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2・2 死神公爵と朝食を

 そそくさと扉に向かう。叔父の対策を考えなければ。

「待て」

 再び公爵に呼び止められた。


「なんでしょうか」と振り返る。

 爆弾発言はもう結構よ!

「朝食はまだだな?」と公爵。

 朝食? 確かに身だしなみを整え終えると早々にここへ来たけど。


「はい」と素直に答える。

「ならば共に。『王政の仕組みと変遷』について意見を聞きたい」

「いいのですか!」


 思わぬ提案に、食い気味に飛びついてしまう。今まで書物について、直接語り合える相手はいなかった。気になることがあれば、著者に手紙を出す。すでに鬼籍ならば私にできるのは、ひとりで思考を巡らせることだけだった。


「ランス」と公爵は控えていた従者を呼んだ。「アルフレードに伝えてくれ。――ああ、紹介していなかったな。彼はランス。私の乳兄弟で従者だ」

 従者は慇懃に頭を下げた。

「よろしくランス」


 彼の目つきは冷ややかだった。

 本の話題で一瞬忘れてしまったけれど、私は歓迎されていない。それを思い出させる目だった。



 ◇◇



 優雅にグラスを口元に運ぶ公爵。あまりの美しさに、みとれそうになってしまう。

 場所は晩餐用の食堂。今まで知らなかったけれどさすが公爵家、ふたつの食堂があって(もしかしたら、それ以上あるのかもしれない)、昨日まで私が使っていたのは、朝食用だったらしい。


 本来なら私が四人目になるまで、その状態が続くはずだったのだと思う。

 だけど公爵の気まぐれで設けられた、向かいあって座る朝食の席。予想外に『王政の仕組みと変遷』の話は盛り上がり、私だけでなく公爵も満足そうな顔をしている。

 もしかしたら彼も、この本について語り合う相手がいなくてつまらない思いをしていたのかもしれない。なにしろ我が国では禁書だもの。


「そもそも」と公爵がグラスを置いて、私を見た。「禁書であるあの書物をどこで知ったんだ」

「それは――」


 著者である隣国のマッテス教授が二十年ほど前に出した別の本で、気になるところがあった。だから本人に問い合わせの手紙を送ったら丁寧な返事がきて、その辺りは近著の『王政の仕組みと変遷』に書いた、だけれどあなたの国では禁書になっていると教えてくれたのだ。


「教授に手紙? なかなか勇気があるな」と瞠目している公爵。

「そうですか? 読書友達はいないので、本人に尋ねるしかないだけです」

 読書に限らず友人はいないけれど。

「……私もだ。友人はいない」と公爵。

「まあ。一緒ですね」

「叔父上とは語り合うが」

「身内にいらっしゃるのはいいですね。羨ましいです」


 公爵がまた、じっと私を見つめる。紫の瞳は宝石みたいできれいだけれど、居心地が悪い。私は返答を失敗したのだろうか。調子に乗って喋りすぎた?

 長らく家族と実家の使用人としか話していないから、うまく会話ができているのか分からなくて不安になる。


「イステル語ができるのだな」

 沈黙のあとに投げかけられた質問は意外なものだった。『王政の仕組みと変遷』はその通り、隣国の公用語であるイステル語で書かれている。


「はい。読み書きだけですが」

「家庭教師に教わったのか」

「いえ、独学です」

 家庭教師はいたけれど、令嬢として必要最低限のことしか教えてもらっていない。お父様の方針であり、勉強嫌いのヴィルジニーのせいでもある。


「陛下からの手紙には『ヴィルジニー・カヴェニャックはろくな教養もマナーもないくせに、王子妃になろうとした愚か者』と書いてあったのだが」

 しまった。

 ヴィルジニーの細かい情報が、陛下から公爵に伝わっている可能性を考えていなかった。

 どうやって言い逃れればいい?


「……会話はできませんので、そのように判断されても仕方ないことです」

「ふうん」

 公爵は目をそらして、デザートのいちじくにナイフをいれた。

 うまくかわせたのかしら。

 胸をなでおろして、グラスに手を伸ばす。


 ヴィルジニーとして生きたいとも、死にたいとも思っていない。

 本当ならばクラルティ邸に到着するまでに逃げるはずだったのだ。そのために、私を案じてくれた執事やメイドたちが、逃亡資金や彼らの遠縁への紹介状などをこっそりペチコートの下に隠してくれていた。

 それらを持ってここから逃げることはできるけれど、そうしたら公爵は困るだろう。


 私はヴィルジニーではないと伝えたら、もしかしたら結婚は中止になるかもしれない。けれど、陛下を(たばか)った罪で、カヴェニャック家全員死刑となるのではないだろうか。

 よくて国外追放だろうけど、どんな処罰がくだるかわからない賭けにでる気はしない。


 視線を感じ目を上げると、またしても公爵が私をみつめていた。すべてを見透かしているように思える。


「男友達とは本の話はしなかったのか?」

「えぇと……」

 そうだった。ヴィルジニーには異性の友人がたくさんいたのだった。もう、墓穴を掘りまくりじゃないの。仕方なしに、

「そうですね」と無難に答える。

「ふうん」


 これって、疑われているの?

 それともただの世間話?

 でも王命を無視して双子の姉に入れ替わっているだなんて、あまりに異常だもの。考えつかないわよね?

 そう思いたいわ……。



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