9・2 王太子に遭遇
私の処遇が決まっても、やらなければならないことがいくつかある。その間は予定では、クラルティ家の別邸に滞在するはずだった。けれど私を近衛騎士隊の監視下に置くということで、王宮に寝泊りすることになってしまった。それも牢屋とかではなく普通の客間に。
最低ランクの部屋らしいのだけど、それでもカヴェニャック邸の私の部屋より豪華だ。賓客扱いされているように思えてしまう。
幸いリシャール様とジスモンド様も一緒だからよかったけれど、そうでなければ怖くて落ち着けないところだった。
ちなみに。リシャール様たちは滞在許可はおりていなかったのだけど、彼が猛抗議して認めてもらったのだ。ジスモンド様が、『あんなに必死なリシャールは初めて見た』と感心していた。
といっても、ジスモンド様はすぐにどこかへ行ってしまう。あまりみかけることがない。キャロライン殿下は仕事があるようだし、セドリック殿下はお灸をすえられているようだしで、残ったのは王宮初心者かつ人付き合いの苦手な、リシャール様と私だけ。
ふたりでひっそり過ごしつつ、元使用人たちと会ったり、財産の差し押さえをする部署と連携をとったりした。そんな中で一番の問題は、私の婚約者の金貸しだった。
彼はまだ私と結婚する気満々だった。婚約関係が有効な以上、拒むことはできないと私は覚悟した。けれどリシャール様が、金貸しが父に渡した支度金の倍の違約金を支払い、婚約を解消してくれたのだった。
そこまでしてもらう訳にはいかないと遠慮する私に彼は、『君に幸せになってほしいという私のワガママなんだ』と言った。どこまで優しいのだろう。
◇◇
「ヴィオレッタ・カヴェニャック?」
王宮内を移動するときは、基本的にリシャール様と一緒だというのに、そう声をかけられたとき、運の悪いことに彼はいなかった。
声の主は髪が銀色で、二十歳くらいの男性だった。そばにいた侍女が、
「王太子であらせられるブランドン王子殿下でございます」と告げる。
つまり、セドリック殿下のお兄様だ。彼よりもずっと王子としての貫禄――というより威圧感がある。同じ王族でもセドリック殿下やキャロライン殿下とは、だいぶ違うみたい。王太子だからだろうか。
かしこまり、丁寧に挨拶をしている最中に、王太子は私のあごをつかんで上を向かせた。
「ふむ。確かにヴィルジニーに瓜二つだが、雰囲気はまるで違うな。なんだこの化粧っ気のなさは」
「申し訳ご――」
「あのギトギト顔よりずっといい。根暗で弱そうだ」
王太子は綺麗な顔に、妖しい笑みを浮かべている。これは褒められているの……かしら? 王族たちはそろいもそろって、みんな言葉選びがちょっと普通ではないみたい。
「よし、お前は私の侍女になるがいい」
ええっ? また侍女!?
キャロライン殿下といい、新しい侍女をほしがるのが王族のブームなのだろうか。
「申し訳ございませんが――」
くい、っとまた顎を掴まれて、上を向かせられた。
「まさか私の提案を断らないよな。王太子だぞ」
笑顔の王太子。だけど目が笑っていない。
背中がぞくりとする。
「ブランドン! なにをしている!」
聞き覚えのある麗しい声がした。王太子がチッと舌打ちをする。
「彼女に触れるな。ヴィルジニーと違って、ウブなんだ」
やってきたキャロライン殿下が私の腰に手をまわして、抱き寄せた。
「そこが良いのだろうが」と王太子が答える。
「だめだ。――ヴィオレッタ、行くぞ」
キャロライン殿下が私を引っ張り、王太子から離れる。慌てて『失礼します』との挨拶だけする。
「あいつは好みの顔を、自分のまわりに置きたがるタチでな」とキャロライン殿下。「妃もいるし手を出すことはないんだが、クラルティ邸に帰るつもりなら関わるな」
「わかりました。ありがとうございます」
「我が弟ながら、考えていることがよくわからん。優秀ではあるんだがな」
確かにセドリック殿下よりもずっと、知性を感じたわ。でも、あの笑っていない目。私は苦手だ。
◇◇
私が王太子に絡まれたと聞いたリシャール様は青ざめ、ひとりにしてすまなかったと謝ってきた。
そんなことはない。いつも彼がそばにいて、意地悪い言葉を投げかけてくる輩から守ってくれているのだもの。
そして今回も。
お父様とヴィルジニーは、国境まで護送車で送られる。その出発時、護送車に乗る直前に面会することが許された。
会うかどうかは、とても悩んだ。これまでのことを考えたらお父様たちは私に会いたいとは思っていないかもしれない。でも、これが今生の別れになるかもしれない。会わなければ、きっと後悔する――。
そう思って見送りに出たのだけど、失敗だった。お父様もヴィルジニーも私の顔を見るなり、怒り狂ったのだ。憲兵たちが取り押さえなければならないほどに。
お父様は、私だけが罰を逃れたことへの恨みを叫んだ。
ヴィルジニーは――
すさまじい形相で私を睨み、指さし、
「あいつがヴィルジニーよ、全部あいつにはめられたのよ!」
とまくしたてた。
「証拠はあるのか」
憲兵が彼女にそう尋ねると、
「拷問して吐かせればいいじゃない!」と返事する。
「どうして私がこんな目にあって、あいつがのうのうとしているのよ! お母様だけ死なせたずるい子なのに!」ヴィルジニーが叫ぶ。「あのときあんたが死ねばよかったのよ! お母様さえ生きていれば、私はもっと幸せだったわ!」
お父様が『そうだ、そうだ』と賛同する。
やっぱり最後まで、ふたりは私を嫌っている。
冷たい態度をとられるかもしれないとは、思っていたけれど。でも予想よりずっと酷い。
泣きそうになっている私の手を、リシャール様が優しく握りしめてくれた。
そして、
「これからは私や叔父上を家族だと思うといい。母親にはなれないが。年の離れた兄くらいならば、なれるだろう」
と言ってくれたのだった。
唐突ですが…
◇登場人物紹介◇
《カヴェニャック伯爵家》
ヴィオレッタ・カヴェニャック(18)・・・ピンクブロンド、はちみつ色の瞳
ヴィルジニー・カヴェニャック(18)・・・ヴィオレッタの双子の妹
テレンス・カヴェニャック(37)・・・ヴィオレッタの父
《クラルティ公爵家》
リシャール・クラルティ(28)・・・黒髪、紫色の瞳
ジスモンド・ルセル(35)・・・リシャールの叔父、遊び人、金髪碧眼
アルフレード(70)・・・執事長
イレーネ(24)・・・メイド
ランス(28)・・・リシャールの乳兄弟、従者
《王家》
セドリック(17)・・・第二王子、銀髪、緑色の瞳
キャロライン(25)・・・第一王女、銀髪、緑色の瞳
ブランドン(22)・・・王太子、銀髪、緑色の瞳
国王(45)
《その他》
マグダレーナ・ウンケル(20)・・・公爵令嬢、セドリックの婚約者
トレーガー侯爵・・・リシャールの父親の友人、元義父
《故人》
ハンナローナ・トレーガー・・・リシャールの一番目の妻、侯爵家出身
ヘルミナ・・・リシャール二番目の妻、侯爵家出身
ホーリー・・・リシャールの三番目の妻、子爵家出身、元宮廷の侍女




