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2・3 叔父に対面

 私は今、人生で最大級の窮地にいる。

 ついに公爵の叔父、ジスモンド・ルセルという男性と対面しているのだ。

 にこにこと親し気な笑顔を浮かべている彼は、公爵にはまったく似ていない。

 輝く金色の髪に青い瞳、均斉のとれたしなやかな体躯に明るい表情。華やかで健康的な雰囲気。似ていない、というよりは、正反対。年のころは公爵より少し上程度に見える。


 とりあえず、私は余計なことを言わないように気を付けて、

「ヴィルジニー・カヴェニャックです」とだけ挨拶をした。

「ああ、久しぶり。もちろん僕のことを忘れてはいないよね」


 笑顔で繰り出されたセリフに、背筋が凍る。もちろん彼のことなんて知らない。だけどヴィルジニーは彼に会ったことがあるらしい。これはもう、しらを切り続けるしかない。


「申し訳ございません。どちらでお会いしたでしょうか」

「ええ?」と叔父は顔をしかめた。「こんなに美男な僕を忘れるなんてことがあるかい?」

「たくさんの方にお会いしていたものですから」

「君は男好きそうだったからね」


 叔父は納得したのか、『席につこう』といって踵を返した。気づかれないように、ほっと息をつく。

 クラルティ邸に到着したときに通された応接室。公爵と私が卓を挟んで向かい合ってすわり、叔父は私の左手側。二方向から見つめられている。叔父は愛想よく、公爵は読めない表情で。

 更にもうひとり。部屋の隅に公爵の従者、ランスが静かに控えている。彼が私を見る目は険しい。


「『ソフラテフ』は読み進んでいるのか」

 意表を突く質問が、公爵から飛んできた。

「はい。まだ一章の第三節までですが」

「もうそんなに読んだのか」公爵が目をわずかに見開く。

「んん? ヴィルジニーが読んでいるのかい?」と叔父が訊いてきた。


 ボロを出してはだめ、と気合を入れる。

「はい。閣下にお借りしております」

「彼女は『王政の仕組みと変遷』をたった三日で読み終えた。なかなかの才女だ」と公爵が言う。

 背中を汗が伝う。


「私にはあまり日が残されていないかもしれませんから、大急ぎで読んだのです」

「へえ。君、かび臭い書物なんて大嫌いだと言っていなかったっけ?」と叔父が首をひねる。「それに外国語はなにもできなかったような……」

「べ、勉強好きな娘なんてモテないというから」ヴィルジニーが確かそう言っていた。「表向きはそういうことにしていました。それに読書はできますが、会話はできません」


 よかった、想定問答を考えておいて。叔父がヴィルジニーを知っていた場合に備えておいたのが役に立ったわ。

 どうか、用意していない質問が来ませんように。


「そうなんだ。ただの軽薄な令嬢に見えたのだけどな」

 叔父はにっこりとする。

 先ほどから、言葉に毒がある。ヴィルジニーを嫌っているのか、この結婚を納得していないのか。きっと両方だ。


「案外知識深く、思考も鋭い」と公爵が嬉しいことを言ってくれた。

「にやついている」と叔父。

 私のことらしい。急いで表情を引き締めて、

「お褒めに預かり光栄です」

 と答えた。

 いや、待って。これでは軽薄感がなくて、また叔父に指摘されるのでは?


 そっと叔父を見ると、目があった。微笑まれる。

「思っていたより、まともな令嬢のようだ」

 どうやら大丈夫だったみたいだ。よかった。

 胸を撫でおろす。


「だが」と続ける叔父。

 やっぱり怪しまれているの?

「君が迷惑なことには変わりない」

 なんだ、そっちね。

「申し訳ありません」

「素直だなぁ」と笑顔の叔父。

 他意があるのかないのかは、わからない。だけどヴィルジニーらしくないのは確かかも。


「それに」と叔父は続けた。「化粧はやめたのかい? 以前はしっかりしていたのに」

 よかった、これは想定質問だ。

「化粧係のメイドを連れてこれなかったので、ほとんど実家に置いてきてしまいました」

「なるほど」


 叔父は公爵に、『都で会ったヴィルジニーは、もっと派手だった』などと語っている。

 やっぱり、疑われているのかしら。


「ヴィルジニー」

「は、はい」

 公爵に名前を呼ばれて、心持ち背すじを伸ばす。

「茶を飲んだらどうだ。全然手を付けていないではないか」

「すみません。いただきます」


 カップを取り、すっかり冷めてしまったお茶をいただく。

 ひとくち喉を通ったところで、口の中がカラカラに乾いていると気がついた。

 かなり緊張しているみたい。私、うまく乗り切れるのかしら。




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