表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/71

2・〔幕間〕公爵閣下は決意する

 ヴィルジニーが応接間から出ていってからしばらくすると、叔父上は柔らかな笑顔のままで、

「彼女はヴィルジニーではないよ。絶対にね」と断言をした。


「だけど直接話したことはないのでしょう?」

 彼女を叔父上に会わせる前に、あらかじめ必要なことは聞いていた。

 叔父上はヴィルジニーを遠目でしか見たことがない、と。彼女はいつも高位貴族の嫡男ばかりと一緒にいて、いくら色男でも爵位のない人間には見向きもしなかったそうだ。


「それでも明らかだよ、リシャール。表情も振る舞いも別人だ。お前も見ただろ? 僕の質問にびくびくと怯えていたじゃないか」

「そうですが」


 彼女は懸命に平静を保とうとしながらも、不安そうな目をしていた。その様は、思わずお茶を勧めるくらいに気の毒だった。


「お前は領地を出ない、孤高の変人公爵で有名だからな。姉に入れ替わっても気づかないと考えたのだろうが、大胆なことをするものだ」


 今朝方図書室で、目を輝かせながら書架にへばりついていた彼女の姿を思い出す。

 姉の本来の結婚相手のことや、妹の代わりに私に嫁がされたことを考えると、家族からの扱いは良くないものだったのだろう。


「式は中止だな、リシャール。陛下に報告をしよう」

 なんでもないことのように話す叔父上を見る。

「彼女は悪い令嬢には見えません」

「そうだな。だが結婚したくないだろう? 本当に彼女が『四人目』になったらどうするんだ。僕はお前が傷つくのは、もう見たくないよ」

 叔父上は優しい顔をしている。作り笑いではない。本心からの表情だ。


 七歳しか年が離れていない叔父上は、亡き父上とランス、クラルティ邸に仕える者たちを除けば、私の唯一の味方だ。縁戚はみな私を嫌い、疎んでいる。


「彼女にはどのような罰がくだると思いますか」

「死罪だろうな。陛下は寵臣に裏切られて以降、随分と狭量になった。彼女――ヴィオレッタの事情なんて考慮はしないと思う」

「……叔父上以外で、初めて書物について語り合えたのです」

 声をはずませ、『王政の仕組みと変遷』について、楽しそうに語る彼女の姿が脳裏に浮かぶ。


「結婚をしたいのか」と叔父上が訊く。

「いいえ。四人目にはしたくありません。私は彼女の不幸自体が嫌なのです。陛下への報告は待ってください。なにか方策がないか、考えます」

「お前がそう望むなら、僕は従うまでだよ。こんな放蕩息子を見放さないでくれるのは、マティアス兄とリシャールだけだからね」


 父上の名前をあげて、叔父上はにっこりと笑った。


「叔父上は都からこちらに帰ってきたのではありませんよね」

「ああ、近くの街からだ。お前の結婚の噂を耳にしたから、大急ぎでね」

「でしたら、私の結婚は知らなかった、クラルティには帰っていないということにしてください。なにかあったときに、あなたを巻き込んでしまう」


 叔父上は笑みを深くした。

「愚かだなぁ、リシャール。僕が『はい、助かります』とお前を見捨てると思うかい?」

「……言いませんね」

「だろう?」

 彼の視線が私の背後にそれる。その先にいるのはランスだ。


「ランスは出ていってほしそうだな」

「リシャール様はおひとが良すぎます」と私の乳兄弟は不満げな声で言う。

 彼は叔父上が嫌いなのだ。働きもせずクラルティ家の財産で遊んで暮らす、ろくでなしだと思っている。――否定はできないが。


「だが僕なしで、世間知らずのリシャールに彼女と陛下の対応ができるかな」

 叔父上はランスに向けてそう言い、次に『そうだろう?』という表情で私を見た。

「そのとおりですね。叔父上、どのくらいこちらで過ごす予定ですか」

「解決するまでは絶対にいるよ」

「心強いです」


 叔父上以外に頼れる人間はいない。私の三度の結婚式にも毎回出席し、父上の代わりを務めてくれている。

 学はあっても領地――というよりクラルティ邸の外のことをなにも知らない私には、頼れる唯一のひとなのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ