9・〔幕間〕公爵閣下は落ち込む
「リシャール! 明かりもつけないでなにをしている!」
叔父上の声に目を上げる。確かに部屋は暗かった。
「ランスが青ざめているぞ」
「……鍵はどうしたのです」
閉めておいたはずだ。
「キャロライン殿下に頼んで、合鍵を借りてきた」
「ひとりになりたいのです。もう就寝の時間でしょう」
目の前でランプの明かりが揺れたが、顔を上げる気は起きない。
今晩は許されるぎりぎりの時間まで、ヴィオレッタのそばにいた。
彼女が無事だったことを、この目で確かめていたい。
けれど私がそばにいることが、危険を呼び寄せたのかもしれない。
なにが正解か、なにが許され許されないのか、わからない。不安で押しつぶされそうだ。
「リシャール。彼女が誘拐されたのは、彼女の父親のせいだ」
「私と関わったからかもしれません」
私の妻たちはみんな事故で死んだ。ヴィオレッタは妻ではないが、そうみなされているのかもしれない。
「しっかりしろ、リシャール。お前は彼女の人生を預かると決めたのだろう」
ああ、そうだ。とてもではないが、見過ごすことはできなかった。
妻でなければ、クラルティ邸に引き取っても大丈夫だろうと考えた。だってメイドたちはみな、なにごともなく過ごしているのだ。だが。
「私の考えが甘かったのです」
「違うと言っている。もしも本当にお前の恐れるとおりなら、彼女はお前のいないところで死ぬ。今まではそうだっただろう」
そうだ。確かに妻たちは私のあずかり知らぬところで、命を終わらせていた。
「いいかリシャール。怯まずにヴィオレッタはクラルティ邸に連れて帰るんだ」
顔を上げた。暗闇で、下からの明かりに照らされた叔父上の顔は、不気味に見えた。
「あるかないかわからない陰に怯えてはダメだ。ヴィオレッタはお前が守りなさい」
「彼女のことは、キャロライン殿下に頼もうかと考えています」
嫌だが。
初めての友人とこれから過ごすだろう日々を、楽しみにしていた。そのために、近寄りたくもない王都へやってきたのだ。
でも私のせいで彼女が四人目になったならば……
「冷静になれ。いくら殿下の後ろ盾があったとしても、この王宮でヴィオレッタが幸せに暮らせると思うか。今でも散々陰口を叩かれている。これで殿下の侍女になってみろ。妬みやっかみが加わって、へたをしたら陰湿ないじめが始まるだろう」
「それは……」
彼女をそんな目にあわせるわけにはいかない。
「お前が不安になるのもわかる。だがヴィオレッタを守れるのは、お前だけなんだ。キャロライン殿下がいくら彼女を気に入っていようとも、自由に動けない。奔放に生きているようで、そうではないんだ」
叔父上がランプをテーブルに置いた。
「よく考えるんだ。王宮に彼女を置いて帰れば、お前はヴィオレッタを守れない」
彼女を守れない……。
「今日はだいぶ無理をしただろう。頼むから、足のマッサージをきちんと受けてくれ。ランスを呼ぶよ」
叔父上がそう言って離れていく。
誰もいなくなった正面にむけて、
「私の足は、案外動いてくれるのですね」と言う。
おかげでヴィオレッタを守ることができた。こんな役立たずな足を抱えた私でも。
叔父上が振り返った気配がした。
「そうだよ、リシャール」
「私の被害者を増やすのが嫌でしたが、あずかり知らぬところで妻たちが、恐ろしい思いをしているのも嫌だったことを思い出しました。ありがとうございます、叔父上」
どうするのか、腹は決まった。
ちょこっとお休みに入ります。
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