2・〔幕間〕公爵閣下は決意する
ヴィルジニーが応接間から出ていってからしばらくすると、叔父上は柔らかな笑顔のままで、
「彼女はヴィルジニーではないよ。絶対にね」と断言をした。
「だけど直接話したことはないのでしょう?」
彼女を叔父上に会わせる前に、あらかじめ必要なことは聞いていた。
叔父上はヴィルジニーを遠目でしか見たことがない、と。彼女はいつも高位貴族の嫡男ばかりと一緒にいて、いくら色男でも爵位のない人間には見向きもしなかったそうだ。
「それでも明らかだよ、リシャール。表情も振る舞いも別人だ。お前も見ただろ? 僕の質問にびくびくと怯えていたじゃないか」
「そうですが」
彼女は懸命に平静を保とうとしながらも、不安そうな目をしていた。その様は、思わずお茶を勧めるくらいに気の毒だった。
「お前は領地を出ない、孤高の変人公爵で有名だからな。姉に入れ替わっても気づかないと考えたのだろうが、大胆なことをするものだ」
今朝方図書室で、目を輝かせながら書架にへばりついていた彼女の姿を思い出す。
姉の本来の結婚相手のことや、妹の代わりに私に嫁がされたことを考えると、家族からの扱いは良くないものだったのだろう。
「式は中止だな、リシャール。陛下に報告をしよう」
なんでもないことのように話す叔父上を見る。
「彼女は悪い令嬢には見えません」
「そうだな。だが結婚したくないだろう? 本当に彼女が『四人目』になったらどうするんだ。僕はお前が傷つくのは、もう見たくないよ」
叔父上は優しい顔をしている。作り笑いではない。本心からの表情だ。
七歳しか年が離れていない叔父上は、亡き父上とランス、クラルティ邸に仕える者たちを除けば、私の唯一の味方だ。縁戚はみな私を嫌い、疎んでいる。
「彼女にはどのような罰がくだると思いますか」
「死罪だろうな。陛下は寵臣に裏切られて以降、随分と狭量になった。彼女――ヴィオレッタの事情なんて考慮はしないと思う」
「……叔父上以外で、初めて書物について語り合えたのです」
声をはずませ、『王政の仕組みと変遷』について、楽しそうに語る彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
「結婚をしたいのか」と叔父上が訊く。
「いいえ。四人目にはしたくありません。私は彼女の不幸自体が嫌なのです。陛下への報告は待ってください。なにか方策がないか、考えます」
「お前がそう望むなら、僕は従うまでだよ。こんな放蕩息子を見放さないでくれるのは、マティアス兄とリシャールだけだからね」
父上の名前をあげて、叔父上はにっこりと笑った。
「叔父上は都からこちらに帰ってきたのではありませんよね」
「ああ、近くの街からだ。お前の結婚の噂を耳にしたから、大急ぎでね」
「でしたら、私の結婚は知らなかった、クラルティには帰っていないということにしてください。なにかあったときに、あなたを巻き込んでしまう」
叔父上は笑みを深くした。
「愚かだなぁ、リシャール。僕が『はい、助かります』とお前を見捨てると思うかい?」
「……言いませんね」
「だろう?」
彼の視線が私の背後にそれる。その先にいるのはランスだ。
「ランスは出ていってほしそうだな」
「リシャール様はおひとが良すぎます」と私の乳兄弟は不満げな声で言う。
彼は叔父上が嫌いなのだ。働きもせずクラルティ家の財産で遊んで暮らす、ろくでなしだと思っている。――否定はできないが。
「だが僕なしで、世間知らずのリシャールに彼女と陛下の対応ができるかな」
叔父上はランスに向けてそう言い、次に『そうだろう?』という表情で私を見た。
「そのとおりですね。叔父上、どのくらいこちらで過ごす予定ですか」
「解決するまでは絶対にいるよ」
「心強いです」
叔父上以外に頼れる人間はいない。私の三度の結婚式にも毎回出席し、父上の代わりを務めてくれている。
学はあっても領地――というよりクラルティ邸の外のことをなにも知らない私には、頼れる唯一のひとなのだ。