11・〔幕間〕公爵閣下はもやつく
書類に目を通しながら、一口大に切られたパンを口に放り込む。ヴィオレッタたちと楽しく昼食をとりたいが、我慢だ。それよりも、留守中に溜まった仕事を早く片づけたい。
「また、こんなひどい食事をとっている」
聞こえた声に、顔を上げる。いつ執務室に入って来たのか、叔父上がいた。視界の隅でランスが、やれやれとでもいう風に首を横に振っている。
「ヴィオレッタが、朝食も昼食もお前がいなかったと、がっかりしていたぞ」と叔父上。
「本当ですか?」それは悪いことをした。「今日の分を少しでも早く終わらせたくて」
『彼女と早い時間に書物談義をしたいから』という言葉はのみこむ。
叔父上は早い時間でも、ふたりきりはよしなさいと言い出すかもしれない。
昨夜も散々説教をされた。自分は遊び歩いているくせに。いや、だからこそなのか。なんであろうが、叔父上が正しいことは、わかっている。
「まあ、心配することはない。僕が華麗な話術で楽しませておいたからね」
叔父上はそう言ってにっこりとした。
「……ありがとうございます」
なぜだか、胸の奥がもやっとした。疲れているからだろうか。
ひとつ息をついて、ついでに水を飲む。
「セドリック殿下が調査を開始したようだ」と叔父上が私を見て言った。
私の妻三人が事故死した件だ。ダミアン・テールマンや親戚連中に『母親の呪いのせいだ』と言われて、そうだと思い込んでいた。私の精神が不安定だったから信じてしまったのだと思う。だが三人も事故死が続けば、呪いのせいとでも考えなければ説明がつかないという気持ちも、根底にあったのだろう。
正直なところ、キャロライン殿下が調査しても、新しい発見はなかったのだ。三人の事故は永遠に解明されない気がする。
だが、望みを捨てたくない。
たとえ使用人から殺人鬼がみつかるのだとしても。事故死に理由があるのならば――。
「ヴィオレッタも一緒にやるみたいだぞ」
「――彼女もですか?」
ああ。また胸の奥がもやもやとした。なぜだ。
「張り切っていたぞ」と笑顔の叔父上。「お前の役に立ちたいと言っていた」
「そうですか」
「それでふたりから、テールマン子爵が関わっている可能性はないか訊かれたよ」そう言って叔父上が苦笑する。「昨日の彼の態度が、だいぶ衝撃的だったらしい」
「通常通りですけどね」
私も思わず笑ってしまった。あの人は私が小さいころから、ああだった。なにかと目の敵にして文句や言いがかりをつけてきた。だが――
「子爵にはあれが精一杯。殺人なんて大それたことに、関われるひとではありません」
「僕もそう説明したよ」と叔父上。
「それに、やるなら私を狙うでしょうし」
「それと僕だね。爵位は僕に行くと思っているのだから」
「わかるものか」と一別の机で仕事をしていたランスが不満げな声をあげた。「直接手をくだすといの一番に疑われるから、リシャールを殺人鬼として当局に逮捕させようとしているのかもしれない」
「お前は想像力が豊かだね」と叔父上が笑顔を向ける。「だがそれが目的ならば、リシャールを殺人犯とみなせる証拠があがっていないとおかしい」
「確かに」
ランスが恥ずかしそうな顔をして『すみません』と頭を下げる。
「仮にそういう企みをするならば、ダミアンのほうですよね」
私がそう言うと、叔父上は首肯した。
「彼はなにを考えているのか、よくわからない」
ダミアンが私が留守中のクラルティ邸になにをしにきたのか、いまだに不明だ。それに実家の近くへ戻ってきていたのに父親にそれを伝えていないというのも、少しだけひっかかる。
だとしても、やはり狙うならば妻よりも私のはずなのだ。
「子爵夫妻とダミアンが出席した挙式は」と叔父上。「最初のハンナローラと次のヘルミナのときだったな」
「ええ。ハンナローラのときは葬儀の参列も」
「三番目のホーリーは、ダミアンはどうして参列しなかったのだったかな? 訊かれたのだが覚えていなくてね」
「さあ。私も知りませんね」
テールマン子爵夫妻は、ホーリーの実家の爵位が低くクラルティ公爵家にふさわしくないこと、彼女が適齢期を過ぎていたことを理由に、『結婚を認められないから出席しない』と言っていた。それはほかの親戚連中も同じだ。
ダミアンもその理由だったのかもしれない。が、本当のところはわからない。そもそも彼には招待状を送っていないのだから。初回と二回目の挙式の時もそうで、彼は両親にくっついて参列していただけだった。
「リシャールもわからないのなら、残念ながらお手上げだな」
「手紙で問い合わせてみます。返事がくるとは思えませんが、一応」
「そうだな。――ヴィオレッタたちは、明日はヘルミナについて調べる予定だそうだ。僕も共に行動しようと思う」
二番目の妻ヘルミナとは、三人の妻の中で一番伴侶らしい間柄だった。都生まれ都育ちだという彼女は、田舎に住まねばならぬことへの不満を常に漏らしていた。だがそれでも私に友好的だったし、盛んに話しかけてもきた。きっと、悪い女性ではなかったのだろう。
ただ、なんというか。
あまりに自分本位で押し出しも強く、私は彼女が苦手だった。
だとしても、『私はヘルミナを好きになれなかった』だなんて、わざわざヴィオレッタたちに伝えることではないだろう。
――—ないだろうが、でも、そこのところだけは誤解されたくない。




