13・3 気持ちが悪い
その翌日のことだった。図書室で次に読む本を選んでいたら、ダミアンが入って来た。
ほかに人はいない。ふたりきりなんてイヤだから、本は諦めて部屋を出ようとした。
だけどダミアンは、素早く私の進路方向にまわりこんだ。
「警戒するなよ」と笑顔のダミアン。「リシャールとジスモンドになにを吹き込まれているのかは、だいたい予想がつく。信じないでくれよ。彼らは俺を嫌っているんだ」
「……そうですか」
そう答えるにとどめたけれど、警戒しているのは、私自身が彼を好きになれないからだ。外見も仕草も『良家の青年』なのに、言動はどこか軽薄で感じが悪い。
「キャロライン殿下からの手紙は届いていないのだろう? ならば、マグダレーナがここへ送られた真の目的も伝わっていないはずだ」
どういうこと?
「クラルティの地位が必要なのではないのですか?」
「無論、それは大事な要素だ」ダミアンはにっこり笑って、進み出た。
思わずあとずさる。
「キャロライン殿下、ブランドン殿下、それから陛下、全員がセドリック殿下とマグダレーナをもう一度婚約させようとしているんだ」
「ええ? 殿下は彼女に酷いことをしたのにですか?」
「子供の戯れだよ」と笑うダミアン。「マグダレーナはあのぐらい、許さなくちゃ。で、俺はふたりをくっつけろとの命令も受けている。なのに、君やジスモンドが間に入って邪魔をしている。困ってしまうよ」
ダミアンが言うには、マグダレーナを父親から守るためにはこれが一番の解決法で、同時に、いささか短慮なセドリック殿下のためにも最善の結婚なのだという。
「陛下はセドリック殿下に甘々だから。一年がすぎれば、どうせ大公位を与える。これでみんな、ハッピーという訳だ」
でも当事者ふたりの感情は? 今のところは普通に接してはいるけれど、セドリック殿下は引け目を感じているからみたいだし、マグダレーナ様はそれをわかっているから何事もないようにしているだけのような気がする。
「ということで、ヴィオレッタには協力してもらいたい」
「お断りします」
ほんの一瞬だけ、ダミアンが不愉快そうな表情をした。だけどすぐに笑顔に戻る。
「どうしてだ?」
「あなたのお話が本当かわかりませんし、本人の意思を無視してすることでもないからです」
「なるほど。仕方ない。では、はっきり言おう」
ダミアンが私の手をとり、握りしめた。
「素朴な君に恋してしまった。まずは散策デートをしないかい?」
なんなの、この急展開!
本当に、信用ならない男だ。
「おことわ――」
言い終える前に突然手をひかれ、ダミアンに抱き寄せられた。
至近距離から顔をのぞきこまれる。
「そんな冷たいことは言わないで。な?」
全身に鳥肌が立つ。
「離してください」
「ヴィオレッタ、ダンスを踊ったことはあるかい? なければリシャールにパーティーを開催してもらおう」
「離してくださらないなら、叩きますよ!」
「この細腕でどうやって?」と、ダミアンがおかしそうに笑う。
……怖い。
このひとには言葉が通じない。
イヤだと言っているのに、楽しそうにしている。
離れなくては。
でも腕も腰もがっしりと掴まれている。どうしよう。
誰か――
「なにをしている!」
鋭い声がした。リシャール様だった。扉口に立っている。
「デートについて話しているだけだ。邪魔しないでくれよ」
と、ダミアンが答えたけど、私は必死に首を横に振った。
リシャール様は足早にやってくると、杖の突端をダミアンに向けた。
「今すぐ彼女から離れるか、暴行罪で憲兵に引き渡されるか。どちらがいい」
「大げさな」
「ランス! すぐさま手配を」
「わかったよ」
渋々といった様子で、ダミアンがようやく離れた。
「『二度と結婚しない』なんて言いながら何度も結婚するし、人の恋路の邪魔はするし。自分勝手が過ぎるんじゃないか?」
そんな捨て台詞を吐いて、ダミアンは図書室を出て行った。
「大丈夫か、ヴィオレッタ!」
リシャール様が杖を小脇に抱えて、両手で私の手を包んでくれる。
「怖かったです……。リシャール様が来てくださって、助かりました」
「陛下たちに監護責任者を交代してくれるよう、手紙は送ったが」とリシャール様。
「まだ都に到着もしていませんね」
「ああ。もしまたイヤな目にあったら、遠慮せずに悲鳴をあげていい。あいつは――」
リシャール様は、その続きを言うか、迷っているようだった。
黙って、待つ。
やがて彼は決心したらしい。
「母の言葉が呪いだと、最初に言い出したのはダミアンなんだ」
「まあ!」
リシャール様の悩みの元凶だったなんて!
「それにヤツは、クラルティの爵位もほしがっている。良い男だとは、到底いえない」
「気をつけます」
それに比べて、リシャール様の安心できること。
ダミアンに触れられたときは怖気がしたけれど、リシャール様の手は頼りがいを感じる。
きっと、私を心の底から心配してくれているのが、私に伝わって来るからだろう。




