1・2 死神公爵にご挨拶
馬車から降りると宮殿かと見紛う壮麗なお屋敷の前に、ずらりと使用人たちが勢ぞろいをしていた。だけれどこちらの主人であるクラルティ公爵らしき姿はない。
当然よね。刑罰代わりに嫁がされる令嬢を、歓迎するはずがないもの。しかも令嬢には親も代わりになる親族のつきそいもないのだから。公爵はバカにしていると考えているはず。むしろ、よく使用人たちを迎えに出してくれたわ。
「ようこそお越しくださいました。」
と、ひとりだけ一歩前に出ている執事長と思われる老齢の男性が、厳しい表情を崩すことなく冷ややかな声でそう言った。歓迎していない空気を感じる。
彼だけじゃない。ずらりと並ぶ使用人たちからも、刺すような視線と静かな怒りが私に向けられている。
私はここでも邪魔者だわ。
そして近々、死を迎えるのよ、きっと。
◇◇
執事長に通された応接間に、クラルティ公爵がいた。従者をひとり背後に従えて、長椅子にもたれかかっている姿は、どこかはかなさを感じる。顔は青白く、表情は暗い。けれど顔立ちはかなり整っていて、ヴィルジニーが見たら大喜びすること間違いなしだ。瞳は珍しい紫色で、緩く波打つ黒髪を、たぶん、後ろでひとつに結んでいる。
だけど一番目をひくのは彼の傍らに置いてある杖だった。どうやら足が悪いようだ。
このひとが、『死神公爵』。あだ名にたがわない外見といえる。
でもそう呼ばれるようになったのは、容姿のせいではないのよね。彼の妻は、結婚後三ヵ月以内に死ぬ。だから『死神』。いままでに三人の妻が亡くなった。
偶然なのか、そうではないのか。私にはわからない。
だけど、妻が死ぬことは確実だと、世間も国王も考えているのは確かだ。
じろり、と公爵が私を見る。私は軽く膝を曲げた。
「お初にお目にかかります。ヴィルジニー・カヴェニャックです。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません。それから父が参列できないことも、お詫びしようがございません」
すい、と公爵が片手をあげる。黙れというサインだろうか。口を閉じて彼を見る。
「自覚しているようでなにより」と公爵。少し声がかすれている。「私が陛下から望まれているのは、無事にお前を『四人目』にすることだ。その日まで恐怖を与え続け、震え上がらせ、後悔で苦しむようにしなければならない。もちろんこの屋敷から逃げ出すことは許されない」
「はい」
公爵は興味なさそうにうなずいた。
「この結婚はそのようなものだからな。その日まで、なにもしなくていい。私の妻になったと考えるな」
「はい」
「わかっていると思うが、私がお前を愛することはない。私に夫としての役割を求めるな」
「はい」
「話は終わりだ。アルフレード、彼女を部屋に案内しろ」
『かしこまりました』と先ほどの厳しい顔をした老齢の男性が、進み出る。
「執事長のアルフレードだ」と公爵。「私に用があるときは彼へ。ああ、そうだ。食事は別だ。決して私の邪魔をするな」
「わかりました。ですが、ひとつだけよろしいでしょうか」
公爵の柳眉がぎゅいんと跳ねあがった。
「なんだ」不快そうな声。
「本をお借りすることはできますか」
実家からは一冊も持ってくることができなかった。私が自分の財産――独身のまま亡くなった、母方の叔父の遺産――で購入したものですら、許されなかった。それらを父は売って、私の旅費に充てた。どうせもう必要ないだろうから、と言って。
「……構わないが」
良かった!
「ありがとうございます」膝を曲げる。「それでは閣下、失礼いたします」
これが私の夫になるひと。明らかに私が邪魔で、存在してもらいたくないと考えている。
四十歳年上の金貸しと、どちらのほうがマシなのかしら。
――本を読ませてもらえるなら、断然『死神』ね。