8・〔幕間〕公爵閣下は再会する
時間が少し遡り、8・3の前のお話になります。
議会場を出ると、まだ野次馬たちがいた。
苛立ちがさらに募る。
『なにひとつ真実を知らないのに、騒ぎ立てる愚か者たちめ』、と心の中で毒づき――すぐに気づく。ヴィオレッタに初めて会ったときの自分もそうだった。
それに対して、彼女は妹の代わりに『死神』と呼ばれる男の元に嫁がされたというのに、不満も言わずに淑女らしくふるまっていた。
なんて立派なんだ。
先ほどだってそうだ。初めての王宮、初めての国王。あれだけの貴族に囲まれたのも、恐らく初めてだろう。なのに誰よりも冷静に、自分の考えを伝えていた。
震える声で。手をかたく握りしめながら。
あの健気さを見て、心を動かされない人間なんているはずがない。
「……クラルティ公爵!」
肩に手をかけられ、はっとする。
振り返ると、見知った男性がいた。
「すまないね」と肩に置かれた手が離れる。「何度も呼んだのだが」
「こちらこそ、申し訳ありません。考えごとをしていました。ご無沙汰しております」
「ああ。元気そうでなによりだ」
そう言って、トレーガー侯爵がうなずいた。
私の最初の妻、ハンナローナの父親だ。最後に会ったのは彼が二番目の妻を紹介してきたときだったから、もう七年ほど前になるか。
議会場で着席していたはずだが――
「出てきてしまって大丈夫なのですか」
「本議会ではないからな。あの場は恐らく」侯爵は首をすくめた。「君への嫌がらせだ」
そうだったのか。私のせいで、ヴィオレッタの状況を余計に悪くさせていたのか。
「あとはヴィオレッタ・カヴェニャックに対してのな」
は?
「信じられない。彼女は素晴らしい令嬢ですよ」
「そうは言っても。君は知らないだろうが、カヴェニャック伯爵もヴィルジニーも非常識極まりない人間でな。皆――正直なところ私も、ヴィオレッタ・カヴェニャックもろくでもない娘だろうと考えていた」
「彼女は違います」
「そのようだ」
トレーガー侯爵に促され、歩き出す。野次馬の少ないほうへと。
「……侯爵。ハンナローナ嬢のことは、大変申し訳ないことをしました。ですが私は殺してなどいません」
「わかっている。あれは事故だった」
暗く沈んだ声だ。それはそうだ。彼女はとても美しく、侯爵夫妻の自慢の娘だった。私との婚約は、父に頼まれ断りきれなかったからだと聞いている。意に染まぬ男の元に嫁がせなければならなかっただけでも辛かっただろうに、早世させられたのだ。七年程度では悲しみは癒えないのだろう。
「侯爵。図々しいことを承知で、お願いします。ヴィオレッタ・カヴェニャックにはなんの罪状も適用されないよう、ご協力していただけませんか」
「私はそのつもりだ」
意外なことに、返事はすぐに返ってきた。
トレーガー侯爵が足を止めて私を見る。
「君が激昂するのを初めて見たよ。大声など出すことはないのだと思っていた」
「理不尽なことがあれば怒ります」
「君は小さいころから達観している節があると思うがね。――ま、私の周りもみな同じ意見だ。あの令嬢に反逆罪やら死罪やらは大袈裟すぎる。さすがの陛下もそう感じているようだし、なんとかなるだろう」
「そうですか」
よかった。確定ではないが、状況は最悪ではなさそうだ。
「キャロライン殿下も上手くてな」と侯爵。「先ほど、『カヴェニャック程度の小者に反逆罪だなんて過分な不名誉を与えて、歴史に名前を残させるのですか』と言ったのだよ」
「それはジスモンドの入れ知恵だ」
そう言いながら、当のキャロライン殿下がやって来た。
「侯爵。あれは父上に効いたか」
「ええ、非常に」
「そうか。さすがジスモンドだな。父上の性格をよく分析している。ああ、トレーガー侯爵、このことは内緒にしてくれよ」
「承知いたしました」
侯爵が、『そろそろ戻らないと』と言って去って行く。その背中を見ながらキャロライン殿下が、
「義父との関係は良好なのか」
と尋ねてきた。
「『良好』と言えるのでしょうね。私に恨みつらみの一言も言ってきませんから」
「ふうん」
「ヴィオレッタのことも、わかってくれているようです」
「公爵にとっては、そこだな」
当然だ。彼女のためにはるばる都までやって来たのだから。




