6・2 ティータイム
カップを口につけ、お茶を飲むふりをしながら話に花を咲かせているジスモンド様とキャロライン殿下をそっと伺う。
リシャール様が仕事に戻っていくらも経たないうちに、キャロライン殿下にお茶に誘われてしまった。朝と同じ応接室に、屋敷の主を抜かした四人で集まっている。
といっても、話しているのは主にジスモンド様とセドリック殿下とキャロライン殿下。つまり私はいるだけ。
だって話題が全然わからないのだもの。それに元々人付き合いは苦手だし。でも王族に誘われたら、拒めない。
それにしても。クラルティ邸では、私はうまく交流ができている。人付き合いも会話も苦手だったのに。ヴィルジニーとして振る舞っていたからだろうか。
だとしても、あの子のフリをしなくてよくなった今でも、しっかりと喋ることができている。きっと、ここの人たちがみんな、良い方だからだ。
キャロライン殿下だって、そうだ。
彼女は昼食後に近衛騎士たちを連れて、友人だったというリシャールの三番目の奥様の墓参に行ったらしい。そのついでに街で買ったというお菓子が、卓上に並んでいる。
きっと本質は優しいひとなのだ。国王陛下の命にそむいた私もお茶席に呼び、お菓子を振る舞ってくれるのだから。
と、殿下がこちらを向き、目が合う。
「ヴィオレッタ嬢はおとなしいな。気後れしているのか」
「都の話題だから、わからないのだよね」とジスモンド様。
「ヴィルジニーならば、それでも割り込んでくるではないか」とキャロライン殿下は言って、頭を横に振った。「顔は同じなのに、中身はまるで違うな」
ジスモンド様とセドリック殿下がうなずく。私もそう思ってきたけど、傍から見ても顕著なのね。
「そうだな、ヴィオレッタ。なにか訊きたいことなどはあるか」
キャロライン殿下が、そう水を向けてくれた。だけど質問なんて特にない――
ああ、そうだ。
「どうして近衛騎士をされているのですか」
ヴィルジニーの話では、近衛騎士の女性は数人程度しかいなく、また、彼女たちはそのような家柄出身とのことだった。だから『王女が勤めるのは普通ではない』と見下していた。事実かどうかは私にはわからないから、聞き流していたけれど。
「今の話題についてだったのだが」とキャロライン殿下。
「まあ。失礼しました」
「構わぬ。私が近衛騎士をしているのは、この仕事が好きだからだ。子供のころから剣術を習っていてな」
「父上には内緒でね」とセドリック殿下。「あまりに王女らしくないから、王族イチの問題児と言われていたらしい」
「違うぞ、セドリック。『言われている』だ」
「そうだった」
「僕はクラルティ家イチの恥晒しと言われている」とジスモンド様が混ぜっ返す。「リシャール以外の一族にね」
「あなたは世間一般での評も、そうではないか」とキャロライン殿下が楽しそうな表情をした。「本来はなににおいても優秀なのに」
「買いかぶりですよ」
そうなの?と思いながらふたりを見遣る。どうやらふたりは親しいみたい。なにを話題にしていても会話ははずんでいる。
キャロライン殿下がまた、私を見た。
「つまらぬ理由だったかな?」
つまらない? 思わず首をかしげた。
「どうしてですか? 好きな仕事につけるだなんて最高にステキだと思いますけど」
「……そうか、ステキか」
「とてもお似合いで、かっこいいです」
「ヴィオレッタも試しに剣術をやってみるか。教えてやるぞ」
「いいんですか!」
「え? やるのかい?」
ジスモンド様が目をまん丸にしている。
「もちろんです。こんな貴重な機会は二度とないでしょうから」私はこれから陛下を騙した報いを受けるのだもの。「ヒギンズの『騎士による騎士のための剣術入門』は読んだのですけど、やっぱり字を追うだけではよくわからなかったので、ぜひやってみたいです」
「あの古典を読んだのか?」とキャロライン殿下。「騎士になりたいのか?」
「いいえ。本を読むことが好きなのです」
「だからって、あんなつまらない本!」
とセドリック殿下が呆れたように言い、キャロライン殿下は高らかに笑った。
「ヴィオレッタはおかしな令嬢だな。冗談だったのだが、いいだろう、教えてやろう」




