1 1・3 さみしい朝食と勧誘
クラルティ邸に帰ってきて、最初の朝食。今回はリシャール様も姿を見せた。と思ったら、
「今日も立て込んでいるので」
と詫びてすぐに去ってしまった。
残されたのはセドリック殿下と私だけ。ジスモンド様もいない。そもそも彼は基本的に起床が遅く、朝食は食べないらしい。ずっと私たちに合わせてくれていたみたいだ。
「さみしいか」とセドリック殿下が私に向けて言った。「表情が暗いぞ」
「さみしいですけど、仕方ありません」
そう答えたものの、もやもやする。頭ではわかっているのだけど……。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え。遠慮はいらん。同じ居候の身じゃないか」
「『同じ』でくくられるのは、どうかと思います。王子と庶民――」
「さっさと言え。浮かない顔を見せられながらの食事は、苦痛だ」
正論過ぎてぐうの音も出ないわ。
あまり話したくなかったのだけど、仕方ない。
以前からリシャール様と夜に読書について話し合う時間を持っていたこと、それをジスモンド様に叱られて、もうできなくなってしまったことを明かした。
「ジスモンドは自分のことを棚に上げてよく言えたものだ」とセドリック殿下が言う。
私も、ほんの少しそう思ったのは内緒にしておく。
「だがな、ヴィオレッタ。俺は王宮に戻っていた間に、礼儀やらマナーやらを再度学ばされたのだ。厳しくな!」
そうだったの。知らなかったわ。
「そこから言えることは。ジスモンドは100パーセント正しいということだ」
「はい……」
わかっているもの。
「問題はリシャールだな」とセドリック殿下が続けた。「あいつとて非常識だとわかっているはずだ」
「それだけ時間の余裕がないのです」
「俺は非難しているんじゃないぞ。リシャールは非常識な行動に出てしまうほど冷静さを欠いているのに、それを自覚していないことが問題だと言っているのだ」
「お仕事に疲弊しきっているということですか」
元々忙しかったところに、私がやってきてしまったから。
「やはり、少しでもお役に立てるようにならないといけませんね」
そう言ってセドリック殿下を見ると、彼はなぜか俯いて額を押さえていた。
「頭痛ですか」
「……そんなものだ。まあ、俺もがんばる」
セドリック殿下は一年の滞在中に、領主としての仕事を学ぶことが決まっている。
リシャール様は当面、留守にしていた影響で忙しいから本格的に指導するのは少し先で、それまでは彼の部下がセドリック殿下につくみたい。
で、それに私も参加させてもらう予定だ。
当初は、私の面倒を見てもらうのは嫁ぐまでとの予定だったけれど、私自身に結婚願望はない。だから、仕事を得て自立できるまでと目標を変えたのだけど、どうせ働くならリシャール様の役に立つ仕事がいいと思った。そう伝えたら、彼も賛成してくれた。
これならクラルティ邸を出ても近くに住むことになるから、いつでも書物談義ができるしとてもいい案だと思うの。
リシャール様はずっとここに住んでいていいと言ってくれているけれど、それはさすがに図々しいものね。セドリック殿下に合わせて、一年で自立することを目標にしている。
「ヴィオレッタ」
はい、と答えてセドリック殿下を見る。
「リシャールの役に立ちたちたいなら、俺を手伝え」
「なんのお手伝いでしょうか」
「リシャールの三人の妻たちの事故死についての、調査だ」
でもそれって――
「キャロライン殿下がされたのでは」
「不十分だったし、今回はリシャール、いや、クラルティ公爵の許可もとってある。姉上には、お前を誘うかどうかは俺が決めろと言われている」
だけど。ひとさまの死について、無関係な私が詮索していいのかしら。
お母様が亡くなったとき、無遠慮な親戚たちに根掘り葉掘り訊かれるのがすごく嫌だった。そのせいで余計に人付き合いが苦手になったのだ……。
「ヴィオレッタ。これはリシャールを救うことだ」
「『救う』……」
確かに彼はとても気にしている。
「彼も、是非解明してほしいと言っていた」
「昨晩リシャール様は、『妻が三人も事故死するのは普通ではない』と悲しそうにしていました」
「だろう?」
「では、お手伝いをさせてください」
「そうこなくては」
セドリック殿下は、にっこりとした。
◇◇
さっそく執事長アルフレードを呼んで、話を聞いた。彼はあらかじめリシャール様から調査のことを説明されていたようだ。
最初の奥様、ハンナローラ様については、今までに知ったこととあまり変わりはなかった。新しい情報は、些細なものがみっつ。
ひとつは、ハンナローラ様がバルコニーから転落したとき、彼女の侍女はクラルティ邸の使用人には一切知らせずに、お茶席についていたトレーガー侯爵夫妻に直接伝えたこと。
ふたつめは、報せを受けて慌てたリシャール様が立ち上がるさいに転倒し、ジスモンド様や使用人たちは彼の手助けをしたこと。そのために彼らは、トレーガー侯爵夫妻よりたいぶ出遅れてしまったという。
みっつめは、侍女はずっと取り乱していて、何度も『私がしっかりおそばでお話を聞いていれば……』と、繰り返していたということ。
アルフレードの所感では、ハンナローラ様がなぜバルコニーに出たのかという謎はあるけれど、間違いなくただの事故だったという。
トレーガー侯爵やジスモンドと同じ考えだ。
「姉上の調査書でも、ハンナローラ・トレーガーは事故の確率が非常に高いとなっている」
と、セドリック殿下が言う。
その調査書とやらを、預かってきているらしい。あとで見せてくれるそうだ。
「ただ……」厳格な執事長は、暗い表情で言葉を言い淀んだ。
「『ただ』なんだ?」と促すセドリック殿下。
「これは私が勝手に考えたことで、誰にも話していないことなのですが、ハンナローラ様はもしかしたら、旦那様になにかしらの嫌がらせのようなことを考えて、バルコニーに出たのではないか、と」
「どういうこと?」
思わず身を乗り出して、尋ねる。
「ハンナローラ様は、いささかワガママなところがおありだったのですが、旦那様はそれを咎めず許容しておりました。その最たるものが、室内の絨毯で――」
結婚式の数日前にクラルティ邸に到着した彼女は、以前にはなかったそれを目にすると、両親が咎めるのもなんのその、『全部はがしてくれないと嫌』と駄々をこねたらしい。それをリシャールがひとことも反対せずに受け入れたものだから、調子づいてしまったという。
そのためリシャールに失礼なこともした(アルフレードははっきりと言わなかったけれど、たぶん、初夜を拒んだことだ)。
バルコニーに出たのもその一環で、それをわかっていたから侍女はトレーガー侯爵夫妻に直接転落を報せ、後悔を呟いていたのではないか――
アルフレードの話を聞き終えたセドリック殿下は、
「なるほど。ありえそうな推論だ」と肯定した。
私もそんな気がする。トレーガー侯爵がリシャール様に引け目を感じている理由にもなるもの。
このあたりの真実は、侍女に確認しない限りはわからない。けれど、辻褄は合う。
「それでこのとき屋敷にいた部外者が、確か――」とセドリック殿下が言うと、執事長があとを継いだ。
「トレーガー侯爵夫妻とご長男ルータス様、テールマン子爵夫妻とご長男ダミアン様、それから――」
「あの失礼な子爵もいらっしゃたのですか」と思わずアルフレードの言葉を遮ってしまった。
「はい。ジスモンド様を抜かせば、一番近しい親戚ですから」
「念のために訊くが。あいつに疑わしい点は?」とセドリック殿下が尋ねる。
「ほかのクラルティの親族の方々とともに、旦那様とは別の応接室でお茶席についておりました。ハンナローラ様のお部屋の周辺にいたのは、使用人たちだけでございます」
そうか、と頷いたセドリック殿下は『ならばハンナローラ・トレーガーは事故で決まりだな』と嬉しそうに宣言した。
うなずくアルフレード。
私もそう思う。
けれど。リシャール様に対する彼女の対応がひどすぎて、胸がつぶれそうだった。




