14・4 ホーリー様の残したもの
王太子殿下がお気に入り侍女の不審死に立腹し、それを利用してリシャール様とジスモンド様に冤罪を着せようとしている。
実行役がダミアンで、褒美はクラルティ公爵家の継承。
荒唐無稽のような気がするけれど、リシャール様もジスモンド様も、賛同してくれた。アルフレードにも説明をして、ダミアンを見張ることも決まった。
王太子殿下が関わっているとなると、へたに騒ぎ立てることはできないから、セドリック殿下とマグダレーナ様には秘密だ。
あとは監護交代の要求に対して、王宮からどのような返事がくるかを待つしかない。
それと、一応の対処。ダミアンの父親であるテールマン子爵に、息子がクラルティに滞在しているのがこっそり伝わるように手配をした。
これらをサクッと済ませると、ジスモンド様は都に向けて出立した。キャロライン殿下のおそばにいるために。そして、仮説について調査をするために。
◇◇
図書室の中をぐるりと見渡す。ここ数日通い詰めているけれど、『これは』と思うものの発見にはいたっていない。
ホーリー様の件をなんとか解明したくて、使用人たちに『どんな些細なことでもいいから』と、彼女について思い出せることを聞きまわった。そうしたら、思い出してくれたメイドがいたのだ。『一度だけ、図書室から出てくるところを見たことがあります』と。
メイドが言うにはホーリー様が読書している姿を見たことはなく、見かけとときも彼女は手ぶらだった。だから、『閉じこもるのに飽きて、屋敷内を見てまわっているのだろう』と思ったのだそうだ。
それだけで、図書室になにかあると考えるのは暴論すぎるとは思う。でも、ほかに手がかりはなにもないのだから、すがってみてもいいはずだ。
一応の当たりはつけた。ホーリー様は刺繍が得意だったというから、図案になりそうな博物誌だ。鳥類のものが置かれた棚から、順に見ている。とりあえずは背表紙を。なにか引っかかるものがないか――。
「あれ。この本、おかしい」
博物系の書物が並ぶ中に、古典の政治学のものが一冊混じっている。形状や色が似ているから、パッと見た目にはわからない。間違えてしまったのか。
その本を取り出し、開いて、息をのんだ。ページがくり抜かれている。無理やりだったようで、ひどく雑だ。そしてできたスペースには手紙などの紙類がいくつか入っていた。
一番上の、二つ折りの紙を開く。
そこにはホーリー様の署名があった。
◇◇
リシャール様の執務室。机の周りを囲むリシャール様、ランス、アルフレード、そして私。扉はきっちりと閉められ、廊下の目立たないところに見張りも立てた。
私が見つけたものは、劇物だった。
なんと、王太子殿下の犯罪の証拠だったのだ。
ホーリー様はそれを偶然手に入れたらしい。だけど怖くなって『結婚』に見せかけて、王宮から逃げ出したようだ。
彼女の手記を読み終えたランスが、
「巻き込まないでくれよ……」
と、呟く。気持ちはわからないでもない。
ホーリー様の手記によると、彼女は王太子ブランドン殿下の秘密の愛人だったらしい。だけど彼の結婚と同時に捨てられた。失意の最中、たまたま彼の私室のソファの下に封筒をみつけた。ちょっと困らせてやろうと思いこっそり持ち帰ったそれは、彼の犯罪を示す証拠だった。
「廃人になる危険な薬のことは、叔父上から聞いている」と憔悴しきった様子のリシャール様。「陛下の寵臣が流行させた首謀者だったとのことだが、まさかブランドン殿下が関わっていたとは」
そうなのだ。封筒の中身は、寵臣から王太子殿下への手紙だった。その内容は、『憲兵にマークされたから助けてほしい、助けてくれなければあなたが黒幕だと暴露する』というもの。
ホーリー様は怖くなって、キャロライン殿下に相談しようとしたらしい。だけど彼女に、自分が不道徳なことをしていたと打ち明けることが、なかなかできなかった。それに結局はブランドン殿下を好きだったのだろう。彼が刑罰を受けることになるのも、嫌だったらしい。
とはいえ、手にしているのは相当に危険なものだ。自分が持っているとは知られていなくても、手紙の紛失には気がついているかもしれない。
悩んだホーリー様は、王宮を出ることにした。でも、王太子殿下になるたけ疑われないように、『結婚』という理由をつけようと考え、キャロライン殿下を頼った。彼女には『大失恋したから、王都から遠く離れたところに嫁ぎたい。でも失恋は秘密に』と、頼んだらしい。
そこでリシャール様に白羽の矢が立った。
ホーリー様は、国王陛下と仲の悪いクラルティ公爵なら安全だろうと喜んだ。ところが、出発直前に殿下から『大切なものを失くしたのだが、持っていないだろうな』と尋ねられ、疑われていると感じて相当に怖くなったらしい。
「ホーリー様が怯えていたのは、クラルティ家とは関係のないことだったのですね」とアルフレードもため息をつく。
寵臣は逮捕される直前に自死したという。そしてその頃、殿下に仕える侍従がひとり謎の死を遂げているらしい。どちらの件もホーリー様は、殿下に殺されたと考えていたようだ。
「でもこうなると、ホーリー様も……」
クラルティ邸に到着しても、ホーリー様は常に誰かに見張られているように感じていたみたいだ。だから部屋に閉じこもり、証拠の手紙を図書室に隠した。自分が万が一殺されたときに備えて、手記を添えて。
「ですが、うちには犯罪に関わるような使用人はいません」と、ランスが非難めいた目を私にむけた。
「ホーリー様がお亡くなりになったあとに、辞めた使用人はいるのですか?」
「いません」とアルフレード。
「ならば、犯人は外部の者なのでしょう。こちらに殿下の手下がいないから、ダミアン様が送りこまれたのでしょうから。それを探しに」
みんなの目が、卓上の手記と手紙に向けられる。
「でも、どうして今頃」とランス。
「キャロライン殿下が妻たちの事故を調査したことを知ったから。ですよね?」とリシャール様を見る。
「いや。実はダミアンは私たちが都に滞在中に、こちらへ来ている。キャロライン殿下がクラルティ邸に向かったことを知った時点で、ブランドン殿下は不安に駆られたのだろう」
「ていうか、ダミアン様も犯罪者仲間ってことか」とランスが言う。
もしかしたらダミアンは夜な夜な抜け出して、ホーリー様の私室を捜索しているのかもしれない。自室に閉じこもっているのは、夜活動している反動で、昼間に寝ているのだ。きっと。
「……テールマン子爵は気の毒だな。自慢の息子だというのに」リシャール様がため息をつく。
子爵は甥に酷い態度だというのに。リシャール様はお優しい。
「とにかく」とリシャール様は場の空気を変えるかのように、きっぱりとした口調になった。「まずはこれらを王都に届けなければならない」
「郵便でも、誰かに託すわけにもいきませんね」とアルフレード。
「ああ。無論、私が行く」とリシャール様。「ヴィオレッタ。君も一緒に。表向き、都へ行く理由は君にあることにする」
「はい。ですがセドリック殿下たちは?」
「彼らに危険はないだろう。留守番をお願いする」
それから四人で仔細を決めて、解散となった。
執務室には、リシャール様と私だけとなった。
「叔父上がいなくなった途端に、大事件だ」と苦笑するリシャール様。「しかも、より一層、陛下に嫌われてしまいそうだ」
「正直なところ、もう少し証拠の品がほしいですね。信じてもらうには心もとないです」
こんな犯罪は、王太子という立派な地位にあるひとがするようなことにも、思えないし。ただ、彼はどこか怖かった。あのとき感じた印象は、間違っていなかったのだろう。
「でも、がんばりましょう。もしホーリー様が事故死ではないのだとしたら。あまりに気の毒です」
「ヴィオレッタは怖くないのか? それはつまり、この屋敷は外部の人間が簡単に入り込んで人を殺めることができる、ということだ」
「クラルティ邸に来る前は、あなたが殺人鬼の可能性も考えていました。それに比べれば、まったく怖くありません」
なるほど、とリシャール様が微笑む。
「ヴィオレッタがいてくれると、私は強くなれる。手を握っても?」
はい、と答えて両手を差し出すと、つつむように握られた。
リシャール様の体温を感じて、鼓動がはやまる。なぜだか、彼の顔を見られない。
私はもしかしたら、リシャール様を好きなのかもしれない。
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5/15(水)に完結です




