4・3 危機!?
ベッドサイドの明かりを消して横になる。しばらくすると暗闇に目が慣れて、天蓋の形が朧げに見えるようになった。
今日も色々なことがあった。特に衣服の購入。仕立て屋に、次から次へと服を着せられた。着脱はイレーネと彼の部下がやり、私は人形のように立っていただけだけど、すっかり疲れてしまった。
公爵の顔を立て数着選んだものの、それでは全然規定枚数には届かず、イレーネと仕立て屋に任せてしまった。だってこんなことは初めてだもの。
購入したものは、あとになって叔父が確認しにきた。すべてをチェックすると彼は、満足そうな顔をして『いずれ宝飾屋も呼ぶからね』と言ったのだった。
さすがにそこまでしてもらう訳にはいかない。
公爵が意外に良い人だと知ってしまった今、どうしても彼に迷惑をかけたくない。死にたくもないけど、これ以上面倒をかけてしまう前に、きちんとしなければと思う。
そう覚悟をして、私はヴィルジニーではないと伝えるつもりで晩餐に臨んだ。けれども公爵は現れなかった。仕事でトラブルが起きたらしい。晩餐は叔父と私のふたりだけだった。
従者や仕立て屋から聞いた話のせいで、叔父に秘密を話すのは、ためらってしまう。
結局、私は誰にもなにも打ち明けられないまま、就寝の時間になってしまった。
叔父の話によると、公爵は明日の朝食は一緒にとれるという。だからそのときに本当のことを伝える。絶対によ!
私の身がどうなるかわからないけど。せっかく楽しく話せるようになった公爵を、怒らせてしまうのもツラいけど。
これ以上先延ばしにしたところで、事態が好転するはずもないのだから。
「もっとたくさん話したかった……」
頬を伝う涙を手で拭う。
こんなことなら、なにがなんでも旅の間に逃げ出すべきだったのだ。宿屋の窓から飛び降りるとか、怖がらないでチャレンジするべきだったのよ。
目をつむる。
明日の公爵の反応を考えると、恐ろしい。
この二日間が楽しかったばっかりに……。
後ろ向きな考えばかりが頭に浮かんでしまい、全然眠気が訪れない。
これはもう諦めて、どのように打ち明けるかのシュミレーションをしたほうがいいのかもしれない。
◇◇
なにかの気配を感じた気がして、目を開いた。
というか気配ってなに?
恐怖に体がすくむ。
この部屋には私ひとりだ。気配なんてあるはずがない。あるとすれば、それは――。
妻が必ず事故死する『死神公爵』。
思い出される、従者や仕立て屋の話。
ふと、嗅ぎなれない匂いが鼻に届いた。
思わず目をつむる。確実になにかがいる!
傍らでベッドがきしんだ。
なにかがベッドに乗ってきた!
目をつぶっていてもわかる。今、私に覆いかぶさろうとしている!
どうする?
どう逃げる?
死にたくない!
目を見開くと、顔のすぐ前に手らしき陰があった。すかさず頭を起こしてそれに噛みつく。
凄まじい悲鳴が上がった。
相手が怯んだ隙に、必死に逃げる。思うように体が動かない。ベッドからずり落ちて体を床に打ち付けた。
「だ、誰か……! 助けて!」
四つん這いで扉に向かう。
「ちょ……、待て!」
イヤよ!
暗闇にぼんやりとシルエットが浮かんでいた円卓に掴まり、立ち上がる。扉まではもう少し。
「待てってば!」
背後で足音がする。気力を振り、絞り扉めがけて走る。ドアノブにしがみついたところで、捕まった。
「ヴィルジニー!」
私を羽交い締めにしようとする殺人犯を、両手でめちゃくちゃに叩く。
「ぎゃっ!」
悲鳴と共に、殺人鬼が離れる。すかさずノブを掴み、廊下に転がり出る。
「どうした!」
暗い中を揺れるランプの明かりが、ものすごい勢いで近づいてきた。
助けだ!
「……こ、ころされる……」
「下がって!」
ランプを持った人が、へたりこんだ私の脇をすり抜ける。叔父だった。
ということは、殺人犯は誰?
まさか、公爵――?
振り返る。
「待て待て待て!」と叫ぶ殺人犯の声。
叔父は左手に持ったランプを高く掲げて、部屋の中を照らしている。右手には抜身の剣。
「どうした! 無事か!」
背後から公爵の声がした。振り返ると叔父が駆けてきた廊下の奥から、彼がランプを持ち杖をつきながら走ってくる。
公爵も犯人じゃない!!
ほっとして力が抜ける。
「待て、ジスモンド!」と焦燥に駆られた殺人犯の声がする。聞いたことのない声だと、ようやく気づく。「俺だ、俺!」
『俺』? どういうこと?
殺人犯は叔父の知り合いなの?
でもこの屋敷にいるのは、あとは使用人だけのはずだ。
突然抱き寄せられた。床に膝をついた公爵だった。
「怪我は?」
首を横に振る。
「よかった……!」
心底安堵したような声だった。
私を心配してくれた。押し付けられた、不要の妻なのに。
「叔父上、犯人は誰です!」
そうだ、犯人。
振り仰ぐと、叔父はなんともいえない表情をしていた。
部屋の中から、夏だというのに長い外套を着た犯人が出てくる。鼻を押さえていて、顔はよく見えない。
「取り押さえてください、叔父上!」
叔父が殺人犯を一瞥し、ふたたび私たちを見た。そしておもむろに口を開く。
「リシャール、ヴィルジニー。こちらはセドリック第二王子殿下だ」
殺人犯はゆっくりと深くうなずいた。