13・4 深夜の訓練
寝付けない。おぼろげに見える天蓋をみつめることにも、飽きてしまった。
こんなのは、セドリック殿下が現れた夜以来だ。
あの時はリシャール様に、自分がヴィルジニーではないと打ち明けていないことを、悩んでいた。
今は、ダミアンのせいだ。
気持ち悪いし、恐ろしい。
どうして、あんなに失礼で軽薄な人が、マグダレーナ様の監護責任者になれたんだろう。
マグダレーナ様もセドリック殿下も、今回のことがあるまで彼を知らなかったという。
ジスモンド様も、王太子殿下と繋がりがあるような役人ではなかったはずだ、と首をひねっている。それに彼によれば、恐らくはキャロライン殿下もダミアンのことを、よく知らないだろうとのことだ。知っていたなら、監護責任者にしたり、クラルティ邸に寄こしたりしないはずなんだそうだ。
私もそう思うし、セドリック殿下も『そのとおり!』と賛同していた。
ただ、あんまり彼を悪く言い過ぎると、マグダレーナ様が責任を感じてしまいそうなので、私もみんなも気をつけている。
その気配を感じ取って、ダミアンは増長しているのかもしれない。
一日も早く、監護責任者が交代してくれるといいのだけど。
ダミアンとどこで出くわすかと思うと、屋敷の中でさえ安心できない。
ため息をつき、目をつぶる。
私はすっかり贅沢になってしまったみたいだ。
しっかり寝て、しっかり体を休めて、明日はもっと前向きな思考ができるようにしなければダメだ。
よし、寝るのよ!
自分にそう言い聞かせたとき、悲鳴のような声と、ドサドサと何かが転がり落ちるような音がした。
すぐに静寂が戻る。
今のはなんだろう。
起き上がって、耳を澄ます。
もう、なにも聞こえない。
だけど悲鳴は、リシャール様の声に似ていた気がした。
うかつに部屋を出てはいけない。もしダミアンに会ったら大変だもの。
でも、もし本当にリシャール様だったら?
もし、ひとりで困っていたら?
◇◇
恐る恐る角から顔を出し、階段を見る。踊り場のあたりに、座り込んでいる人影がある。
やっぱりさっきのは、落ちた音だったのだ。人影は足をさすっている。
暗いから誰なのかは見えないけれど、彼は多分――
「リシャール様?」
恐る恐る尋ねると、勢いよく人影がこちらを見上げた。
「ヴィオレッタ!」
リシャール様だった。
手にしていた武器代わりの燭台を床に置き、急いで階段を降りる。
「大丈夫ですか!?」
「夜中にひとりで出てはいけない!」
彼と私の声が重なる。
「リシャール様の声だと思ったんです! それに念のために武器も持ってきました! それよりお怪我は?」
「……ない」
そう答えたものの、リシャール様は顔をそらした。
「本当ですか? 動けないのではありませんか?」
「大丈夫だ。ただ」リシャール様はため息をついた。「あまりに情けなくて、動く気になれなかっただけだ」
「階段を踏み外すことぐらい、誰にでもあります。杖はどちらに? もっと下に落ちましたか?」
辺りを探すけれど、みつからない。
「……いや。部屋に置いてある」とリシャール様。「杖なしで歩く練習をしていた」
「まあ」足の不具合は精神的なものだという話を思い出す。「素晴らしいと思います。でも、どうしてこんな夜中にひとりで。危険です」
「誰にも知られたくなかったんだ。驚かせたくてね」
リシャール様が私を見る。怯んでしまうほど、まっすぐに。
「ヴィオレッタを守れるようになりたい」
真剣な眼差しと声音に、ドキリとする。
「今でも十分守っていただいています」
「私はそうは思わない」
「そんなことはないですけど、お気持ちが嬉しいです。でも、無茶はしないでくださいね」
「これでも、かなりマシになったんだ」
リシャール様はそう言って、ひとりで立ち上がった。確かに、思いの外スムーズな動きだった。
そういえばダミアンに杖を向けたとき、重心が安定していたような気がする。
「いつから練習をしていたのですか?」
「屋敷に帰って来てからだ」
それならひと月半ほどだ。そんな短期間でここまでになるとは。とても努力したに違いない。
『ヴィオレッタを守れるようになりたい』
リシャール様の声と眼差しがよみがえる。
なぜだか、ひどく鼓動が速い。




