4・2 洋服のお仕立て
朝食が、きのう以上に楽しい。公爵とは読書の話が尽きない。お互いの好きな本やジャンル、最近読んだもの、もちろん『王政の仕組みと変遷』についても。
叔父も公爵と同じか、それ以上に書物に精通しているみたいだ。きのうのように、私が返答に困るような質問を投げかけてくることもない。従者の忠告が頭の片隅にあったけれど、用心することを忘れてしまう。
「いい表情だ。だいぶ緊張がほどけてきたかな」
笑顔の叔父にそう言われて、自分がリラックスしていることに気がついた。だけど明後日には結婚式だ。身の振り方を考えなくてはいけないというのに、私は楽しんでいる。
「そうそう、午後、時間をあけておいてくれるか」と公爵が私に向かって話す。「仕立て屋が来る」
仕立て屋……?
「まずは、既製品を好きなだけ選んでくれ。無論、仕立ても、だ。都から遠く離れているとはいえ、領内には我が国第二の都市があるから、良い仕立て屋も最高級の素材もある。心配はいらない」
服を買う。私の。
国王に押し付けられた結婚相手で、悪女で、そして本人でもないというのに。
きっとこれも公爵家の面子なのだろう。私の衣服は、公爵と叔父に並び立てるレベルのものではないから。
だけどなんともいえない気持ちになる。
結婚がなくなれば、衣服は無駄になってしまうのだ。
「……私にそこまでしていただく訳には……」
今、言うべきでなのでは? 私はヴィルジニーの身代わりで来た別人だ、と。
「気にすることはない」と叔父が言う。
「詫びだ」と公爵。
彼を見ると、困ったような表情をしていた。
「私は初日に大人気ない態度をとってしまった。君とて十も年上の見知らぬ男の元へ嫁ぐのは不安だったろうに。だからこれで帳消しにしてほしい。できることなら」と公爵はさらに困り顔になった。「あのときの私のことは、記憶から消してもらいたいくらいなんだ」
「もし無駄使いをさせたら悪いと考えているなら、杞憂だぞ」と叔父が笑う。「私なんてリシャールの財産を、湯水のように使っている。叔父だという理由だけで、だ。だから気にせずたくさん買え。それで彼の気持ちが軽くなるのだ」
公爵がうなずく。
「難しく考えるな」
「わかりました。ありがとうございます」
そう答えると公爵は、ささやかな笑みを浮かべた。
◇◇
「なんて美しいのかしら!」
歳の頃四十くらいに見える男性の仕立て屋は、挨拶を終えると女性のような口調で叫んで私の周りをぐるぐると回り始めた。
「腕が鳴るわぁ。ああ、ウェディングドレスも仕立てたかった! ねえ、延期にできないかしら? そうしたら私、腕によりをかけて作るわよ」
「無理だと思います」と答えたのはイレーネだ。
あと部屋にいるのは、仕立て屋の部下の若い女性がふたり。公爵は仕事で、叔父は所用でいない。
「残念ね。しょうがない、夜会服でガマンするわ」
「夜会服……は必要ないかと。普段用のものだけで」
私がそう言うと、イレーネがキッと睨みつけてきた。
「ダメですよ。作っていただきます」
「だって……」
「旦那様のご命令です」イレーネがポケットから紙片を取り出し、仕立て屋に渡す。「種類ごとの必要最低限の枚数が書いてありますので、こちらをご参考ください」
「ちょっと見せて!」
そんなものがあるとは聞いていない。慌てて仕立て屋の手元を覗きこむと、既製品もオーダーメイドもかなりの数が書かれていた。
「こんなに!」
「『公爵家の面子を潰さないように注文を』とジスモンド様からも頼まれています」
「そんな……」
『面子』と言われてしまうと困ってしまう。
やっぱり朝食時に断るべきだったのだ。たくさんの服が無駄になってしまう。
「ええと」と言いながらイレーネがもう一枚、紙を取り出した。「こちらは先ほど旦那様からお預かりしたものです」
公爵には朝食のあとは会っていない。昼食はいつも仕事の合間に軽食で済ませるみたいで、次に顔を合わせるのは晩餐と聞いている。
「閣下はなんて?」
「『もし結婚が回避できたり、早期に離婚が成立しても、これらは詫びの品ゆえ君の財産だ。遠慮なく買ってくれないと、私が困る』だそうです」
「あら。それならとびきり高級なものにしないとね」と仕立て屋。「公爵が謝罪の品物をケチったなんて、不名誉な噂が立ったら大変だもの」
「……あなたが口を閉ざしていればいいのでは?」
「私が無口に見える?」
それから採寸や既製品の試着、オーダーメイド品の希望聞き取りの間、彼は喋りどおしだった。その中で気になったのは叔父についてだった。仕立て屋から見て叔父は、公爵の最初と二番目の奥様をあまり好きではなかったという。
それについてイレーネは『そんなことはなかったと思うけど』と困惑していた。
仕立て屋は、『それに比べて、あなたのことは気に入ってそう』と言って話を終えたから、単に私へのお世辞の一環だったのかもしれない。
だけれど従者の忠告とあいまって、叔父への不安がふくらんだのだった。