12・1 二番目の奥様
リシャールの二番目の奥様、ヘルミナ様。彼女は堀で溺死しているところを、庭師に発見された。
その庭師は高齢で、一年前に引退して近くの村に孫と一緒に住んでいるという。そこで、話を聞きに行くことにした。
向かう馬車には、セドリック殿下だけでなく、ジスモンド様も乗っている。彼も調査を手伝ってくれるみたいだ。セドリック殿下は『当事者を加えたくはないのだが』と渋っていたが、高齢の庭師からスムーズに話を聞くためには、彼が信頼する人間がいたほうがいい。
そんなことより問題は――
ジスモンド様に、
「リシャール様は、本当は調査に乗り気ではないのではありませんか?」と尋ねる。
今日はヘルミナ様の死の調査をすると伝えたとき、彼は複雑な表情をしていた。
「そんなことはない。俺は歓迎されたぞ」とセドリック殿下が言う。
「事故になにかしらの原因があるのなら、それが解明されることをリシャールは望んでいるよ」とジスモンド様も同意する。
「でも、イヤそうな顔をしていました」
「「それはヴィオレッタにだけだ」」
ジスモンド様とセドリック殿下の声が揃った。ふたりは顔を見合わせて苦笑している。
「どうしてですか」
「うん、まあ」とジスモンド様が私を見る。「リシャール自ら望んだ結婚ではなかったとはいえ、婚姻関係にあったのはまぎれもない事実だからね」
セドリック殿下がうんうんと頷いている。でも私は意味がわからない。リシャール様のプライベートなことに、女性の私は触れないほうがいいということ?
「私は調査に加わらないほうがよかったのでしょうか」
「いや、そんなことはない。リシャールの役に立ちたいという気持ちは、彼も喜んでいる。そうだな、ただ――」ジスモンド様は言葉を探すように、視線をさまよわせ、それからもう一度私を見た。「リシャールにとって、ヴィオレッタが初めて心を許せる異性だったから、だよ。あとは自分で考えなさい」
セドリック殿下を見ると、『俺に訊くな』と言われてしまった。
結局、よくわからないままだ。
だけど三人も妻がいたのに、私が初めてだなんて。リシャール様が気の毒だわ。
――そう思うのに私は、どこか嬉しく感じているような気もする。薄情な自分がイヤになる。
◇◇
ヘルミナ様の事故死には、不審な点があったそうだ。
それは、彼女が外に出ていたことを誰も知らなかったということ。彼女はお喋り好きの陽気なかたで、いつもメイドの誰かしらをそばに控えさせていたそうだ。
そして、じっとしていることはお好きではなかったけど、外にひとりで行くことはなかったという。日焼けをしてしまうから、必ず日傘係りを伴ったというのだ。
なのにヘルミナ様は、外でひとりで亡くなった。
もしかしたら、室内で殺されてから堀に投げ捨てられたのではと、リシャール様とジスモンド様は考えたそうだけれど、医師の見立てでは間違いなく溺死なのだという。
遺体には争った形跡や衣服の破れなどなにもなく、せいぜいが右足の靴がぬげていたことくらい。だから『右足をすべらせて堀に落ち、溺れ死んだ』、ということになったのだそうだ。
このときリシャール様は仕事関係の来客がありその応対中、ジスモンド様は自室でアルフレードと話をしていたらしい。
「――ヘルミナを発見した時に気づいたことは、それだけか」
セドリック殿下が失望を隠さない表情で、庭師に尋ねた。
「発見したときのことは、はい」
庭師が体を縮こませて答える。緊張からなのか、顔色は真っ白。
簡素な庭師の家の、簡素な部屋。そこに、あきらかに似つかわしくない王子殿下が来ているのだから、平常心ではいられないわよね。ジスモンド様が一緒に来てくれて良かった。
とはいえ庭師の話は、キャロライン殿下の調査と、寸分たがわなかった。
「今、『発見したときのことは』と言ったな」と言いながらジスモンド様が椅子から身を乗り出す。
そうだわ、確かに。
「は、はい、そうなんです、ジスモンド様」と庭師はジスモンド様を縋るように見る。「この前お姫様がきたあとに、知ったことがありまして。旦那様が都からお戻りになったら知らせに行こうと思っていたら、今回の連絡がきたんです。ただ、その……」と庭師は言葉を濁らせた。
「どんなことでも構わない。話してくれ」
ジスモンド様が笑みを向けると、庭師はなぜか私を見て、
「お耳汚しを、すみません」と頭を下げた。
そして庭師は、ヘルミナ様は浮気をしていたと申し訳なさそうに告げた。相手は屋敷に野菜を運んでくる八百屋の青年だという。
それを庭師が知ったのは、キャロライン殿下の調査がきっかけだったらしい。
彼が旧知の青年に『こんなことがあってね。どうも旦那様が疑われているらしいんだ』と伝えたら、青年が告白したという。
青年は、たまたま庭を散歩していたヘルミナ様に見染められ、密会を強要されたそうだ。会ったのは三回。屋敷裏手の、堀にかかった橋の下にある、ボートの係留場所で。そこには小さな道具小屋があるのだ。ボート遊びをしたときに、私もそれを見た。
青年は屋敷の中に入れないし、ヘルミナ様は遠くには行けない。道具小屋は小さくて粗末だけど、誰も来ないし人目にもつかないから、密会には最適の場所だったらしい。
そしてヘルミナ様が亡くなったのは、三回目の密会をする日だった。青年が約束の時間に行っても小屋に彼女の姿はなく、のちに溺死を知ったという。
橋下への降りる階段も、小屋の扉前の通路も幅が狭いから、ヘルミナ様はそのどちらかで足を滑らせたのだろうとのことだ。
十分にあり得る話だった。私も以前ボート遊びをしたときに、怖いと思ったのだ。
青年は殺人犯と誤解されたり、公爵の妻に手を出していた罰を受けることが怖くて、ずっと黙っていたそうだ。
現在は良心の呵責に耐えられず八百屋は辞め、町で人夫として働いているらしい。
「そうか。浮気のあげくの事故か」と話を聞き終えたジスモンド様は、晴れ晴れとした顔で言った。「よく話してくれた。公爵はお前も、その男も咎めはしないよ。安心するといい」
「まあ、その男が殺していなければな」とセドリック殿下。「もしくは他の人間が先回りしてヘルミナを突き落としていなければ、事故だろう」
「でも少なくとも、リシャール様は潔白と言えるのではありませんか。これから浮気相手と会うというときに、そんなところで夫に隙を見せるとは思えませんし、そもそも杖を使うリシャール様にとってあの場所は不利です」
「だいぶ暴論だが、まあ一理はある」とセドリック殿下が苦笑する。そして「一応は解決かな」との宣言をした。
調査に進展があったことに胸をなでおろす。
だけど結婚三ヵ月で浮気だなんて。
リシャール様がショックを受けないか、心配だわ。
でも、ヘルミナ様はどうして。
彼はあんなに素敵な人なのに――。




