7・2 逮捕
クラルティ邸を出発してから数日。旅は順調だし、楽しい。馬車ではほとんどいつも、五人で一緒のものに乗る。時どき、キャロライン殿下が『馬がいい』と言って、いなくなるくらい。
もしかしたらみんな、私を気遣って、にぎやかな雰囲気を作ってくれているのかもしれない。私は処罰を受けることになるし、なにより家族を告発しなければならないから、気を抜くと気分は沈んでしまう。
みんなに心配をかけたくなくて笑顔でいるけれど、たぶん見透かされているのだ……。
だけど思わぬことが起きた。
宿に投宿して間もなくのこと。キャロライン殿下の部屋に集まるよう声がかけられた。
そこで彼女から告げられたのは――
「カヴェニャック伯爵とヴィルジニーが逮捕されたそうだ」
今しがた、国王からキャロライン殿下への伝令が到着したという。
お父様たちが捕まった。いずれそうなるだろうとは思っていたけれど……
「ヴィオレッタ。大丈夫か」
リシャール様が優しく尋ね、人数分の椅子がなかったから立ったまま話を聞いていた私に、すわるよう促してくれた。
「どのような経緯でそうなったのですか」とジスモンド様が訊く。
「伯爵が金貸しに詐欺で訴えられたようだ。その過程で、ヴィルジニーとヴィオレッタの入れ替わりも判明したらしい」
キャロライン殿下のもとに入った情報によると、金貸しはヴィルジニーの一件があっても私との結婚を予定通りに行うつもりだったらしい。だけどお父様もヴィオレッタも理由をつけて、会おうとしない。
そこでカヴェニャック邸に突撃してなんとかお父様に会ってみたら、婚約は破棄するし、支度金は返さないと言われ、あまつさえ暴力もふるわれたという。そこで憲兵に、お父様を詐欺で訴えた。
そして、『ちらりと遠目に見たヴィオレッタが、ヴィルジニーに見えた』、との証言も添えたという。
「あの人、私とヴィルジニーの見分けがついたの?」
思わずつぶやくと、キャロライン殿下が、傍らの円卓にあった便箋に目を落とした。
「金貸しは『真面目なヴィオレッタがこんな一方的な婚約破棄をするはずがない。必ずなにかしらの連絡をくれるはずだ。だからおかしい』とも主張していたようだ」
「そうだわ、屋敷を出る前に手紙を出したんです。『大変な状況になったから、なるべく早く父と話してください』って」
「カヴェニャック伯爵に握りつぶされたのだろうな」とリシャール様。
「伯爵は金貸しに会ったその日に、娘を連れて夜逃げしたそうだ」とキャロライン殿下が話を戻した。「それで逮捕をしてみたら、金貸しの言うとおりにヴィルジニーがいたというわけだ。現在ふたりとも、重罪人用の牢にいれられている」
彼女はそう言ってセドリック殿下を見た。
「彼女を助けようとするなよ。あれにはお前がそこまでする価値はない」
それからキャロライン殿下は私たちを見渡した。
「連絡は以上だ。みな、部屋に戻っていい」
◇◇
円卓にお茶を出すと、イレーネは無言で一礼をして部屋を出て行った。私の客室でリシャール様とふたりきりになる。
「大丈夫か」
リシャール様が心配そうな顔をして訊く。
「わかりません」
きれいごとは言わず、素直に答えた。
いずれそうなるとは考えていたけれど、実際にお父様とヴィルジニーが逮捕されたと聞くと、なんとも言い難い気持ちになった。
罪人として投獄されているという事実も、追い打ちをかけている。
悲しい、可哀想。――死罪になってほしくない。
だけど一方で、私が告発しなくて済んだことに、安堵している。
リシャール様にそう説明すると、
「ヴィオレッタは混乱しているんだ」と言って、「よければ手を貸してくれないか」と続けた。
「手、ですか」
膝の上で重ねていたそれをテーブルの上に出すと、
「失礼するよ」
との一言のあと、リシャール様に握られた。
「想定していたこととはいえ、予想外のタイミングだったからな。気持ちが追いつかないのは当然なんだ。だが今の君には私も、叔父上もいる。キャロライン殿下も、セドリック殿下も」
「……ありがとうございます」私の手を握る、リシャール様の手を見る。「母以来です」
「なにがだい?」
視線を彼に向ける。
「手を握ってもらうことです。最後にそうしてくれたのは、母でした。死去する直前に」
「母君はいつごろお亡くなりになったんだったかな?」
「八年前です。私は十歳でした」
遠い昔のことを思い出して、目をつむる。
記憶の中にあるお母様の顔は、いつも同じ。最後に言葉をかわしたときの、優しい笑顔。
ふたたびリシャール様を見る。
「真冬のことでした。家族で出かけたのをきっかけに、母と私が風邪をひいたんです。私はすぐに治ったのですけど、母は悪化し、亡くなりました」
「――そうか」
リシャール様の顔が、辛そうに歪んでいる。
「母は苦しかったでしょうに、私の手を握り、何度も『ヴィオレッタが治って良かったわ』と笑顔で言ってくれました」
「母君は君を愛していたんだね」
「はい。けれど私は、お父様とヴィルジニーにとって、自分だけ助かったずるい人間なんです」
ずいぶんと責められた。もともとお父様は私よりヴィルジニーを大切にしていたけれど、それに拍車がかかった。
「でもあのとき、母が私の手を握ってくれたから。これまでやってこれました」
「これからは私が握ろう!」リシャール様が前のめりになる。「君の結婚が決まるまでは。辛いことも、苦しいことも、悲しいことも。私が受け止める。安心するといい。なんというか――」彼は小首をかしげた。「君と私は読書友だからだ」
「読書友。素敵な響きです」
リシャール様が微笑む。
彼がいれば大丈夫。そんな気がする。




