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【ネトコン12受賞!Webtoon予定】身代わり婚は死の香り? 〜妻が次々に死ぬ死神公爵に嫁がされましたが、実家よりも幸せです  作者: 新 星緒


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9・3 ジスモンドの秘密

 お父様とヴィルジニーの醜態は、社交界でよい物笑いの種になっている。護送車周辺は関係者以外立ち入り禁止だったはずなのに、遠巻きに見物していたひとたちが相当数いたらしい。


 ヴィルジニーの発言のせいで、私が本物のヴィルジニーなのでは、なんて噂も流れている。だけど彼女の不道徳な交友のおかげで、私は本物のヴィオレッタとの証明ができた。


 ヴィルジニーには左の手のひらに目立つほくろがあったのだ。それを彼女と親しかった青年たち――セドリック殿下も含む――が覚えていた。皮肉なものだ。



 ◇◇



 庶民に人気だというカフェにひとりで入る。以前カヴェニャック邸の親しいメイドから聞いて、一度訪れてみたいと思っていたところだ。今日はそのメイドと待ち合わせだ。

 お店まではリシャール様が馬車で送ってくれたけど、彼は私の邪魔をしたくないからとほかのお店に行ってしまった。

 席はほとんどうまり、にぎわっている。給仕の案内で狭い通路を進んでいると、


「こんなところで出さないでくれ。知り合いにみつかったら困るだろう」

 という声が聞こえた。ジスモンド様の声にそっくりで、思わず足を止め、辺りを見渡した。


 すぐに、こちらに背を向けている、金髪の青年の姿を見つけた。顔は見えないけれど、間違いなくジスモンド様だった。彼の向かいには、同じ年頃の青年がひとりすわっている。


「失礼しました」と言って彼はなにかを手元に寄せた。「でも先生、すごい売れ行きですよ。前のものを越える大ヒットになること間違いなしです」


 先生ってなにかしら?


「ジスモンド様?」

 近寄って声をかけると、彼が振り向く。珍しいことに、目を見張り、驚いた顔をしている。

「ヴィオレッタ! ここでなにをしているんだい?」

「待ち合わせです」


 なんとはなしにテーブルに目を向ける。向かいの青年の手元に本が一冊。少し前に発売されたばかりの恋愛小説。あれは、そうだ。クラルティ邸についた日に、執事長が選んでくれた本の中の一冊だ。


「……ジスモンド様。先生ってなんですか?」

「ほら、だから考え無しに出すなと言ったのに」ジスモンド様がそう非難し、ため息をついた。

「絶対に秘密にしてくれないと困るよ、ヴィオレッタ。僕には裏の顔があるんだ」

「我が国イチのね」と青年が誇らしげな顔をする。


 えええ?

 どういうこと?

 我が国イチ?

 ちらりと本を見る。

 ジスモンド様は無職で、生活費はすべてリシャールに頼っているのではなかったの?



 ◇◇



 夕方、約束どおりにジスモンド様が私の部屋にやってきた。イレーネにはあらかじめ部屋を出ていてほしいと頼んであるから、ふたりきり。

 ジスモンド様が説明はしてもいいが、他の人には絶対に聞かれたくないと譲らなかったから。彼がそんなに頑固に言い張るのは初めてだった。


「ごめんよ、ヴィオレッタ。ふたりきりだなんて無理を言って。リシャールには話していないかい?」

「もちろんです」

「ありがとう」


 ほっとした顔をするジスモンド様。

 円卓をはさんで向かい合わせに、すわる。

 彼は椅子の背にもたれ、足を組んだ。


「さて。書物好きの君は気が付いただろうね。あのとき出ていたものに」

「はい。人気恋愛小説家の最新作でした」

「つまり、そういうことだ」

「ジスモンド様があの作家様なのですね」


 彼は無言でうなずいた。


「どうしてお隠しになっているのですか」

「僕の正体を知っているのは出版社の人間ふたりと、執事長のアルフレードだけ。そこに新たに君が加わったわけだ。この重み、わかるね」

「はい」


 あの作家は十年ほど前から作品を発表している。カフェから帰る前に書店に寄って確認したから間違いない。つまり、そんなにも長い期間、ジスモンド様は秘密を保っているということなのだ。


 ふっと、ジスモンド様の顔から笑みが消えた。いつも優し気に微笑んでいるひとなのに。


「僕は、生活力のない遊び人だと思われていたいんだ」

「どうしてですか」

 彼は遠い目をした。

「それは話したくない。でも、リシャールのマイナスになるような理由じゃないから、安心してほしい」


 そう拒絶されて、気が付いた。私はリシャール様ともジスモンド様とも赤の他人なのだ、と。立ち入った話を聞くような立場ではないのだわ。


「あれの収入で、生活費を賄っている」

「クラルティ邸の財産を、湯水のように使っているのではなかったのですか」

「使っているよ」とジスモンド様。「半分はリシャールの名義で貯金し、残り半分は彼の名前で寄付をしてね」

「どうして」

「話したくないと言ったはずだが」

 ジスモンド様が微笑む。でもそれは拒絶の笑みだった。


「そのあたりの工作を、アルフレードに頼んでいる。彼は僕が子供のころから、クラルティ邸の執事だからね。誰よりも信用できる人間だよ」

「そういえば屋敷の蔵書にジスモンド様の作品があったのは――」

「そうなのかい?」ジスモンド様が驚いたように目を見張る。「僕は知らないな。アルフレードが購入しているのかもしれないな」


 ええと。整理をすると。

 ジスモンド様は十年も活躍している人気作家で、恐らくは莫大な収入がある。

 でもそれは秘密で、世間にもリシャール様にも、生活力のない遊び人だと思われていたい。

 あ。


「では遊び人だとか、恋人が各地にいるというのは事実ではないのですね」

「いや、事実だよ。恋をしないで恋愛小説なんて書けるはずがないだろう?」

「そうなのですか……」

 そのあたりはよくわからないわ。


「ほかに質問は?」とジスモンド様。

「ありません」

 教えないと言われていること以外にはね。


 彼の微笑みがいつものものに戻った。

「リシャールに隠し事はしているけれど、彼のことは大切にしている。幸せになってもらいとも願っている」


 なぜかこのタイミングで、ランスを思い出した。彼はジスモンド様を疑っている。お金のためにリシャール様の三人の奥様に害をなした、と。

 でもその大前提がなかったことになる。


「だから、僕のことは胸に秘めておいてほしい」

 少しだけ迷った。それから、

「本当にリシャール様に悪影響がないのなら」

 と答えた。


「うん、いい答えだ」とジスモンド様が満足そうに言った。「リシャールは君に出会って、いいほうに進み始めてくれた」

「そうでしょうか」

「そうだよ。君は知り合って間もないからわからないだろうが、僕は驚きの連続だよ。だからごまかさず、作家だと教えた。ヴィオレッタ。僕の気持ちを裏切らないでくれるね」

「はい」


 ジスモンド様がにっこりとする。

 言い方は優しい。けれど決して否とは答えられない圧を感じた。

 だけど、それだから『はい』と答えたわけではない。


「君ならば、もしかしたら彼の足を治せるかもしれない」

 唐突に告げられた言葉の意味がわからず、しばらく考えた。

 私が足を治す……?


「リハビリとか、そういうことでしょうか」

「いいや。それは毎日やっているはずだ。ランスやアルフレードが目を光らせているからね」

 それなら、どういうことだろう。リハビリのお手伝い以外で私にできることって、あるの?


「あの怪我はたいしたものではなかったんだよ。当時診察した医師も、そのほかの医師もみな、同じ診断をくだしている。リシャールの足がうまく動かないのは、精神的なものだ」

 息を呑んだ。

 怪我のせいではないということなの?


「聞いているだろう? あの怪我は馬車の事故でのもので、彼だけが生き残った。その罪悪感で自らを罰しているんだ」

「そんな!」

「もともと自罰思考の強い子でね。――僕のせいでもあるんだけど」

「え……?」


 ジスモンド様は、またもにっこりとした。わざとらしい、空虚な表情だった。


「怪我の後遺症ではないことは、本人には話していない。知ったら、彼の性格では『こんな罰では足りない』と考えるからね。アルフレードとランスも同意見だよ」

 黙ってうなずきだけを返す。

 情報が多くて、気持ちも頭も整理がつかない。


「だけどリシャールは、君を助けるために走った」

「……セドリック殿下のときですか」

「そうだよ。君には『たまに走る』なんて言っていたけどね。事故以来、初めてだった。ヴィオレッタ、君はね、リシャールが僕たち以外で唯一、大切に思っている人間なんだ」

「読書友達と言っていただいてます」


 唯一なんてことはないんじゃないかしら。友達はいないと言っていたけれど、奥様たちがいたわけだし。

 でも私のために初めて走ってくれた。

 というか、あの足の原因が精神的なものだったなんて。

 あまりのことに胸が痛い。

 リシャール様は、どんなに自分を責めてきたのだろう。


「そういうわけで、ヴィオレッタ」

 ジスモンド様の声に我に返った。まだ話の途中だった。

「君がいてくれると、リシャールに良い影響が出る。だから遠慮なんてせずに頼ってやってほしいし、仲良くしてやってほしいし、永遠にクラルティ邸にいてほしいし。でも僕の秘密は話してはだめだよ」


 ええと。ひとつおかしかったわよね。


「永遠はさすがにご迷惑でしょうけど、それ以外は私もお願いしたいです」

「ちっ」

 思わずまばたく。今、舌打ちされたような。気のせいかしら。


「約束だよ」

 何事もなかったように、いつもの微笑みを浮かべているジスモンド様。

 やっぱり勘違いね。

「わかりました。約束します」


 私がリシャール様の役に立てているかもしれないなんて。なんだか嬉しい。



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― 新着の感想 ―
[一言] はい白、はいっ、白ー!!!! 永遠にいてくれなんてヤンデレか公爵様の無自覚初恋を応援するかの2択じゃないですか!!! でもはっきり言って、恋愛小説書けるような人にヤンデレはいないよ
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