15・2 身代わり婚から望まれ婚へ
クラルティに帰ってから、する予定だったこと?
なんだろう。
気になるけれど、ドキドキしすぎて考えがまとまらない。
どうしよう。リシャール様と一緒にいる限り、ずっとこうなのかな。
当主の仕事の補佐を教えてもらって、いずれは役に立ちたいのに、これではいけない。
もっと気合を入れなければ……!
「ヴィオレッタ」
「はい!」
ああ。リシャール様のこの眼差しは本当に苦手だ。落ち着かない。
「まだ完全ではないけれど、杖なしでも歩けるようになったし、剣も使える。以前よりは、君を守れるはずだ」
「ええ。リシャール様は頼もしいです」
馬車が襲撃されたときは怖かったけれど、リシャール様がいてくれたから心強かった。
「ヴィオレッタもね」リシャール様が微笑む。
「そう言っていただけて、嬉しいです」
「私は妻が連続死した不吉な男だけれど、もう、その負の連鎖は断ち切れたと思う」
「そのとおりです!」
そう。リシャール様はもう、奥様が亡くなることを恐れなくてもいいと思う。
『幸せになりたい』と言っていたし、再婚するのがいいのではないかな。私は――笑顔でお祝いできるように、がんばるつもりだ。受けた恩は、ちゃんと返すのだから。
「だから、ヴィオレッタ」リシャール様の眼差しがますます真剣なものになる。「私と結婚してほしい」
「え……」
リシャール様が私の手をとった。
「好きだ、ヴィオレッタ。なにがあろうとも、絶対に君を守る」
結婚?
私が?
リシャール様と?
嘘でしょう?
そんな都合のいいことがある?
おそるおそる、
「……同情ですか」と、尋ねる。
「同情?」
「私が気の毒に見えた、とか」
「聞いてなかったのかな。好きだよ、ヴィオレッタ」
トクンとまた心臓が跳ねあがる。そろそろ壊れてしまいそう。でも――
「私は貴族の教養が足りなく、今や平民で、公爵家の妻にはふさわしくはないと思うのです」
「ならば、私が平民になったら結婚してくれるのだな?」にっこり笑うリシャール様。「爵位は陛下に返上しよう。叔父上はもらってくれないし」
「リシャール様にそんなことをさせるわけには、いきません」
「ちなみに」リシャール様は、微笑みを崩さない。「陛下に結婚の許可は得た」
「え?」
「結婚立会人はトレーガー侯爵だ」
「ええ!?」
先妻様のお父様が?
というか、立会人って親族とか身近なひとがするものではないの!?
「クラルティを発つ前に」とリシャール様は続ける。「教会に挙式の予約を入れたし、仕立て屋にウエディングドレスを注文するので準備をと頼んだ。余計なことかと思ったが、『王政の仕組みと変遷』の著者に挙式の参列をお願いできないかの打診もしている」
「ええええっ!?」
少しだけ、気弱な表情になるリシャール様。
「自分から結婚を望んだことがなかったから、張り切って準備し過ぎてしまった。やはり、よくなかったのだろうか。叔父上に怒られた」
不安げなリシャール様は、まるで耳を伏せて震えている子犬のようだ。
私よりもずっと大人で三度も結婚をしたのに、ジスモンド様に叱られるぐらい張り切ってくれたのか。
そう思うときゅんとした。
「そんなに私のことを考えていただけて、嬉しいです。私も、リシャール様を好きみたいで……」
「本当か!」
「はい」
言い終えるか終えないかのうちに、手にキスをされた。長い時間、唇を押し当てられて、離れる気配がない。
「……あの、リシャール様。そろそろ心臓が爆発します」
「すまない、つい、嬉しくて。こんなに恋焦がれるのは、初めてなんだ。真っ赤な顔のヴィオレッタもとても可愛い。照れている表情も可愛い。すべて可愛い」
どうやらリシャール様は、なにかの箍が外れてしまったらしい。
それからずっと、羞恥でいたたまれなくなるぐらいに私に『可愛い』と言い続けたのだった。
◇半年後◇
クラルティ邸の晩餐用ダイニングルーム。少し前に到着したばかりのジスモンド様に、セドリック殿下が、
「もう来ないのかと思ったぞ」と文句をつける。
「そんなはずがないでしょう。可愛い甥の結婚式なのですから」
そう。明日はリシャール様と私の結婚式だ。
「叔父上が間に合わなかったら、延期するまでです」と、リシャール様が真顔で言う。
「まあ、ほかに親戚の出席がないからねえ」と、苦笑交じりに言うのはトレーガー侯爵。奥様とふたりで滞在中だ。
そして彼の言葉どおり、リシャール様の親戚で出席するのはジスモンド様だけ。招待しなかったのだ。私の親族もいないから淋しいものだけど、その代わりにセドリック殿下やマグダレーナ様、リシャール様の仕事関係のひとたちが沢山、それから『王政の仕組みと変遷』の著者様まで式に参列してくれる。
本当はキャロライン殿下も来るはずだったのだけど、ご懐妊のために欠席となった。馬車での長期移動は母体によくないものね。
だからジスモンド様は、式が終わったらすぐに都に帰るという。
幸せそうで、なによりだ。
「少しはゆっくりしていってくれないと、つまらない」とセドリック殿下がさらに文句をつける。「たっぷり話して聞かせたかったんだぞ。リシャールの溺愛ぶりが常軌を逸していることを!」
え。どういうこと?
「それは言い過ぎよ。あなただって以前、王子とは思えない行動をとったではないの」と、マグダレーナ様。「でも、公爵はなかなかに嫉妬深いし、囲い込みが激しいわ」
「私が?」と、リシャール様が驚いた顔をする。
「そう!」と、声を揃えるセドリック殿下とマグダレーナ様とトレーガー侯爵。
「侯爵まで!?」
「一途なところがマティアスにそっくりだよ」と、侯爵が笑う。「息子が愛するひとを得られて、彼も草葉の陰で喜んでいるだろう」
リシャール様が私を見る。とても嬉しそうに。
私も嬉しくなって、その紫色の瞳を見つめ返した。
◇◇
「自覚はないのだが、私はそんなに嫉妬深いかな。ヴィオレッタは窮屈に感じているかい」
私の部屋の前。リシャール様が送ってくれたのだけど、別れ際に彼は困ったような表情で訊いてきた。晩餐のときにマグダレーナ様が言ったことを気にしていたらしい。
「いいえ。まったく」
よかったと顔をほころばせるリシャール様。
「リシャール様。ヴィルジニーの身代わりとしてこちらに来たときは、こんなに幸せな結婚ができるとは思ってもいませんでした。ありがとうございます」
「礼を言うのはわたしのほうだ。ヴィオレッタに出会えて、人生が変わった」
『そんな大げさな』と答えようとして、彼が本気で言っていることに気がついた。
『私もですよ』と返事をすると、リシャール様は私の手をとってキスをした。
「君が想像する何百倍も、今の私は幸せなんだ。早く明日になってほしい」
「本当に。リシャール様の奥様になれることが嬉しくて。今夜、ちゃんと眠れるかが心配です」
リシャール様は微笑むと、再び手にキスをした。
「おやすみ、ヴィオレッタ。明日は最高の一日にしよう」
「はい。素敵な結婚式にしましょうね」
『死神公爵』の通り名に怯えていた以前の私に教えてあげたい。
リシャール様は誰よりも頼もしいひとで、あなたは望まれて結婚するのよ、と。
今の私がどれほど幸せか知ったら、きっと驚くわね。
《おしまい》
お読みいただき、ありがとうございました。
最後をヴィオレッタのお話で終わりにしたかったので、節の最後に毎回つけていたリシャール視点のお話は活動報告に載せました。
ご興味がある方はのぞいてみてください。
公開は一週間程度です。




