1・1 ワガママな妹
双子だからといって、すべてがそっくりではないのよね。私と妹のヴィルジニーの同じところは顔立ち、髪と瞳の色、背格好。それと性別。それだけ。中身はまったく違う。性格も、ものの考え方も、得意なことも。
「イヤ、絶対にイヤイヤ! 死神公爵のもとになんて嫁ぎたくないっ!」
「おぉ、おぉ、そうだな。あまりに酷い縁談だ。可哀想な我が娘よ」
泣き叫ぶヴィルジニーと、それを抱きしめて涙を流すお父様。
いったいなんの茶番を見せられているのかしら。
ため息をつきたくなってしまう。そんなことをしたら、ふたりに責められるのは必至だから、しないけれど。
嘆息の代わりに応接間の窓の外を見る。先ほど帰っていった使者の馬車は、とうに見えない。どうして彼は、陛下のお言葉を伝えるのに、家族全員を集めたのかしら。ヴィルジニーとお父様だけで十分でしょうに。
使者は、『今回のことはカヴェニャック伯爵家としての問題で、この婚姻は刑罰代わりの処置だ』ということを、強調したかったのかもしれない。
「恋することのなにがいけないの! 婚約者がいるからなによ! 殿下だって私のほうが好きといってくれたのよ!」
ヴィルジニーがまた叫び、お父様が『よしよし』と慰めている。
本当に愚かだわ。どう考えてもヴィルジニーが悪い。婚約者のいる第二王子セドリックを誘惑したのだから。
その結果、王子は十年もの付き合いがあるお相手様――しかも公爵令嬢に一方的に婚約破棄を突きつけた。
ヴィルジーは大喜び。
『これで私は王子妃』とはしゃいでいたから、彼女が恋したのはセドリックではなくて王子の地位なのだろう。
もちろん、道義に反したこんなことが許されるはずがない。
国王陛下は婚約破棄を無効とし、王家の結婚に混乱をもたらしたヴィルジニーに『縁談』という名目の罰をくだした。
それが今さっき使者から伝えられた、クラルティ公爵との結婚。彼は死をもたらす『死神公爵』として有名だ。噂にうとい私ですら知っているほどに。
「私に死ねだなんて、あんまりだわ!」
ヴィルジニーがひときわ大きな声で叫ぶ。
使者がいるうちからこの取り乱しようだった。
しかも常識知らずの彼女だけでなく、お父様まで一緒に嘆きまくって、使者の見送りに出なかった。縁談のことだけでなく、膨大な慰謝料を請求されたことが気に食わなかったためもあると思う。
使者の身分は伯爵だった。お父様と同じ爵位だし、宮廷における地位は断然あちらが上だ。それなのに、平然と礼儀を欠いた振る舞いをした。
私が平謝りして見送ったのだけど、彼は『あの娘にしてあの親というわけだ』とあきれ果てていた。そして私を同情的な目で見て、『早めに結婚をしてここを出ることを勧める』と言ったのだった。
まあ、同情される理由はわかる。ヴィルジニーがドレスから装身具まで、高価で華やかなものを身につけ、髪もお肌も万全だというのに、私はその正反対。
服は褒めどころが『質素!』しかないシンプルで安価なもの、装身具はゼロ、髪は後頭部でひとつ結び、お化粧すらしていない。お父様のお金と愛情がどう配分されているかがひとめでわかるものね。
だけど、私はこれでいいの。強がりじゃない。社交的で華やかなことが好きな(どちらもちょっと度が過ぎるけれど)ヴィルジニーと違って私は、人付き合いが下手だし社交より読書がすき。着飾るためのお金があるなら本を買いたい。
ただ、お父様に嫌われていることだけは淋しいけれど……。もう慣れてしまっているし、ここに置いていてはくれている。
とはいえ、それもあと少し。ヴィルジニーの散財は、いつかカヴェニャック家を傾ける。それは誰の目にも明らかで、そんな中でお父様が考えた対策は、私を金貸しのもとに嫁がせることだった。
来月私は四十も年が離れた男のもとに嫁ぐ。
結婚支度金として、相当なお金が彼から父にわたっている。でも、私に使われたのは、ほんの少し。亡きお祖母様のウエディングドレスのリメイク代だけ。残りはヴィルジニーのものに消えた。きっと第二王子に近づくためのドレスや自分磨きに使ったのだろう。
その結果が死神公爵との結婚なのだから、あきれてしまう。私の結婚支度の質素ぶりを見たら、金貸しだって憤慨するでしょうに。
お父様もヴィルジニーも、これから一体どうするつもりなのだか。
でも私には関係ないわ。なにを言ったって、聞いてもらえないのだから。
抱き合って泣いているふたりを見る。私は質問の返事を待っているのだけど、無駄ね。
使者によると、ヴィルジニーの挙式はすでに、日時が決まっているそうだ。私と一日違いだ。
彼女の場所はクラルティ公爵領。私はここ、都。両地点を移動するには、馬車で二週間かかる。お父様が両方の結婚式にでることは不可能で、となると欠席するのは私のほうになる。
このことを、早急に金貸しに連絡をいれないといけないし、お父様にはそう進言した。だけど、今のお父様はなにを言っても聞こえていないみたいだ。
私が手紙を書くしかないらしい。非常識ではあるけれど、ヴィルジニーの騒動はもう金貸しの耳に入っているだろうから、急いで対応したほうがいいと思うのだ。
踵を返して部屋を出ようとした、そのとき。
「絶対に死神公爵なんかと結婚はしない!」とヴィルジニーが叫んだ。
はいはい、そうですか。でももうあなたの我儘がとおる状況ではないのよ。お願いだから、自覚して。
「だからヴィオレッタお姉さまが私の代わりに結婚すればいいのよ!」
は?
驚いて振り返ると、顔を輝かせてお父様を見ているヴィルジニーが目に入った。
「そうだな、名案だ!」と、こちらも顔を輝かせているお父様。
「外見はそっくりなんだもの。入れ替わってもバレはしないわ」
ヴィルジニーはそう言って、素晴らしい笑みを浮かべた。
「良かった、これで解決。あ、お父様。私は金貸しとは結婚しないから、急いで婚約は解消してね」
「もちろんだとも。あんなヒヒ爺のもとに可愛いヴィルジニーを嫁がせるものか」
……なんてことなの。
怒りも悲しみも通り越し、ただただ呆れる。
私は黙って応接間をあとにした。
しばらくは毎日21時に更新します。
こちらの連載には、ときどき〔幕間〕が挟まれます。
語り手はヒーローです。
読まなくても本編に差し障りはありません。