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黎明のステラ 〜月の王子と竜の騎士〜  作者: 神崎とあ
国立スティア魔法学院
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聖剣伝説



オーロラの光を辿り洞窟の奥へ進むと、大理石で整えられた重厚感のある台座に真っ直ぐ剣が突き刺さっていた。オーロラの光はその剣を纏うように漂い、まるで剣そのものからオーラが放たれているようだった。


「そうか…これは聖剣伝説か」

「せいけんでんせつ…」


クライスの呟きに首を傾げると、彼は剣から目を離さずに言った。


「悪しき魔物、ドラゴンを倒すことが出来ると言われている聖なる剣の物語。イルーナ王国では最も有名な昔話だ」

「授業でやった気がしなくもないけど…あれ、今回のテスト範囲だったかも」


座学は眠たくなっちゃってさ、と言い訳を続けるが返事はない。私の話を聞いているのか聞いていないのか、彼の視線は力強く聖剣に注がれていた。心の内で何かと葛藤しているように口が固く閉ざされていた。


「とりあえず、この聖剣を抜けばいいんだよね?」

「………俺が抜く」


私の問いかけに、彼は少し間を開け覚悟を決めたように前へと一歩踏み出した。彼の邪魔にならないよう一歩下がる。彼が慎重に剣に手をかけると、オーロラの光に拒まれ手がはじかれてしまった。


「え…」

「…………っ」


思わず声を上げ剣を凝視していると、クライスは一歩下がり俯きながら拳をぐっと握り締めていた。王族であるクライスが抜けないとなると、この剣を抜くには何か条件があるのかもしれない。


何か分かることはないだろうかと台座に近付き剣を覗き込もうとすると、急に地響きが鳴り響いた。足元が振動を伝えるように揺れる。キシリと岩が崩れる嫌な音と共に一気に揺れが大きくなった。思わずよろけてしまい、咄嗟に支えにしようと剣に手を伸ばす。弾かれるかもしれないなんて考える余裕もなかった。その瞬間、後ろから勢いよく腕を引き寄せられ、抱き締められるように身体を支えられた。


まさかの事態に思わず息が止まる。


「大丈夫か」

「あ、ありがとう…」


岩が崩れ落ちる重低音が収まると、先ほどまで剣が刺さっていた台座は無惨にも崩れた岩で埋もれてしまっていた。クライスが引っ張ってくれなければ、今頃私もこの岩の下に埋もれていただろう。揺れが収まりそっと彼の腕が離れると、何故かホッと息を吐いた。なんとなく落ち着かない。すると、真剣な瞳でクライスは私を真っ直ぐ見つめた。


「お前…」

「な、なに!?」


真剣な表情で見つめられ、訳も分からず急に恥ずかしくなってくる。一体なんだというのだろうか。


「………抜け目ないな」


はあ、とため息と共にやれやれと片手で頭を押さえるクライスの反応で、ようやく自分の手の中にある違和感に気付いた。よろけた際に咄嗟に身体を支えようと手を伸ばした剣をちゃっかり台座から引き抜いていたのである。


「そんな褒めないでよ」

「褒めてはいない。だが………」


彼が顎に手を当て、考え込むように口を噤んだ。クライスはさっき、この剣に触れられなかった。しかし私は引き抜いてこうして掴んでいる。私とクライス、何が違うというのだろうか。いや、違いがありすぎる程だ。だとしても、これが本当に聖なる剣だと言うのなら本来この剣を掴めるのはクライスの方ではないのだろうか。


とはいえ、考えてもわからないことを悩み続けても仕方がない。聖なる剣も手に入れたことだし、きっと物語もクライマックスだろうと気分を切り替え改めてクライスを見ると、彼はまだ同じポーズで何かを考え続けていた。


「ねえクライス、とりあえず今はこの本から」

「聖剣伝説は、ドラゴンを倒す物語だ」


声をかけると、最後まで言わせてもらえず彼の独り言に被せられてしまった。仕方なく相槌を返す。


「そうらしいね」

「意味がわかるか」

「意味って、」


何?そう続けようとした瞬間だった。


ギィアアアアアアアア!!と耳を劈くような咆哮が外から聞こえてきたのだ。クライスと目を合わせ、一斉に洞窟から飛び出した。大きな影が足元を通り過ぎる。夜空を見上げれば、それは私達の頭上高くで大きな翼を広げ三日月を隠した。


「あのドラゴンを倒せば、この物語は終わるはずだ」


鋭い瞳でドラゴンを見上げるクライスと、そんなクライスの視線を挑発と受け取ったのかドラゴンが再び叫び声をあげた。月の光に反射し、ドラゴンの瞳が怪しく煌めいたと同時にクライスが動き出した。


「唸れ、渦炎」


クライスの発動した魔法によって、ドラゴンはあっという間に轟々と燃え盛る火の渦に飲み込まれていった。


「舞い上がれ、風吹雪」


さらに風魔法で炎の威力をあげ、ドラゴンの姿は炎によって完全に見えなくなってしまった。吹き荒れる炎の塊が勢いよく地面に落ち、その衝撃で地面が揺れる。一瞬の出来事にただ彼の後ろで口を開けて見ていることしか出来ない。


「……すごい」


これが、クライスの魔力。授業で見る他の生徒達の魔法とはあまりにも質と威力が違いすぎる。魔法に疎い私でさえそう感じるのだから、相当な魔法精度なのだろう。


風が止み炎が消えると、弱ったドラゴンが憎しみと怒りを込めた瞳でクライスを睨みつけていた。クライスが一歩、また一歩とドラゴンに近づくと、ドラゴンは傷付いた体を動かそうと首をあげた。その時、ドラゴンはクライスではなく私を見つめ、そして…鳴いた。


キュイ。


それは、昔から聞こえる耳に馴染んだ高い音だった。

その音を聞くたび、誰かに呼ばれているような、そんな気がしていた。あれはドラゴンの声だったと言うのだろうか。


無意識に剣をぎゅっと握りしめる。


「イリス、とどめを刺せ。聖剣ならドラゴンの硬い鱗も突き刺せる」


クライスの言葉は理解している。ここで倒さなければ、私達はこの本から出られない。それに、スティア魔法学院ではドラゴンは人や街を襲う邪悪な生き物だと教わった。魔獣の頂点に立つ存在だと。


イルーナ王国騎士団は国を守るために戦う。それはすなわち、ドラゴンから国を守る、ドラゴンを討つということだ。私を含め騎士科の生徒達はみな、将来ジェフおじさんのように王国騎士団に入るのだと漠然と思っている。


深く息を吐いて、ドラゴンに近づく。

一歩、また一歩。

クライスを追い抜いてドラゴンの前に出た。


キュイ。


その度に高い音が頭の中に響く。悲しくて、切なくて、寂しい。何故かそんな感情が湧き上がってくる。まるで音と共に感情が流れ込んでくるような不思議な感覚だ。反射だった。


「帰って」

「何を言ってる」


思わず口から出た言葉に、後ろでクライスが鋭く睨んでいるのが突き刺さる視線でわかった。けれど、私はもう一度ドラゴンに言った。聖なる剣の切先を向けながら。


「お願い帰って。あなたを殺したくない」

「勝手なことをするな!」


強く言いながら彼が聖剣を私の手から奪おうと手を伸ばす。しかし、やはり見えないオーラのようなものに弾かれてしまった。彼は顔に焦りと悔しさを馴染ませながら声を荒げた。


「っ何故だ…!何故聖剣が俺を拒否する!?」

「クライス、お願い私に任せて」

「ドラゴンを倒さなければ本から出られないんだぞ!いいから殺せ!」

「殺すだけが倒す方法じゃない!!」

「、っ…!?」


大声で言い返せば、その言葉に何故かクライスは傷ついたような表情で声を失った。そんな私達を、いや私をドラゴンはただじっと見つめていた。


「逃げて」

「……キュイ」


何かを求めるような、何かを願うような声だと思った。自分でも感情がよくわからないけれど、とにかく安心させたくて剣を下ろしドラゴンに近づいていく。


「大丈夫だよ」


恐怖から震える手を誤魔化すように笑顔を作り、そっとドラゴンの鱗に触れた。ドラゴンは嫌がる素振りもなくただ私の瞳をずっと見つめていた。ありがとう、そう伝えるように。


「さあ、行って」


もう一度そう促せば、ドラゴンは重い身体を引きずるようにゆっくりと身体を起こし、大きな翼を羽ばたかせながら空へと舞い上がっていく。その風圧で髪が後ろに靡いた。ドラゴンの姿が見えくなっても、そのまま視線を外さず夜空を見上げていた。


「………人とドラゴンは、分かり合えないのかな」


そう呟いた瞬間だった。

聖なる剣が突如光だし、一気に視界を白く埋め尽くした。その眩しさに反射的に目を閉じると、急激に意識がブラックアウトした。



───────

────


地に足が着いている感覚にゆっくり目を開けると、クライスとぶつかった学院の廊下に戻っていた。足元にはこれまで入り込んでいたであろう本が落ちている。彼はそれをそっと拾いあげると、表紙を確認した。


「聖剣伝説…やはりか。この本は検閲に回す」

「あ、うん」


またいつ本の中に放り込まれるか分からない。そんなものを寮に持ち帰るのは流石に怖いので、素直にクライスに任せることにした。夕日が廊下に差し込む。随分と時間が経ったような気がするが、現実世界の時間は1秒も進んでいないことが不思議な感覚だった。


「まあ、いいテスト勉強になったかな」

「二度と付き合わせるなよ」

「はいはい」


相変わらず冷たい。少しは心を開いてくれたような気がしていたのに、と口を尖らせる。既に背を向けて歩き出していたクライスの背中に向かって声をかけ呼び止めた。


「クライス!」


表情を動かすこともなく振り返った彼に、そういえば言っていなかったことがあったと手を振った。


「楽しかった!ありがとね!」

「!」


どうせ嫌味を返されるか、返事もなく去っていくだろうと予想できる。手を振ったのは、じゃあねの意味も込めてだ。私も寮に帰るか、と踵を返した時だった。


「……悪くない時間だった」



そう聞こえて思わず振り返る。しかしながら、クライスの背中は既に小さく遠ざかっていた。まったく素直じゃないんだから、なんて呟いてはみたものの、言葉とは裏腹に口元が随分と緩んでいる自覚があった。






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