12・2 ジスモンドへの疑惑
庭師の家を出発した馬車は、ジスモンド様の提案で街に向かっていた。
「街になにか確認することがあるのか」とセドリック殿下が尋ねる。
庭師はあらかじめ家に青年を呼んでくれていたので、本人からの話も聞き終えている。青年は到底人殺しなんてできなさそうな、純朴なひとだった。
「個人的な用です。書店に行きたいと思いましてね」ジスモンド様はそう言って、私を見た。
「でもヴィオレッタは連れて行かないよ。殿下と買い物をして待っていてほしい」
『どうして』と訊こうとして、すんでで気がついた。きっと作家としてのお仕事なのだ。
「わかりました」
「ふたりとも」と、ジスモンド様はふたたびセドリック殿下に顔を向ける。「店では『ジスモンド・ルセルのツケで』と言ってください。それでなんでも買えます」
「金の出どころはリシャールだろう?」と笑うセドリック殿下。
「誰のツケなのかが重要なのですよ」
ジスモンド様はそう言うと、私に向かってウインクをした。
きっと、実際はリシャール様からではないことを、黙っていてというサインだ。小さくうなずいて、わかっているということを示す。
「そうだ、ヴィオレッタ。リシャールへのお土産も買っておいてくれ」
「そうだな」とセドリック殿下も私を見る。「リシャールを励ませるものがいい。新婚の妻が浮気していただなんて、さすがに堪えるだろう」
「それはありませんよ」
私が答えるより先に、ジスモンド様が早口で遮った。
「トレーガー侯爵が話を進めてしまったことと、ヘルミナの当時の状況が気の毒だったから、リシャールは仕方なく、結婚を承諾しただけですからね」
ヘルミナ様はちょうどそのころ、婚約者を病で亡くしたらしい。似通った境遇同士で結婚してはみたものの、リシャール様は妻になじむことができなかったそうだ。
「驚きはするでしょうが」とジスモンド様は続けた。「それだけですよ。リシャールは基本的に、他人に興味がないですからね。それがヘルミナが浮気した原因でしょうけど」
「ならばヤツを人間らしくさせたヴィオレッタは表彰されるべきだな」
「え、私ですか?」
訊くと、ジスモンド様もセドリック殿下も笑顔でうなずいた。
私はリシャール様と書物の話をしているだけだけど。
でも、悪い気はしなかった。
◇◇
街で馬車を降りると、ジスモンド様は宣言どおりに書店に向かい、セドリック殿下と私は彼の護衛に守られながら、商店街をぶらぶらと歩いた。道行く人々にものすごく注目されている。けれどセドリックは気にならないみたいだ。さすが王子。注目を浴びることに慣れている。
そんなセドリック殿下が、ふと、
「……まずい気がする」と呟いた。
「なにがですか」
「こういうのはリシャールとするべきだ」
「お仕事が一段落したら、みんなで来たいですね」
セドリック殿下が、なぜかため息をつく。
「時どき、ヴィオレッタとヴィルジニーが双子だというのは、嘘なのではないかと思う。似ていなさすぎる」
「そうですか?」
「ああ。――それより、リシャールへの土産だな」
「ジスモンド様のお勧めは香水でしたけど、どうしましょう」
「それはお前が選べよ」
と、セドリック殿下が唐突に足を止めて、私を見た。
「お前、ジスモンドをどう思う?」
「どう、とは?」
「リシャールを過剰に庇護しているというか。アシストしすぎというか。今だってお前にリシャールの好きなものを買わせようとしている。前から思っていたんだが、関係が少しいびつだ」
セドリック殿下が『そう思わないか?』と傍らの護衛たちに声をかけると、全員がうなずいた。
「本人はリシャールの父親に恩があるとか、クラルティの資金を使いたいからとか言っているが、どうも、な」
そうなのだろうか。気になったことはない。だけど私は人付き合いをしてこなかったから、わからないだけなのかもしれない。ただ――
「もし本当にいびつなのだとして、なにか問題があるのでしょうか」
まったくないと思うのだけど。
セドリック殿下が、私の目をまっすぐに見る。
「ジスモンドが大事なリシャールを守るために、彼に相応しくない妻を殺しているということはないだろうか」
「ええ?」
思わず護衛たちを見る。彼らも戸惑い顔だ。けれどすぐに、『ありえないことではないですね』という声が上がった。
「ヘルミナは都に住んでいた」とセドリック殿下が、かみしめるように言う。「ならば浮気したいと考えたときに最初に声をかけるのは――」
「ルセル氏にですね。彼が遊び人だと知っているでしょうから」と護衛が答えた。
「それにクラルティに来るまでは、ルセル氏があれほど公爵を大切にしているとは知らなかったでしょうし」と別の護衛が言葉を継いだ。
「さっきあいあつは、『浮気なんて初耳』というような顔をしていたが、きっと知っていたぞ」とセドリック殿下。「最初の妻も、足の悪いリシャールを疎んだあげく、彼のために敷かれていた絨毯をはがしたのだろう?」
そう言えばハンナローラ様の話を聞かせてくれたとき、ジスモンドは彼女の言動を『胸糞の悪い話』と言っていた……。
「ホーリーとの結婚は父上から押し付けられたもので、リシャールは望んでいなかった。すべての結婚が、リシャールにとってマイナスだったわけだ」
だから、『リシャールを過剰に守っている』ジスモンド様が、妻を殺しまわっているということ?
「リシャールと使用人以外で」とセドリック殿下。「三回の結婚式、三回の事故死、すべてにいたのはジスモンドだけなのだろう?」
そのとおりだけど、でも――
「私はそれはないと思います。ジスモンド様がリシャール様が傷つくことをするとは、思えません」
「そうか?」
「はい。直感にすぎませんけど!」
強く、はっきりと伝える。呪いを信じていたリシャール様を、ジスモンド様が追い詰めるはずがないもの。
「自分の眼鏡にかなった令嬢とだけ結婚をさせようと、暗躍していると考えたんだけどな」とセドリック殿下が、表情を緩めて頭をかく。
そういえば最初に会ったときに、それに近いことを言われたような気がする。でもうろ覚えだから、伝えなくてもいいわね。
「まあ。ジスモンドが殺人鬼だったら姉上がショックを受けるだろうから、そうでないことに越したことはないんだ」
そう言ったセドリック殿下に答えようとしたとき、
「あらあ!」という大きな声がした。「そこにいるのは公爵様のところのヴィオレッタちゃんじゃない?」
男性でありながら女性の口調。これは覚えがあると思い辺りを見回すと、仕立て屋が笑顔で手を振っていた。
「ずいぶんとものものしいし、ステキなイケメンと一緒ね。どうしたの」
そこから『イケメン』が第二王子と知った仕立て屋の平伏叩頭やらがあって――。
ひととおり落ち着いたところで、彼に、
「公爵様とジスモンド様は昔からあれほど仲がいいのですか?」と尋ねてみた。
たいして期待はしていなかった。以前会ったときに、かなり昔からクラルティ邸に出入りしていたと話していたので、なんとなく訊いただけ。
だけどセドリックが『調査中の事件において、大変に重要なことなのだ』と脅したからか、仕立て屋は、
「仲良しなのは確かですけど。子供のころにジスモンド様が公爵様を死なせかけてしまったらしいですよ。それからジスモンド様が過剰に大切にしていると、聞いてます」
と答えたのだった。




