5・3 追っ手
馬車と騎馬隊の一団は屋敷まで行くことなく、止まった。騎士たちがこちらを見ながら慌ただしくしている。
「まったく目ざとい。でも俺は帰らないからな」とセドリック殿下が誰にともなく言う。
すぐに馬車からひとり、降りてきた。騎士たちと同じような制服を着ている女性だ。
「げっ。姉上だ」とセドリック殿下。
ジスモンド様が私に「第一王女のキャロライン殿下だよ」と教えてくれた。
キャロライン王女は確か、隣国の王太子に嫁いだ三年後に離縁されて戻ってきた方だ。近衛騎士として活躍していて、そしてヴィルジニーを嫌っている。よく彼女がお父様に文句を言っていたもの。
膝を曲げ、頭を下げる。
ややもすると、彼女の一行がそばまで来た気配がした。
「セドリック。どうした、その鼻と手は」
麗しく凛とした声。これがキャロライン殿下ね。
謝罪を口にするときはしっかり言葉にして、噛まないようにしないといけない。
「一昨日泊まった宿で、酔漢にやられたんだ」
セドリック殿下がそう答えた。思わず顔を上げそうになる。彼は私をかばってくれたの?
「でも俺に悪いところもあった。手打ちにしたから、これはほうっておいてくれ」
「そうか」とキャロライン殿下。「ひとりで旅をして、その程度で済んでよかったよ。まさか追いつけないとは思わなかったよ。さあセドリック、馬車に乗れ。医師がいるから診てもらうように。私はクラルティ公爵に挨拶をしてこよう」
「帰らない」とセドリック殿下。
「バカを言うな。その娘はもうクラルティ公爵と結婚するのだ」
「お話の腰を折って申し訳ありません、キャロライン殿下」ジスモンド様だわ。「想定外の事態が起きております。一度クラルティ公爵の元で、セドリック殿下も交えて、全員でお話をするのがよいかと思います」
「想定外だと?」とキャロライン殿下。
「彼女はヴィルジニーじゃない」とセドリック殿下が言った。「双子の姉のヴィオレッタだ。ヴィルジニーに身代わりにされたらしい」
「ええ。ですからそのあたり、順を追って説明を」とジスモンド様が言い添える。
「なるほどな。どおりで。あの礼儀知らずがカーテシーを崩さずおとなしくしているから、おかしいと思ったのだ。カヴェニャック、顔を上げろ」
キャロライン殿下の許可が出たので、居ずまいを正す。
「ふむ。瓜二つだが、ヴィルジニーとは雰囲気が違うな」
そう言うキャロライン殿下はセドリック殿下によく似ていた。美しい面立ちに銀髪。腰に届くほど長い髪を、後頭部の高い位置でひとつ結びにしている。セドリックよりも凛々しく頼もしい表情で、こちらの姉弟もまとう雰囲気が違う。
「別人がここにいるということは」とキャロライン殿下が険しい表情になる。「王の命令に背いたということだ。死罪もありうるぞ、カヴェニャック」
「そんなことはさせない!」すかさずセドリック殿下が反論してくれた。「それなら出奔した俺も死罪のはずだ」
「そんな理論が父上に通用すると思うのか?」
そう言ってキャロライン殿下は私を見た。
「事情は聞く。だがそれは事実確認のためだ。反逆罪を覚悟しておけ」




