10・5 久しぶりのセドリック
突然呼ばれた名前に驚いて辺りを見回すと、セドリック殿下が私たちに向かって大きく手を振っていた。けれどすぐに、動きを止めた。
どうしたのだろう。
手を振り返す。
すると彼は動き出して、こちらにやってきた。どうしてか、バツのわるそうな顔をしている。
「邪魔をして悪い」とセドリック殿下。
「いいえ。殿下、お久しぶりですね」
王宮に到着した日以降、ずっと会っていなかった。
とたんにげっそりとした顔をするセドリック殿下。
「ああ、ずうぅぅぅ――っと、説教されていた。とくにヴィオレッタとリシャールには絶対に会ったらダメだと言われて監視もついて、参ったよ。ジスモンドは――」とセドリック殿下は噴水のほうに目を向けた。「王宮中、いたるところに出没するから、見かけていたが。というか、あのふたりは楽しそうだな。まるで恋人同士だ」
リシャール様も私もうなずく。
「無爵位で無職のジスモンドとの結婚だなんて、父上は許さないだろうが」
「叔父上になら、いつでも爵位を譲りますよ」とリシャール様が真顔で言う。
「それもどうなんだ」とセドリック殿下。「というか、父上が俺にグチったんだが、多分、リシャールに伝えろということなのだと思う。先代クラルティ公爵夫人は、父上の初恋の相手らしい。『彼女の状況を知っていたなら、そのころに王位についていたなら、離婚させて守ったのに』と、ずっと後悔していたみたいだ」
「そうでしたか」とリシャール様が静かな声で応じた。
だからといって、リシャール様に八つ当たりしていい理由にはならないけれど。
彼にきつく当たっていたのは、自分の不甲斐なさへの裏返しだったのかもしれない。
「ま、クラルティ家が嫌いなことには変わりないとも言ってたけどな」あっけらかんとセドリック殿下が言う。「でも、俺の謹慎は決まったぞ」
「まあ。謹慎ですか」
「そうだ。いくつもの騒動起こした罰だ。王位継承権ははく奪され、一年の謹慎生活を送らなければならない」
言葉の重みと裏腹に、セドリック殿下は満面の笑みだ。
「自分のしたことの責任がとれる。これで堂々と生きられるぞ」
「ご立派な心意気です。でも謹慎だなんて。どちらでですか」
変な場所でなければいいのだけれど。
セドリック殿下が笑みを深くする。
「クラルティ邸だ!」
「ええ!」
「おや、陛下がお許しになったのですか」
リシャール様はあまり驚いていない。というのも、彼の話では、自分だけ罰を免れることを嫌がっていたセドリック殿下を、クラルティ邸で『謹慎』の名目で預かるという提案を国王にしていたのだそう。
といっても国王に嫌われているから、セドリック殿下の気持ちを理解してもらうことが目的だったそうなのだけど。意外なことに、許可がおりたみたい。
「ほかに行かせて、また出奔されたらと心配しているのかもな」とセドリック殿下が笑う。「王宮を逃げ出せる俺だぞ? どこだろうと脱出できる」
「なんですか、そのおかしな自信は」とリシャール様が楽しそうに笑う。
「ああそうだ、これは言っておかないとな」とセドリック殿下が私を見る。「ヴィオレッタをヴィルジニーの代わりにしようとか、口説こうとかは一切考えていないからな」
「はい」
セドリック殿下がリシャール様を見た。
「安心してくれ」
「はあ」
「気の抜けた返事だな、リシャールは!」
となると、クラルティ邸はまだまだにぎやかね。
楽しくなりそうだわ。




