10・1 ふたたび国王の面前に
『昨日の事件について、再度聴取したい』
部屋を訪ねてきた侍従にそう言われたときに、おかしいとは思ったのだ。
聴取はキャロライン殿下立ち合いのもので、すでに終わっている。彼女は私をとても気遣ってくれていて、自分がいないところで私に話を聞いてはならないと、近衛隊にも憲兵にも言い渡していた。
ただ、私に断る選択肢はないようだった。不安は感じたけれど、仕方ない。今の私は監視下にある庶民でしかないのだもの。
万が一のときは、大暴れしてやると決めて、侍従に従った。
そうしたら。私が連れて行かれた部屋は会議室のようなところで、国王と廷臣と思われる男性貴族たち数人が、円卓を囲んでいたのだ。
断る選択肢をもらえなかったのは当然だ。
一応着席を促されたけれど、私の席は円卓ではなく、離れたところにポツンと置かれたものだった。
そしてすでに聞かれたことと同じようなことを質問された。興味がなさそうに。
たぶん、本当の目的は聴取ではないのだ。
ひととおりの質問が終わると、国王が、
「ところで」と言って、わずかに身を乗り出した。
国王はキャロライン殿下たちと同じ銀髪に、整った容貌。けれど、そこはかとなく意地の悪さが感じられる。そんな彼は、目を妖しく輝かせていた。
「クラルティがお前を引き取ると主張しているのだが、よいのかね」
「ありがたくお受けさせていただきました」
「ヤツは妻が必ず死ぬ死神公爵だぞ」
国王がイヤらしい笑みを浮かべている。あまりの感じの悪さに、これが国王の顔かと呆れてしまう。キャロライン殿下やセドリック殿下と血がつながっているとは、思えない。
「公爵閣下はそのことについて、大層お心を痛めております。お気の毒なことだと思います」
「そうかね」国王はますますイヤらしい表情になった。「だが、妻が死ぬのは自身のせいだ。なにしろアヤツは呪われている」
呪い?
国王はそんなおとぎ話の中にしか存在しないものを、信じているの?
「信じておらんな」と国王が楽しそうに言う。「アヤツは母親を死に追いやった。その代償として呪われたのだ」
なにそれ。
ばかばかしい。
「本当だぞ。呪いの言葉を聞いたものがおる。三人も妻が死ぬから、おかしいと思って調べたのだ。そうしたら、わかったのだ。フフフ」
「どなたが呪ったというのですか」国王があまりに楽しそうに笑うから腹が立ち、思わず固い声が出てしまった。
「母親だよ」と見知らぬ男が答えた。「クラルティの男は妻を持てぬよう、呪われたとか。恐ろしい話だ」
国王に視線を戻す。と、彼の顔から笑みは消えていて、代わりに不愉快そうな表情になっていた。
私も不愉快極まりないけど。
「とにかく」と国王が私を見る。顔には再び気持ちの悪い笑みが浮かんでいた。「妻ではないからと安心せぬほうがよいぞ。お前がアヤツの特別な存在であることは明らかだからな。きっと四人目になることだろうよ」
――ああ、そうか。わかった。
国王は、私がクラルティ邸に帰らないようにしたいのだ。
というよりも、きっと私自身に拒否をさせたいのだ。だからわざわざ呼び出して、こんな話を聞かせてきたに違いない。リシャールに嫌がらせをするために。
もしかしたら、私が無罪放免になったのも、このためじゃない?
リシャール曰く、私は唯一の友達だもの。彼は、恐縮してしまうほど、私を大切な宝物のように扱ってくれる。
私が彼に、『死神と呼ばれているうえに、呪われているあなたが怖いから、クラルティには帰りません』と言ったなら、きっと彼は傷つく。
「四人目にはなりたくありません」
そう言うと、国王は嬉しそうにうなずいた。
やっぱり、そうだ。この人は私を使って、リシャールを苦しめたいのよ。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
リシャールが国王になにをしたというのだ。先代夫人はお気の毒だけれど、彼に責任はない。
どれほど優しい人かも知らずに嫌がらせをし続けるなんて、いい大人のすることとは思えない。
国王の目をしっかりと見返す。
「三人の奥様方は、大変にお気の毒です。ご冥福を心よりお祈りします。ですが」
国王の眉がピクリと動いた。
「私はクラルティ邸に帰ります。公爵閣下は私を四人目にしないよう、守ってくださっていますから、なんの心配もないのです。昨日もおみ足が悪いというのに、助けにきてくださいました」
国王が見誤ることがないよう、はっきりと笑みを浮かべる。
「クラルティ公爵は、誰よりも優しく頼もしい方です」
そして少しでも優雅に見えるよう、丁寧に頭を下げた。
「私のような者にご配慮くださり、ありがとうございます。光栄に存じます」
しっかりと自分の意見を言えたわ!
けれど、どんな反応が返ってくるか、怖い。強制的にリシャールと離されてしまうかもしれない。
ドキドキしながら、顔をあげる。
国王は私を睨んでいた。
心臓が破裂しそう。
だけどもうひとつだけ、言いたいことがある。
「私には詳しい事情はわかりません。ですが呪いなんてないと思います。だって――」




