14・1 三番目の奥様
がんばっているリシャール様の役に立ちたい。
ホーリー様の件も、なんとか解明できないだろうか。
そう必死に考えて、まだやれることがあることに気がついた。
自室にひとりで閉じこもりがちだったホーリー様は、いったいなにをして過ごしていたのか。答えは刺繍だ。
そこまではセドリック殿下と調べていたけど、どんな刺繍だったかまでは訊いていなかった。もしかしたら、柄や用途になにかヒントがあるかもしれない。
彼女の専属だったメイドに、どんなものだったかを覚えているか尋ねたところ、作品が残っているとのことだった。
ホーリー様が使っていたお部屋の円卓に、それが置かれている。たった一点。白い布に鳥と植物を組み合わせた模様で、美しく丁寧な刺繍だ。ただ――
「私はあまり刺繍はしないのですけど、一ヵ月集中してこれだけというのは、少ないような気がします」
そう言うと、マグダレーナ様がうなずいた。
「彼女は刺繍が得意だったはずよ。絶対におかしいわ」
マグダレーナ様は、王宮の侍女たちの特徴をすべて覚えているそうだ。
「ならば、ほかにあるか、ほかのことをしていたか」とセドリック殿下。
メイドが『こちら以外は見たことがないです』と答える。
「となると、彼女はなにをしていたんだ」とリシャール様が首をひねる。
「ぐうたらしていた、ということはないな。勤勉な侍女だったはずだ」
と、ジスモンド様が言うと、マグダレーナ様がまたうなずいた。
「そもそも結婚の経緯の認識が、私側とセドリック殿下とで違うことも謎のままだ。どうして私が結婚相手を探しているなんてことに、なったのか」
リシャール様の言葉に、今度はみんながうなずいた。
しかも、だ。王宮滞在中に何人かの侍女に訊いてみたけれど、経緯を知る人はいなかった。興味を持たれていなかったみたいだ。とてもおとなしい方だったらしい。
「私はキャロライン殿下がクラルティ公爵に決めたと、聞きましたけれど」そう言ったのはマグダレーナ様だった。戸惑い気味にセドリック殿下を見ている。「違うの?」
「姉上から、そんなことは聞いていない。お前は誰から聞いたんだ」
「ホーリーよ」とマグダレーナ様。
マグダレーナ様は、ホーリー様とリシャール様との結婚が決まったと聞いたときに、本人の意思を無視したものだと思ったそうだ(はっきり言わなかったけれど、リシャール様の評判が悪かったためみたいだ)。
そこで心配したマグダレーナ様は、ホーリー様に大丈夫かと尋ねた。その答えが――
『キャロライン殿下が、良かれと思って決めてくださったのです。私は行き遅れですから、後家に入るぐらいが丁度よいのです。公爵閣下も、世間が噂するほど変わった方ではないと、殿下がおっしゃっていますしね』というものだったという。
「姉上が? でも俺はなにも聞いてないし、調査書にも記載されていない」とセドリック殿下。
「私もホーリーから、そんな話は聞いていない。それに、キャロライン殿下には大昔に一度挨拶をしたきりだ。『変な方ではない』と断定される覚えはないのだが」リシャール様が困惑したように言う。
「印象は、ジスモンドからだろ」とセドリック殿下。
「そうかもしれませんね」と、ジスモンド様が答える。「リシャールのことを話した覚えはあります。ですが、キャロライン殿下からは、結婚に関する話を聞いたことはありません」
そこでみんな口を閉ざし、なんとも言えない空気になった。
たぶん全員が、同じことを考えていると思う。
キャロライン殿下は親しかった侍女とクラルティ公爵との結婚を決め、それが自分の考えであることを隠した。
リシャール様は、ジスモンド様が唯一大切にしている存在だ。この結婚により、ジスモンド様との繋がりができる。弱くか細い繋がりだけど、それでも彼女はほしかった。
このような経緯だったのだと思う。きっとキャロライン殿下はうまく父王を言いくるめて、結婚の発案者が自分だと気づかれないようにしたのだろう。そのせいで、認識の齟齬ができたのだ。
「ええと。ではこの件は、セドリック殿下がキャロライン殿下に、お手紙で確認していただけますか」
思い切って提案する。
「わかった」と、セドリック殿下。
よかった!
「気になるのはホーリー様の態度ですよね。納得済みの結婚だったのなら、どうしてこのお屋敷にきてからは、ビクビクとして閉じこもりがちだったのでしょうか」
「私が怖かったからでは?」と真顔で言うリシャール様。
「怯えるような怖さはありません!」
「そうだな」とジスモンド様。「僕は、陛下の命令による結婚なのだと思っていたのだけど、違うならば彼女のあの態度は不可解だ」
「こちらに来るまでに、なにか状況が変わったのでしょうか」
例えば、『リシャール様が恐ろしい殺人鬼だ』という嘘を吹き込まれたとか。でもそんなことをして誰にどんな得があるというのだ。
「ひとつ、気になっているのですが」とマグダレーナ様が遠慮がちに声をあげた。
「クラルティ公爵は」と彼女は私を見る。「ヴィオレッタ様のようなタイプがお好みなのでしょうか」
ええ!?
リシャール様も驚いたのか、激しく咳き込んでいる。
「ど、どういうことですか、マグダレーナ様」
「だって、ふたりは雰囲気が似ているでしょう?」
「そうですか!?」
驚いて周りをみるけれど、セドリック殿下もジスモンド様も、メイドも首をひねっている。
「顔つきではありません。雰囲気です。地味でおとなしそうなところ。王宮に出入りしている令嬢では珍しいですから」
「ああ、言われてみれば」とジスモンド様とセドリック殿下。
「ま、まあ、確かに三人の中では、ホーリーが一番ヴィオレッタに近い雰囲気があったかもしれない」とリシャール様が言うと、メイドもうなずいた。
マグダレーナ様は頬に手を当て、
「では、偶然なのね」とため息をついた。「ほかに思い浮かぶ手がかりは、ないわ」
「そうですね」と答えながら、そっと胸を押さえる。やけに鼓動が速い。
マグダレーナ様が『リシャール様のお好み』なんて言ったときから。
いえ。本当のことをいえば、今日はずっとドキドキしている。リシャール様の顔を見ると、昨晩の真剣な声音と眼差しが思い出されてしまうのだ。
リシャール様にそんなにお世話になるわけにはいかないという考えと、嬉しい気持ち、両方があって、どうすればいいのかがよくわからない。
こっそりとリシャール様を伺うと、目があった。優しく微笑まれて、ますます心臓がうるさくなる。
顔が熱い。
だけど。もうひとつ、気にかかることがある。どことなく、リシャール様とジスモンド様の仲がおかしい。普通に話しているようで、まったく視線を交わしていない。まさかと思うが、ケンカをしてしまったのだろうか。




