11・2 深夜のおしゃべり
「昼間はお役に立てなくて、ごめんなさい」
そう言うと、席についたばかりのリシャール様は
「なんのことだろうか」と困惑の表情を見せた。
「テールマン子爵です」
「なんだ」とリシャール様が笑顔になる。「『任せておいてほしい』と言ったのは私だよ。君や殿下に彼と関わってほしくないんだ。あのとおり、不愉快な人物だからね」
だからこそ、力になれないことがさみしい。
早く頼ってもらえるようになりたい。
「ヴィオレッタには楽しく過ごしてもらいたいと思っている」とリシャール様は言い、それから苦笑した。「こんな時間に私につき合わせておいて、言うセリフではないか」
「そんなことありません。再開できて嬉しいです!」
以前行っていた、一日の終わりに書物についてお話をする時間。それをクラルティ邸に戻った今日からまた始めることになった。場所は私の私室。
長く領地を留守にしたリシャール様はやらねばならないことが山積みで、ゆっくりできたのは帰宅直後のわずかな時間だけだった。食事の席にも現れず、心配していたところにこのお誘いがきたのだ。嬉しくてふたつ返事をした。
時間は夜更けで、確かに書物談義をするのには適さないかもしれないけれど、そんなことはどうだって構わない。
リシャール様も私も、久しぶりに好きなことを好きなだけ話すことができて、おしゃべりが止まらなくなってしまった。
でも、ふと訪れた間に、またも昼間のことを思い出した。
「そういえば、リシャール様が爵位をジスモンド様に譲りたがっているのは、先々代の意向を汲んでのことですか」
ジスモンド様が爵位を継ぐ可能性があったと、セドリック殿下もリシャール様も話していた。
「いや。祖父は関係ない」とリシャール様。「私は今後結婚するつもりはないからな。叔父上はああ見えて責任感の強いひとだから、当主になれば相応の女性と結婚をして子をもうけるはずだ。クラルティ家のためにも、叔父上のためにも、良い結果となると考えてのことだ」
「呪いはないのに、結婚をしないのです」
「だとしても、三人も妻が事故死するのは普通ではないではないか」とリシャール様は肩を落とす。
私も、それは否定できなかった。
だけどキャロライン殿下が調べても、不審な点はみつからなかったらしいのだ。かといって純粋な事故と断言することもできないと言っていたけど……。
そうだ。すっかり忘れていた。知りたいことがあったのだわ。
「リシャール様。お母様がお亡くなりになって以来で、このお屋敷で事故死されたかたは、ほかにいるのですか」
もし何人もいるのなら、お屋敷に欠陥があるとか、とんでもない殺人鬼が潜んでいるとか考えられる。――後者は怖すぎるけど。
「いないはずだ。下働きにいたるまで」
「そうですか」
それなら私の予想はハズレだ。
「父は母の自死にさすがに良心が痛んだらしい」とリシャール様がお父様の話を始めた。「子供が私しかいなかったこともあって、再婚の話はかなりの数舞い込んでいたのだが、すべて断っていた。その代わりに、近くにこっそりと愛人を囲ってね」
『褒められたものじゃないけど』とリシャール様は苦笑した。
「でも彼女は今でも元気に生きている。正妻じゃないからなのか、クラルティ邸に住んでいないからなのか、存在を知られていないからなのかは、わからない」
そんな方がいるのね。ご健在というのは心強い気がする。
けれど、リシャールの奥様だけが事故死するのは、やはりおかしいという気もしてしまう。
キャロライン殿下は、彼に懸想するメイドの犯行という線も探ったらしい。けれどそれはとうに執事長とジスモンドが調べていて、否定されたそうだ。
「だが」とリシャール様が続けた。「叔父上は爵位を継ぎたがらないし、結婚もしそうにない。困ったものだ。せめて跡継ぎになる子供だけでももうけてくれると助かるのだが」
「それはリシャール様にも言えるのではありませんか」
「私は女性はもういい。理解できない」と彼はきっぱりと言ってから、ハッとした表情になった。「ヴィオレッタは違うぞ。友人だからな」
「はい」
友人と言ってもらえて嬉しい――はずなのに、なぜか胸がちくりとした。
「結婚と言えば」とリシャール様。「都で君の結婚相手がみつかるかもしれないと思っていたのだが、結局立候補してくる者はいなかったな」
「そんなことを考えていらっしゃったのですか!」
「ああ、叔父上がそう言っていたからな。ヴィオレッタは器量も気立ても良いから、人気になるはずだ、と」
「買いかぶりです」
「そんなことはない。君はとても素敵な令嬢だ」
リシャール様が力強く言う。顔が熱くなった。
「リシャール様のほうが素敵です」
「そんなことはない」
「そんなことはあります」
しばらくふたりで押し問答をして、それからプッと笑いあった。
と、コンコンとノックの音がして、開け放してある扉からジスモンド様が顔を出した。
「話し声が聞こえたのだけど、リシャール、なにをしているんだい」
「あ、話を」と答えながらリシャール様が立ち上がる。
「こんな時間に?」とジスモンド様が顔をしかめる。
「リシャール様がお時間がとれるのは、就寝前しかありませんもの」
私も立ち上がりながら答える。
「だが女性の部屋を男が訪ねていい時間ではないぞ」
「私が暗い中を出歩かないように、気遣ってくださっているんですよ」
『ね?』とリシャール様の顔を見る。彼はうなずいたけれど、バツの悪そうな表情をしていた。
「リシャール。自邸とはいえ」と言うジスモンド様の口調が厳しい。「友人ならばこそ、相手の名誉を傷つけかねない行為は、慎まなければダメだ」
「はい……」
リシャール様が子供のようにうなだれる。
「ヴィオレッタもだよ。友人だろうが異性だ。ちゃんと線引をしなさい。テールマン子爵を追い返したからよかったけれど、彼にみつかっていたらアバズレ呼ばわりされただろう」
「はい……」
私はなんて言われても構わないけど、リシャール様の評判が下がるのは困るものね。
残念だけど仕方のないことなのだわ。
残念だけど……。




