14・5 再び都へ
朝食の席でリシャール様と私が王都に行くことを伝えると、三人三様の反応が返ってきた。
「え、つまらなくなるじゃないか!」と、怒るセドリック殿下。
「なにをしに行くんだ?」と、うさんくさい笑顔のダミアン。
「結婚式の相談ね」と、喜ぶマグダレーナ様。
「それは難しいのではないでしょうか。いくらジスモンド様でも、お立場が」
私がそう答えると、マグダレーナ様は『あら、失礼』と言った。なぜかセドリック殿下が脇から小突いている。仲良しになったのだろうか。
「目的は、陛下へのご相談です」とリシャール様が殿下とマグダレーナ様に説明をする。「ヴィオレッタの元にお父上からおかしな手紙が届きましてね。詳細は言えませんが、かなり問題があります」
「悲しいな」と、肩を落とすセドリック殿下。
「ダミアン。そういう訳で、私たちは留守にする。行儀よくしていてくれ」
リシャール様が従弟に向かって冷ややかに言い放った。
「もちろん。俺が責任をもって留守を預かるよ」
心なしか、ダミアンは嬉しそうだ。
「いや。テールマン子爵を呼んだ。午後には到着するはずだ。殿下が滞在しているのに、爵位を持つ者が不在では失礼だからな」
「別に俺は気にしないぞ」と答えるセドリック殿下。
「リシャール様は生真面目ですから」と私が助け船を出す。
「そうよ。公爵様の留守中に殿下になにかあったら、公爵様の責任になるの。子爵様にいてもらうべきよ」
マグダレーナ様がセドリック殿下に言った。
なるほど。そういう視点はなかった。さすが、マグダレーナ様だ。
問題は、ダミアンだ。
こっそりと伺う。だけど彼は、なにも気にしていないようだった。笑顔でリシャールに、
『父上には休職中であることを黙っていてくれよ』と頼んでいる。
これなら、すんなりと出立できそうだ。
◇◇
馬車の窓から、緑豊かでのどかな景色が見える。夜から朝まで降った雨のおかげか、きらきらと光っているようできれいだ。
今回の旅は馬車は二台だ。メンバーはリシャール様と私、ランスとイレーネ、それから数人の護衛騎士。
前回と違って今回は、馬車にリシャール様とふたりきり。非常事態の旅だとわかっているけれど、それでもドキドキしてしまう。しかもまだ二日目だというのに。こんな風で、都まで私の心臓はもつのだろうか。途中で爆発してしまう気がする。
それに比べてリシャール様は、とても落ち着いている。
今は余計なことは考えてはダメだ。。
ホーリー様が残したものを、無事に届けることに集中しなければ。
「それにしても、この先王家はどうなるのでしょうか」と、気を紛らわせるために、向かいにすわるリシャール様に話しかける。
「いくら陛下でも、こんなにも早くにセドリック殿下を許す訳にはいかないだろう。王太子位は空位にするのではないかな」
「キャロライン殿下は?」
「継承順的にいけば、彼女ではある」と、リシャール様。「だが、陛下は明らかにセドリック殿下贔屓だ。それに叔父上のことを考えると――」
「次期国王となったら、ますます立場が違くなってしまいますものね」
うなずいたリシャール様は、
「叔父上には幸せになってもらいたい」と言った。
「そうですね。でも、それはリシャール様も」
「もちろん、私も幸せになる」
強固な意志を感じる口調に、怯んでしまうほどの強い眼差し。
いつかの夜のようだ。
鼓動がさらに速くなる。
「自分にこれほどの衝動があるとは思っていなかった」とリシャール様は私から目を離さずに言う。「絶対に手に入れたい」
「……リシャール様なら可能でしょう」
なんとか、そう言うと目を伏せた。
まるで私を手に入れたいと言われているかのように、思えてしまった。
リシャール様を意識しすぎて、自分に都合よく解釈しているのだろう。
気をつけないと。
突然、馬車の速度が上がった。揺れが激しくなる。
「なんだ?」
と、リシャール様が疑問を口にしたとき、窓が外から叩かれた。護衛騎士の隊長が並走している。
私が窓を開けると、彼は『申し訳ありません』と謝った。
「全員、体調が芳しくありません。昼食に当たったか、一服盛られたか」
息をのむ。彼の顔色は蒼白で、滝のような汗が流れていて、眉が苦し気に寄せられている。
『休んで』と言いたいけれど、もし誰かの悪意なのだとしたら。
そしてその場合、誰かの目当てはきっとホーリー様の残したものだろう。
「このあたりは牧草地で、なにもありません」と隊長。「憲兵のいる次の街までスピードをあげます」
リシャール様は青ざめた顔で『わかった』と答えて、窓をしめる。
「慎重を期したつもりだったが、気づかれたのか。すまない、ヴィオレッタ」
「いいえ。発見したのは私ですもの。謝るのは、私のほうです。そして今はそんなことよりも――」
うなずくリシャール様。
万が一、襲撃された場合のことを考えなくてはならない。




