7・3 リシャールの秘密
お茶を飲んで一息つく。
「でも全然、本のお話ができませんね」
いつもみんなで一緒にいるから、他の話題になることが多いのだ。
「クラルティ邸に帰ったときの楽しみにとっておく」とリシャール様。「だがキャロライン殿下が……」
「ですね」
侍女になるお話はお断りしたのだけど、『いや、気が変わるはずだ』と言って勧誘してくる。
「私を元気づけるために、冗談でおっしゃっているのでしょう」
そもそも彼女に侍女が必要なのかも、わからないもの。近衛騎士として王子を追跡してきたからなのか、彼女は身の回りの世話をするひとを連れてきていなかった。しかも制服への着替えも、髪結いもひとりでするという。
たけどリシャール様は、
「いや――」
と言いかけて目をそらした。どことなく表情が暗い。だけどすぐに柔らかな笑みを私に向けた。
「殿下は本気だろう。私に任せられないと考えているんだ。私は貴族社会に居場所がない。母が私のせいで自死した。陛下が私を嫌っているのはそのためだ」
そう言った彼は自分のことを話し始めた。
◇◇
リシャール様が、『母』と呼んでいる先代クラルティ公爵夫人は、彼とは血が繋がっていないという。
実母は屋敷に仕えていたメイドで、お父様とは相思相愛、長く交際していたそうだ。けれどお父様はクラルティ公爵家の跡取りだったから、王族の血を引く令嬢――今の国王の従姉と政略結婚をした。
この方が、なかなかにプライドの高いかただったらしい。メイド風情にうつつをぬかす男など気色が悪いといって、夫婦の営みを拒絶した。当然、子供は生まれない。
一方でメイドが男児を産んだ。母親と同じ黒髪、紫色の瞳で、クラルティの血筋とされている金髪碧眼にはほど遠い。けれど正妻のもとに子供が生まれない以上次善の策、ということで夫婦の子供とした。それが、リシャール様。
実のお母様はリシャール様が一歳になる前に、病没してしまったそうだ。それでもお父様と正妻様の仲は改善することなく、お父様はひたすら息子だけに愛をそそいだらしい。
なにも知らずに育ったリシャール様は、なぜ両親の仲が悪いのか、母が自分を厭うのかわからなかったという。
そうして十歳のときに事件が起きた。
正妻様はリシャール様に『私はお前なんかの母親じゃない!』と叫んだ後に、夫の前で自らの首を切って自死した。
子供だった彼は知らなかったけれど、正妻様は数年前から精神が不安定になっていたという。彼女は本当は、空虚な夫婦生活が耐えがたかったらしい。
◇◇
「母の死の騒動も、私の実の母がメイドであることも、高位貴族はみな知っている」とリシャール様が表情のない顔で言う。
「特に陛下は、母とはだいぶ年が離れているのだが、かなり慕っていたらしくてね。父と私を絶対に許さないと言っている。爵位を継ぐことは認めてくれたが、表面上は瑕疵がないから、そうするしかなかったようだ」
「あの、リシャール様。手をお貸しください」
彼がまばたく。それからゆっくりと手を差し出した。
私より大きいそれを、両手で包み込む。
「なんの力もない、ただの小娘ですけど。読書友ですから」
「……君は、私が引き取るよりキャロライン殿下の侍女になったほうが、いいのかもしれない。だがヴィルジニーと伯爵がこれほどの騒ぎを起こした以上、王宮で過ごすのは、大変だと思うんだ」
「私はクラルティ邸がいいです」
「そうか」
リシャール様の顔に表情が戻った。ほっとする。
「そのようなわけで、私は陛下に嫌がらせをされる。気持ちはわからないでもないから、黙って受け入れてきた」
「お優しすぎます」
「優しいわけではないかな。争うのは面倒だ」
だけどリシャール様は今、私のために争うことを覚悟で都に向かってくれている。やっぱり優しい人だ。




