4・1 従者の忠告
身支度が終わり、そろそろ朝食へ行こうと思っていたところに、公爵の従者が来た。なんの用なのかは、わからない。取り次ぎに出たイレーネも困った顔をしている。ということは公爵の使者ではないということだ。
彼のことは、まだよく知らない。公爵のそばで控えめにしている堅苦しそうなひと、との印象があるだけ。もしかしたら、『お前みたいな悪女は公爵に近づくな』と怒られるのかもしれない。
「どうしますか。大変に無礼な申し出ですが」
イレーネが私の意思を訊いてくれる。昨晩も夢うつつの私の着替えを苦労してやってくれたようだし、専属メイドが彼女でよかった。
「構わないわ。通してあげて」と答える。
追い返してしまったら、従者の用件がわからないままになってしまう。私はそのほうがイヤだもの。
長椅子にかけて待っていると、従者はなにやら思い詰めた顔で部屋に入ってきて、目通りの礼を丁寧に言った。
罵られる可能性が高いと思っていたのだけど、違うみたいだ。
彼は一度私から視線を外して、イレーネを見た。彼女の前では話しにくいのかもしれない。けれど従者とふたりきりなんてなりたくない。彼もわかっているのだろう、すぐに私に視線を戻した。
「お伺いしたのは、ジスモンド様のことでございます」
従者の口から出たのは、思わぬ名前だった。
「というと?」
「あの方はリシャール様がただひとり、親しくしている親戚です。兄のように頼りにし、友人のように親しくしております」
確かにそのように見えた。
「ジスモンド様も、リシャール様に深い親愛の情があるように思えます。私も幼きころは、そう信じていました」
つまり、今は信じていないということだ。
「ランス」とイレーネが非難の口調で呼びかけた。
だけど彼は首を横に振る。
「大事なことだ」ランスはイレーネに答えてから、ふたたび私を見た。「ジスモンド様の拠点はクラルティ邸ですが、年の半分は留守にしています。行く先は都や他の都市、他国と色々で、その先々に恋人がいるそうです」
「本当かどうかは、わからないわ」とイレーネ。
「問題はそこじゃない。――ジスモンド様はそのような方なのです」
そう、とだけ返事をする。
「クラルティ邸に仕える私たちを除いて」とランスが続けた。「リシャール様の三度の結婚式、三人の奥様の事故、すべてのときにこの屋敷にいたのはジスモンド様だけなのです」
それは――どういうこと?
「失礼よ、ランス!」とイレーネが鋭い声でたしなめる。
「だが、おかしいじゃないか。いつもふらふらしている方なのに、毎回滞在している。しかもこんな急な結婚のことまで聞きつけて、わざわざ帰ってきたんだぞ! もしあの方が……」そこでランスは言葉を飲み込み、不安げな眼差しで私を見た。「あなたが四人目になったら、リシャール様は耐えきれないでしょう。優しい方なのです」
これはもしかして、叔父に注意をしろという忠告なの?
ランスは困ったような、だけど強い意思がある目で私を見つめている。彼は本気だ。
だけど叔父は、私の正体を知られたくない点について私には要注意だけど、悪い人には見えない。とはいえ昨日あったばかりだものね。それに人付き合いをしてこなかった私に、人を見る目があるとも思えない。
「それだけでは、なんとも――。では、あなたに質問するわね」
うなずくランス。
「公爵夫人が事故死することに、ジスモンド様の得はあるのかしら」
「あの方は文無しです。リシャール様が公爵家の財産から、都合をつけて差し上げているのです。もし夫人がそれをやめさせたならば即、露頭に迷います」
それは納得できる理由のように思える。だけど。
「閣下が、ジスモンド様より政略結婚の奥様を優先する可能性があったの?」
「ないですよ」とイレーネが即答する。
「わかりかねます」とランスも自信がなさそうに答えた。
ふむ。ならば叔父が事故に関係あると考えるのは、早計のような気がする。かといって潔白と断言もできない。
一応、用心しておこう。
「もうひとつ質問ね。ジスモンド様のことではないわ。私が四人目にならないためには、どうすればいいのかしら」
ふたりは顔を見合わせた。
「こればっかりは」と困った顔をするイレーネ。「結婚されないのが一番じゃないかと思いますけど、不可能ですし」
「結婚が中止になる正当な理由があれば」伏し目でランスがぼそぼそと言う。
「そうね。それが一番良いのでしょうね」
確かにそのとおりだ。しかも私がヴィルジニーではないと打ち明ければ、簡単に解決する。
だけど四人目になるのと同じくらいに、死罪はイヤだ。
どうするのが最善なのか、まったくわからない……。




