15・1 事件後
私たちの一行は、多少の怪我人はいたけれど、みんな無事だった。たくさんいた賊は、護衛騎士たちが体調不良をおして、倒してくれたらしい。
ダミアンもそれほどの大けがではなく、倒れたのは刺されたショックによるものだったらしい。
私も初めて人を刺して怖かった。あの感触は一生忘れないと思う。
護衛騎士の隊長が、最初に体調不良を訴えたあと、リシャール様と相談をして私は短剣をケープ下に隠したのだ。彼は心配していたけれど、結果的によかった。すべて、護身術を教えてくれたキャロライン殿下のおかげだ。
リシャール様のほうは、杖を通常のものから非常時用のものに変えていた。都で私が捕まったあとに新調したもので、鉄製で木目の塗装が施してある。これで叩かれた男は何か所も骨折していた。
そして憲兵が駆けつけたのは、セドリック殿下の機転だ。彼とマグダレーナ様に、『ダミアンの様子におかしいところがあったら、知らせてください』とお願いしてあった。それは保険程度のつもりだった。
だけど私たちがクラルティ邸を発った数時間後にダミアンが、『父の忘れ物を取りにテールマン邸に行く』といって、出かけたらしい。そこでアルフレードと相談のうえ、憲兵を動かしたのだそうだ。
賊はダミアンがクラルティ邸に来てすぐに、非常事態に備えて雇ったらしい。彼らは雇い主の目的がなんなのかは知らなかった。
ダミアンも最初は黙秘をつらぬいた。でも、なにも説明しないと父親も同罪になると教えられると、すべてを告白した。
王太子は偶然存在を知った廃人になる薬を、遊びで世間に流通させたらしい。薬は最初、保健省が摘発・入手したものだったそうだ。ダミアンは王太子に脅されて、手先になったという(これは本当かはわからない)。
寵臣が憲兵にマークされたときに、犯罪の証拠になる書類などを処分したそうだ。ところが、間違って別のものを処分していたという。それに気づいたときにはもう、寵臣からの手紙が紛失していたらしい。
手紙を持ち出した人間には何人か心当たりがあって、ダミアンはずっとその人物たちを見張っていたそうだ。最有力で、最初のターゲットがホーリー様だったという。
ダミアンはクラルティ邸を何度も訪れていて、内部に詳しい。忍び込んでホーリー様の部屋を漁っていたら本人にみつかってしまい、うっかり殺してしまったのだそうだ。
なんともひどい話だ。
証拠の品とダミアンを提出すると、国王は愕然としていた。
それでもすぐに王太子を逮捕して、事件の調査に乗り出した。一応イヤな人間でも、王としての矜持はあったようで、ほっとしている。
そしてリシャール様と私は、予想どおりにますます嫌われたのだった。
◇◇
王宮の庭園の一隅にある温室。その中にある円卓を、みんなで囲んでいる。
リシャール様と私、セドリック殿下とマグダレーナ様、ジスモンド様とキャロライン殿下。
王太子殿下の犯罪発覚で嵐のような数日を過ごしたのだが、それもようやく落ち着き、こうやってお茶の時間を持てるようになった。
「しかし、あの阿呆は。王族どころか人間の風上にも置けない」と、憤慨しているのはキャロライン殿下。
「昔から兄上は苦手だったけれど。まだ、信じられない」セドリック殿下はしょんぼりと肩を落としている。
リシャールの予想どおり、新しい王太子はしばらく決めないそうだ。
「だがマグダレーナ嬢には、良い影響だったのではありませんか」と、笑顔のジスモンド様。
「ええ。お父様は私が妃に選ばれていなくてよかったと、胸を撫でおろしています。現金なものね」と、苦笑するマグダレーナ様。
「それを言ったら、クラルティ公爵もだな。あなたが死の原因ではないと立証された」
キャロライン殿下がそう言うと、リシャール様は
「ですが、妻全員が死んだ事実は変わりませんよ」と答えた。
だけど以前に比べれば、そこに暗さはない。
リシャール様はとても前向きになった。前回王宮に滞在したときと違って、積極的に陛下や貴族たちと会合している。
『ヴィオレッタのおかげで強くなれた』のだそうだ。嬉しい言葉だ。
「でも大きな前進だよ。それに、よくそれだけ足が動けるようになったものだ。見上げたものだ」
ジスモンド様がそう言うと、となりでキャロライン殿下が大きくうなずいた。
「ジスモンドの甥だけある」
「のろけかよ」とセドリック殿下が呟く。
ジスモンド様とキャロライン殿下は、うまくいったらしい。一見ふたりの関係はなにも変わっていないように見えるけど、どちらからも幸せオーラがあふれ出ている。しかもジスモンド様は、宰相の補佐官になった。色々な段階をすっ飛ばして。
本人が言うには、キャロライン殿下の専属侍従を希望したらしいのだが、『露骨すぎる』と却下されたそうだ。だけどその却下した人物が誰かは、教えてくれない。でもたぶん、宰相様なのだろう。
「でも本当にリシャール様は努力されていらしたんですよ」と、セドリック殿下に向けて言う。
「そりゃ、そうだろうな」と、殿下。
「ヴィルジニーにはとてもイライラさせられたけれど、時どきヴィオレッタ様にも感じるわ」
そう言ってマグダレーナ様がため息をついた。
「どうしてですか!?」
「さて、僕はそろそろ仕事に戻るかな」と、突然ジスモンド様が立ち上がった。「キャロライン殿下もご公務でしょう?」
「ああ。一緒に戻ろうジスモンド」
ジスモンド様が差し出した手をキャロライン殿下が握り、立ち上がる。
「私も、お友達と会う約束がありますの」と、マグダレーナ様まで立ち上がる。
「あ、俺も」とセドリック殿下。「えっと……」
「国王陛下に呼ばれているのでしょう」と、マグダレーナ様。
「そうそう! それ! じゃあな、ヴィオレッタ。リシャール。またあとで」
四人は慌ただしく去り、温室にはリシャール様と私だけが残された。
とたんに鼓動が速くなる。
前向きで積極的になったリシャール様は、以前よりいっそう素敵になった。
ふたりきりで過ごすのは、ちょっとツラい。目を見るとドキドキしてしまって、自分がうまく話せているかわからなくなる。
「もしかして気を遣われているのだろうか」と、リシャール様が首をひねる。
「どういうことですか」
「うん……。本当は、クラルティに帰ってからにするつもりだったんだ」
まただ。リシャール様が射抜くような目を私に向けた。




