちょっと心配」


リチェルの表情に憂いが浮かぶ。彼女の言いたいことは前より分かる。特別科の生徒達を思い出し、しっかりと頷いた。


「リチェルの言ってること、前より分かる。特別科ってろくでもない奴が確かに多いしね」

「うん」


だけどね、と紫のリボンを指でつまんで引き、結った髪を解きながら振り返りリチェルと向かい合う。縛っていたリボンから放たれた髪がさらさらと降りていく。


「私を孤児としてじゃなくて、ただのイリスとして向き合ってくれる人とは、私も王族や貴族としてじゃなくて、ただその人と向き合いたいなって思うんだ」

「!」


そう伝えれば、リチェルは少し驚いたあと眉を下げ仕方ないなぁと呆れたように笑った。


「イリスらしいね」

「でしょ」

「でも気をつけて。何かあったら言ってね!」

「ありがとう、リチェル。リチェルも何かあったら言ってね!一緒にやり返そう!」

「そういうことじゃなかったんだけど…ふふ、イリスがいると心強いよ」


ぽすん、と向かい合うようにそれぞれのベッドに腰掛けると、リチェルはふぅ…と息を吐いてから静かに語りだした。


「私ね、森の中にある小さな家に家族と暮らしてたの。街からは遠く離れてて、あまり人も来ないような森の奥」

「自然に囲まれて生活するの、なんかいいね」

「ふふ、うん。人間より動物がたくさん来るよ。たまに魔獣も来たりして、仲良くなったりね」

「わ、いいなぁ」


孤児院は村から少し離れたところにあるけれど、人との関わりが全くないわけではない。すぐそばに湖があり、それを目当てに動物が現れることはあれど人間を警戒しているのか近くまで寄ってくることはなかった。


「平和に暮らしてた。お母さんが病気になるまでは」

「……うん」

「お母さんの病気を治す薬のために、早くに亡くなったお父さんの代わりにお兄ちゃんは朝から晩まで仕事をしてたの。でも…」


リチェルは膝の上に置いた自分の手をぎゅうっと力強く握りしめた。彼女の声が怒りに震え揺れる。


「雇ってくれてた貴族に騙されて、お金は貰えず…お兄ちゃんも……っ…」

「…リチェル」


ぎゅっと固く目を閉じ、思い出に耐えるリチェルの拳にそっと手を重ねた。


「お兄ちゃんは、貴族に雇われてイルーナ城で使用人をしていたの。そして…二度と、帰ってこなかった」

「……え?」


感情が抑えきれなくなったリチェルは涙を浮かべながら震える声で叫んだ。


「殺されたの!アイツらは魔獣に襲われたって言うけど、そんなの嘘…殺したの…っ…私、見てた…!!」

「っ…」

「帰ってくるお兄ちゃん驚かせようと思って、こっそり迎えに行ってたの。木の陰に隠れてたら…目の前で、………っ…」

「そんな…」

「血だらけになって倒れたお兄ちゃんを助けたかった…でも、その時の私には何も出来なくて……」


あまりにも衝撃的な内容に声を失う。何も言えずただリチェルの悲痛な表情を見つめることしかできない。


「お兄ちゃんと貴族の間に何があったのかはわからないけど、優しくて自慢のお兄ちゃんだったの!あんなふうに殺されるなんて絶対おかしいよ…!家に戻るところを尾行して、殺して、一度与えた給金を全て回収して去っていくなんて……お兄ちゃんを殺した奴ら、王族の紋章がついた服を着てた…!だからっ…」


だから、と繰り返すリチェルの頬を涙が伝う。


「貴族なんて、王族なんて…大っ嫌い…」


彼女の抱える過去に息を呑んだ。

そしてリチェルがどうしてあれほどまでに貴族達を嫌っているかをようやく本当の意味で理解して、胸が痛くなった。


「……リチェルはどうして、スティア魔法学院に?ここには、貴族や王族がいるって、分かってたはず…だよね」


きっとここへ来ること自体、リチェルにとって難しい選択だったに違いない。それでも彼女はこの学院に来た。それも特待生として。


「お母さんの病気を治したいの。薬を買うお金を稼げないなら、薬をつくればいい。医者を呼ぶお金がないなら、私が医者になって治せばいい」


迷いのないまっすぐな瞳でリチェルはそう教えてくれた。その声に滲む決意と強い覚悟に背筋が伸びる。


「最初は私も働こうと思ったの。でもお兄ちゃんがね、私は働かなくていいから、勉強してお母さんを助けてあげてくれって。お前は賢いから、きっとできるって…信じてくれて…」

「…うん、リチェルなら出来る。私もそう思う」


リチェルの兄が信じていたように、私もしっかりと頷いてリチェルの手を両手で包み込むようにぎゅっと握りしめた。


「お母さんは、今は?」

「おばあちゃんが見てくれてるけど……」

「心配、だよね」

「…うん。とにかく今は1日でも早く薬を作ってお母さんに渡さなきゃ」


決意を胸に前を向くリチェルを眩しい思いで見つめた。


──家族。


(私の本当の家族は、今もどこかにいるのかな)


記憶を失う前の私には家族がいたのだろうか。それともやはり最初から捨てられ一人だったのだろうか。7歳までの私は、どうやって生きていたのだろう。それさえも分からない。


「……イリス?どうかした?」

「え?あ、いや、なんでもないよ!」

「ごめんね、急に語り出したりして」

「ううん、話してくれて嬉しい。ありがとうリチェル」


リチェルの心に触れて知った彼女の抱える悲しみと覚悟。と同時に思い出してしまった幼い頃に抱えていた小さな不安を無理矢理心の奥底にもう一度しまい込み、心を開いてくれた彼女へ感謝の気持ちを告げたのだった。



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