5・〔幕間〕公爵閣下は強く想う
応接室から出ると、セドリック殿下が袖を掴んできた。情けない表情を隠そうと、目一杯顔に力をいれている。
「公爵。俺もまだ十七だ。ヴィルジニー、いや、ヴィオレッタより若い。助けろ」
思わず苦笑してしまう。彼はきっと甘やかされて育ったのだろう。私のことも、なにも知らないに違いない。
「加勢したいとは思っていますが、お約束はできません。殿下の婚約者殿が本当に婚姻を望んでいないのか、私にはわかりかねますから」
「都に行ったら、彼女に訊いてくれ。歯に衣を着せることを知らない女だ。俺の我慢ならないところを百は語るぞ!」
「わかりました」
そう答えると、殿下の手は離れていった。
きっちりと閉められた応接室の扉を見る。中にはヴィオレッタとキャロライン殿下、ふたりしかいない。殿下が『ヴィオレッタの事情をより詳しく、ふたりだけで訊きたい』と言って、私たちだけでなく護衛まで外に追い出したのだ。
私の視線に気づいたのか、セドリック殿下が、
「姉上は厳しいから心配だな」と言った。
「そんなことありませんよ」と叔父上が否定する。「キャロライン殿下は一見そのように見えますが、王族イチお優しくて常識派です」
「そうかぁ?」
セドリック殿下が半眼で叔父上を見る。
「大丈夫だよ、リシャール。ふたりきりになったのは多分、女性だけで話をしたかったからだ。気配り上手な方だから」と叔父上が言う。
なるほど。確かに近衛騎士もみな男性だ。
「それにヴィオレッタだって若くはあっても子供ではないし、しっかりしている」
「そうですね」
彼女が自分で承諾したのだ。
『ふたりきりで大丈夫です。ご配慮をありがとうございます』
ヴィオレッタはそう、はっきりと言った。柔らかな微笑みを浮かべてもいた。
だからこそ、健気な彼女の笑顔を守りたい。
◇◇
ヴィオレッタを待つ間、途中だった仕事に戻ることにした。が、叔父上がついてくる。用件は聞かなくてもわかる。
セドリック殿下や近衛騎士から十分に離れると彼は、
「まさかリシャールが都に行くとはね」と微笑んだ。「いや、成長したものだ」
やはり思ったとおりのことを言われた。
「蚊帳の外に置かれてはたまりません」と答える。
「ヴィオレッタは良い子だし、気の毒な境遇だよ。だけどお前が辛い思いをしてまで助ける義理はない」
「……先ほども言いました。もう、『辛い』と泣きわめくような年ではありません。無論、都も陛下も、関わらなくて済むならそうしたいですよ」
「ああ、そうだね」
叔父上はまるで父のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、私を見る。長い間、彼だけが私の味方だった。いつでも穏やかに私を見守っている。
ふと応接室でのことを思い出す。『私のせい』と言ったとき、彼は声を荒らげた。常日頃穏やかな彼の怒声を聞くのは、ずいぶんと久しぶりだった。
だが妻たちが死んだのは、私のせいなのだ。私と結婚なんてしたから死神が鎌をふるったのだ。
叔父上は優しい。だから私を守ろうとして否定する。だが私が原因であることは、紛れもない事実だ。
ヴィオレッタがヴィルジニーでなくてよかったと、心の底から思う。彼女を『四人目』になぞしたくない。




