1・〔幕間〕公爵閣下は思いつく
乳兄弟であり従者でもあるランスとボードゲームを楽しんでいるところに、アルフレードがやってきた。
「旦那様。ヴィルジニー様のことですが」
その一言で憂鬱な気分になる。
「手短に頼む」
「聞いていたイメージとは異なりすぎます」
「そうか?」
ランスを見る。が、言葉の代わりに肩をすくめる仕草だけが返ってきた。
「どうしてそう思う」とアルフレードに尋ねる。
「陛下からのお手紙によりますと、彼女は男を手玉にとり、上位貴族の仲間入りをして、第二王子殿下に近づいた悪女です」とアルフレード。
確かに手紙にはそう書いてあった。
「彼女の言動、立ち居振る舞いには、それを感じさせる魅力も狡猾さもありません」
それからアルフレードは彼女の服装が安価すぎるとか、化粧をほぼしていないとか、彼女が知名度の低い禁書を知っているとか、そういった点をいくつかあげた。
「イレーネも」とアルフレードは続ける。「ヴィルジニー嬢はきちんと名前を呼んで労をねぎらってくれた、良い令嬢に見えると戸惑っています」
「陛下が嘘をついて、目障りな娘を送ってきたとでも?」
「そのほうが納得できます」とアルフレード。
彼は軽率な発言をする執事ではない。
「だが、それならどうして彼女は助けを求めないのだ。私は十分脅したぞ」
「覚悟を決めて来たから、とか?」とランス。
「いや、でも陛下がそんな嘘をつくとは思えない。叔父上に確認すれば、すぐにわかることだ」
陛下の手紙に嘘はなく、だがヴィルジニーは手紙とは違う性質のようだというのは、一体どういうことだ?
「反省して性格が変わった――なんてことは、さすがにこの短期間ではないかな」とランスが言う。「わかった! 死にたくなくて、猫をかぶっているんだ」
「だがあの素朴さは、一朝一夕のものでも演技でもない。断言できる」とアルフレードがランスに反論する。
彼がそこまで言うのなら、自信があるのだろう。
手紙も真実、ヴィルジニーが悪女でないことも真実だとしたら――
「まさか別人か? いや、顔でバレるものな」
そう言葉にしてから、思い出した。
ヴィルジニーには双子の姉がいるはずだ。
アルフレードもランスも、それに気づいた顔をしている。
だが、あまりにバカバカしい考えだ。姉妹で入れ替わってどうする。私に嫁げば死ぬのだ。
「ヴィルジニー様の姉君も、近々ご結婚の予定です」とアルフレードが言った。
知っている。だからカヴェニャック伯爵は、ヴィルジニーと私の結婚式に参列できないのだそうだ。
「ヴィルジニー様を送ってきた護衛が話していましたが」とアルフレードは続けた。「姉君のご結婚相手は庶民の高利貸し業の会長で、年は五十八歳だとか」
「五っ……!」
なんだそれは。親子どころか祖父と孫の年の差ではないか。
「彼女は十八ですから、ちょうど四十離れています」とアルフレード。「『カヴェニャックは次女のために長女を売りに出した』と、都中で笑い者になっていたそうです」
ランスと顔を見合わせる。
つまり姉はカヴェニャックで酷い待遇をされている、ということか? それなら可愛い次女の身代わりにすることもあるのか?
そこまで考えて、ハッとした。
「ヴィルジニー嬢でないならば、結婚する必要はない」
アルフレードがうなずく。
「無論カヴェニャック家は重罰を受けることになるでしょうが、旦那様には関係ございません。身から出た錆でございます」
「そうだな」とランスが力強くうなずいた。
「アルフレード、叔父上はいつ戻る。女性のことなら叔父上だろう」
「ジスモンド様はしあさってのご帰着予定です」
「よし、光明が見えたぞ。アルフレード、よく気づいてくれた」
長年クラルティ家に仕えている執事長は、姿勢正しく一礼した。
「あの方をあまり信用しすぎるのはなぁ」
乳兄弟の呟きが聞こえてきた。