おまけのお話『公爵閣下は決意する』
こちらのお話は以前、活動報告載せたものになります
(リシャールのお話です)
ブフッと叔父上が酒を吹き出し、むせる。
「大丈夫ですか」
咳き込みながらも叔父上は袖で口を拭い、見開いた目を私に向けた。
「まだキスもしていないのか? 半年もなにをやっていたんだ」
「手にはしていますよ」
「いやいやいや。子供じゃないのだから」
「ヴィオレッタはまだ子供のように純粋です」
彼女も結婚の予定があったのだから、それなりの知識はあるだろう。だけど――
「恋愛ごとには疎いようですからね」
「確かに。恋愛小説もあまり読まないと言っていたからなあ」
「でしょう? 私はいい歳をした大人なのだから、彼女に合わせないと」
本当はものすごく、彼女にキスをしたい。けれどマナーを遵守し、尊敬できる大人としての振る舞いをするよう、死に物狂いでがんばってきた。
だが、そのガマンも今日までだ。明日には晴れて夫婦だ。
「でも、疎いといったらお前もじゃないか。ヴィオレッタが初恋だろう?」
「それを言ったら叔父上の初恋はいつですか。真剣に交際するのはキャロライン殿下が初めてのはずと、アルフレードが言っていましたよ」
「これほど愛したのは、確かに彼女が初めてだよ」
叔父上はにっこりとする。
「でも今は僕の話じゃない。お前の話。根性があるというか。僕には理解できない」
「すみませんね。でも僕にはあなたの放蕩が理解できませんでしたけどね」
「おかげで人気が出る作品をたくさん書けたのだよ」
「まあ、今は叔父上が幸せになってくれたので、過去はよしとしますが。でも、王女殿下のご懐妊。大丈夫なのですか。陛下がお怒りでは」
未婚での妊娠なんて、前代未聞だろう。しかも相手は嫌っている男の叔父だ。
「最初は怒りまくっていたよ」と叔父上。「でもこれで、キャロライン殿下は石女ではないと証明できた。ありもしない理由で離婚を強要し、殿下の尊厳を傷つけたかの国に、賠償を求められる」
「なるほど」
キャロライン殿下は不名誉な烙印を押されたせいで、再婚ができなかったという。
「では、汚名を注げたということは再婚話が出てしまうのですか」
妊娠中だ。すぐにということはないだろう。でも王女で、しかも現在は王位継承権が第一位だ。彼女に付随するものはどこの王家にとっても、魅力だろう。
「阻止するよ」叔父上は笑顔で、けれど強い口調で言い放った。「キャロラインも子供も僕のものだ。誰にも渡さない」
「叔父上からそんなセリフが聞けるとは」
トレーガー侯爵が言ったように、父上は天国できっと嬉し泣きをしていることだろう。
「リシャールも同じようなことを言ったじゃないか」と、叔父上。
「私がいつですか?」
「『絶対にヴィオレッタを手に入れる』って。本人の許可を貰う前に国王や侯爵に結婚の報告をして、教会とウエディングドレスの予約をして。そういうのは外堀を埋めるというんだ。危ない思想の男がするものだよ。ヴィオレッタがぽやぽやした子だから、よかったけれど」
「危ない思想……?」
そんなバカな。でもセドリック殿下にも『怖い……』と言われたような覚えがある。
「まだ、わかっていないのか。この分だと、まだまだネタがありそうだ。それで紳士的な大人ぶってキスをガマンしているとか。なかなかに面白い。僕の次の作品にいかそう」
「そんなに、おかしなことですか」
「僕から見たらね」
そうなのか。
「だとしても、ヴィオレッタが『幸せだ』と言ってくれているので、なんの問題もありません」
叔父上は声をあげて笑うと、
「君たちはお似合いだよ」と微笑んだ。
私もそう思う。彼女と年が離れていることや足のこと、そして三回もの結婚歴があることに引け目を感じていたときもある。
だけれどダミアンに襲撃された事件で思ったのだ。
私たちはお互いに力を合わせて、最高のパートナーになることができる、と。
私の人生を幸せにしてくれたヴィオレッタ。
君は私の女神だ。
明日は心の底から、『生涯ヴィオレッタだけを愛する』と神に誓おう。
《おしまい》




