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【ネトコン12受賞!Webtoon予定】身代わり婚は死の香り? 〜妻が次々に死ぬ死神公爵に嫁がされましたが、実家よりも幸せです  作者: 新 星緒


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9・5 誘拐

 目が覚めると身体は縄でぐるぐる巻きに縛られ、倉庫のようなところに転がされていた。

 狭くて汚くて、沢山の大きな木箱が置いてあるせいで、視界が悪い。いかにもガラの悪い男たちが数人。無造作に床に放り出されている何本かの剣。

 私の近くにある木箱にはさっきの男たちふたりが腰かけて、お酒を飲んでいた。


 これは絶対に、良くない状況だ……。


「おう、目が覚めたか」と男。

「地獄の入り口にようこそ」と、もう一人が笑う。


 どういうことだろう。

 身体がガタガタと震えている。

 口に猿ぐつわをされていなかったら、きっと叫んでいる。


「おうおう、震えてんのか。可哀想になあ。恨むならお前のオヤジと妹を恨めよ」

「そうそう、あのろくでなし、俺たちより悪党だ」

「金を借りるだけ借りて、夜逃げしやがった」

「しかも担保にした宝石が全部偽物。貴族のくせに、ありえねえよ」


 なにそれ。

 お父様、ひどすぎる。隣国へ行く資金がなくて借りたということ? 偽物の宝石で騙して?

 そんなの詐欺だ。


「まっとうな商売のやつらは、裁判所に行けば保証が受けられるらしいんだが、俺たちはなあ」

 男たちが笑いあう。

「ま、あんたを手に入れたから、ラッキーだよ。待ってな、もうすぐ迎えがくるから」


 迎え?


「非合法売春宿の旦那だよ」男がにやにやと笑う。「悪いな、そこが一番高く買ってくれるんだよ」

「元貴族の美人令嬢は、掘り出し物だ。きっと大事にしてくれるさ」

「非合法っつっても、顧客にゃ貴族もいるから、うまくすれば身請けしてもらえるかもよ。せいぜい励みな」


 それって……。

 あまり考えたくない。

 本当に地獄だ。

 どうしよう。どうにか逃げ出さないと。


 リシャール様たちだって、私がこんなところに捕まっているなんて思いもしないはずだ。助けは来ない。自分でなんとかするしかない。震えている場合ではないのよ。


 だけど身動きすることもできないのに、どうやって?

 見えるところに窓がひとつあるけど、あそこまで行けるだろうか。行けたとしても、小さすぎて通り抜けられないかもしれない。

 でも出入口はきっと、男たちの向こうだ。木箱で見えないけど、多分そう。


「ていうかさあ」と別の男が声を上げた。「やっちゃっててよくねえか? ヴィルジニー・カヴェニャックってずいぶんな男好きだったんだろ? こいつもきっとそうだよ」

「だよなあ。実際がどうであれ、あの旦那は絶対、処女じゃないって主張して買い叩くぞ」

「そうかもな」男がニヤリとする。「どうせ元金の回収はできねえんだ。楽しんでもいいか」


 そう言って彼は木箱から飛び降りて、私のほうへ歩いてきた。もうひとりも。



 どうしよう!

 ぐるぐる巻きの私にできることなんて、頭突きしかない……。


 そうだ、こういうときこそ冷静になるのよ、キャロライン殿下が言っていたじゃない。

 慌てず、落ち着いて、状況を見極めて。


 焦る気持ちを必死に落ち着ける。キャロライン殿下が自分を守る術を色々と教えてくれた。なにかあるはずだ。


 ……そうだ、思い出した、男の人の急所を蹴ればいいのだわ!

 ここにいる全員の……?

 うまくできるだろうか。

 でも、やらないと。

 リシャール様と一緒にクラルティ邸に帰るのだから!


 男に足で蹴られて転がされる。


 お、落ち着いて、冷静になって……

 リシャール様に会いたければ、自分で逃げ出さないとダメなのだ。




 でも、ムリかもしれない……




 涙がにじんだそのとき、バタン!と激しい音が響いた。

 男が動きを止めて、振り返る。


「なんだてめえ!」

「ふざけんな!」

 叫び声と物騒な物音がする。ふたりの男が剣を手にして、そちらに向かって走って行く。


 木箱の陰から剣を持った男が走り出てきた。

 ランスだわ!


 その後ろからリシャール様が。男が剣を振りかざす。


『逃げて!』

 叫ぶけれど声にならない。

 だけれどリシャール様は振り降ろされた剣を、杖で受け止めた。よろけたけれど、なんとか姿勢を保っている。そして相手を跳ね返すと、その首筋に杖を叩き込む。


 でも背後から別の男が――


 と、その男がくずおれる。

 リシャール様の背後に、剣を構えた憲兵がいた。


 ああ!

 よかった!

 リシャール様!


 リシャール様が足を引きずりながらも、駆け寄ってくる。


「ヴィオレッタ!」

 杖を投げ出し、私のそばにひざまずく。ランスもやって来て、剣で縄を切ってくれた。

「すまない! 目を離したせいで!」

 リシャール様が私を抱き寄せた。ぎゅっと力がこめられる。




 ――ああ、もう大丈夫なんだ。

 リシャール様が助けてくれた。


 そう安心したら、気力が途切れてしまった。



 ◇◇ 



 リシャール様の腕の中で、赤ん坊のように泣いてしまった。

 恥ずかしくてしかたない。まずははぐれてしまったことを謝らなければいけなかったのに。だけど彼は頑固なほどに、謝らせてくれなかった。


 今回、不幸中の幸いだったのは、私が男に連れて行かれるのを見ていた人がいたこと、リシャール様が偶然その人に話しかけたことだった。それもまだ早い段階だったので、目撃者を辿ってあの倉庫まで来れたそうだ。


 イレーネが憲兵を呼びに行き、その到着を待ちながら中の様子を伺っていたら、私が大変な状況になってしまったという。それで、リシャール様がランスの制止を振り切って、飛び込んだらしい。彼が持っていたのは杖ではなくて、道中のパン屋から借りた火かき棒だった。


 リシャール様は、以前はとても剣術が得意だったそうだ。

 だけど彼が無事だったのは、たまたま幸運だっただけ。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、リシャール様は友達として当然のことをしただけだと譲らなかった。

 優しすぎないかしら。


 ただ。私を見失った彼は、すぐにキャロライン殿下に出動要請をしたみたい。おかげで近衛騎士隊まで出てきてしまって、大事になってしまった。


 ありがたいことだけど。私なんてただの、元貴族令嬢にすぎない。

 リシャール様が危険な目にあってまで助けなければならないほどの、人間ではないのよ……。


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