面倒な依頼、日常の終わり
新作です、お手柔らかにお願いします
御影は激怒した。必ずかの邪智暴虐なる女達に不平不満をぶつけねばならぬと決意した。御影には研究がわからぬ。御影は大学生である。適当な講義を受けて、遊び呆けながら日々を過ごしてきた。けれども理不尽に関しては人一倍に敏感だった。本来なら、朝遅くに酒癖の悪い女の家にて目覚め道場にて長年御影を鍛錬として殺しにくる老いぼれに今日こそ引導を渡して永き眠りを与えてやる予定であった。
御影には恥もなければ外聞も無い。あるのは惰性だけである。勉強が嫌いでろくに机に向き合ってこなかった。それを見かねた幼馴染が面倒を見てくれなければ地方の大学に進学出来なかっただろう。
この大学というものは高校と比べれば自由度が高く天国のようだった。なにしろ講義に出なくとも遅刻しても咎められることがないのである。御影の生活基準が地の底にまで落ちるのにさして時間はかからなかった。
そのため幼馴染が生活を矯正しようとしてくるのも当然の話だった。のらりくらりとかわしていた中でとある研究室と関わったのが運の尽きだった。
初めは目も当てられないほどのやらかしを無視出来ずに世話をし、そこから交流してゆきその研究室の女達の家に転がり込んで半ばヒモのような生活を悠々と楽しんでいた。同居人の酒癖や寝相、性格が終わっていたとしても気にならない程度には楽しんでいた。
そんな生活の中で前期を終えて夏休みに突入してすぐに研究室(兼サークル)に呼び出された日にそれは起きた。
「じゃあ御影、ちょっとお使いに行ってきてくれ」
「は?」
おかしい言葉が聞こえた気がした。どうやら自分の耳がおかしくなってしまったらしい。そうでもなければ目の前の女(教授)が自分に労働などというこの世で最も唾棄すべき行為を依頼してきたということになる。
「最近、とある現象について研究しているんだが……ちょっと資料が欲しくてな。検索しても欲しい内容がなくてな。実際に起きた地方の郷土資料館で記録を調べてきて欲しいんだ」
「いや、それなら俺じゃなくて研究室所属の人を使えばいいだろ。俺はこの冷房の効いた研究室で漫画を読むという崇高な予定がある……舞衣、冷えた麦茶をくれ」
「……側から見ればヒモだな」
「舐めないでくれ、俺はそんじょそこらのヒモじゃない。生活費その他諸経費は稼ぐヒモだ。格が違うんだよ格が」
そう、御影はただだらしなく女に養ってもらっているだけの男ではない。持ち前の直感により株で稼げるヒモである。女の家に転がり込みただ寄生するだけの凡俗とは格が違う……いわばプロのヒモと言っても過言では無い(プロのヒモという言葉は存在しません)。
人生をダラダラ過ごしていくだけの金を稼ぐ能力はあるのだ。なら馬鹿真面目に働く意味なんてなくね、それならその金で誰かに面倒を見てもらった方がよくね。それが本音である。
「私含め複数の女の家を転々としてる時点でヒモじゃなくともクズ判定は出てるがな」
「こっちだって転々としたくてしてるんじゃ無いんだが? 同じ場所に長居すると特定されて幼馴染が襲撃してくるんで仕方なし、世間一般で言うやむを得ない事情では?」
真っ当に生活してれば回避出来るので仕方なくはない。
「はぁ、この話は置いとくとして他のメンバーは帰省やら追試やらで忙してくてな。手が空いてるのがいない。私が直接行きたいところではあるが学会があるから無理だ。よってお前に頼みたい」
一応御影にしか頼めない理由があったらしい。そういえば悠奈が赤点とって泣きついてきた記憶がある。……いや悠奈がダメでも他にいただろ。
この夏は某テーマパークで遊ぶ予定があったりフェスに行ったりと趣味で忙しいとほざいていたのは誰だったか、確かここのメンバーたちだった気が。
「ごめんね、でも私たちも遊びたいの、楽しみたいの、たった一度きりの夏だから」
「だからといって研究室とまるで関係のない人間に任せるとか酷すぎる、人の心とかないんか?」
「私たちだけに飽き足らず他の女にまで手を出してることについてお話しでもする?」
「OK、分かった。喜んでいかせてもらおうじゃないか、だからその目がすわった笑顔はやめてくれ」
笑顔とは威嚇行動のために行われたというがなるほど、舞衣の背筋の凍る笑顔を見ると納得せざるを得ない。
わざわざ外に手伝いで出向かなければならないのは億劫だが別段予定が詰まってるわけでもなし、パパッと終わらせてまたのんびりダラダラとしたサマーバケーションを過ごすとしよう。
「で、どこにいってきて何を調べればいいんで?」
「今から黒箱現象が1200年程前に起きた地方にいって当時の記録を調べてきて欲しい。ネットや図書館では“該当地域が黒い壁に四方を覆われた“、“黒い壁が消えると何も残って居なかった“など不明な点が多い。実際にそこが消えたとしても付近の地域には何か残ってるかもしれん。期待は薄いが無視できるほどでもない」
「……それってこの研究室の研究することか? あれって確かよく分からん災害のことだったはずだろ。台風や地震と違って予測不可対処不可の」
黒箱現象。それは唐突に黒い壁が現れしばらく顕現し、やがて壁が消えると内部からは文明の営みというものが消え失せた状態で発見されるという現象である。
長年研究されているが未だに有効な対策が確立されておらず人類が克服できていない命題の一つである。この黒箱現象から無事に生還できた例は長き人類史でも僅かにしか存在しない。
生存者がいる例でもなお内部はひどい状態の場合もあり、まるで何か強大な存在と戦争でもしたかのようだと記録には残っている。何より情報規制もされているためあまり詳細な情報は公開されていないという点も大きい。
断片的に入ってくる情報も生存者達はみな錯乱状態にあり荒唐無稽な発言が際立ち曰く、『怪物がいた』『人を喰っていた』『不思議な、まるで幻のようなことが起きた』などあてにならないものが多い。
太古から続くこの現象は近年増加傾向にあり世界各国で悩みの種となっている。
なお、御影はそれに巻き込まれた時点でほぼ詰みの不思議な現象という程度の認識である。
そしてその摩訶不思議な現象について御影一人で調べてきて欲しいとのことである。
「無謀にも程がないか? 偉い学者の方々を悩ます現象を俺が調べるとか。うちの大学にそれを研究、つーか探ってるサークルとかあるならそっちに頼めばいいのでは?」
派遣するにしてもせめて知識を持っている人の方がいいのではという当然の疑問である。少なくとも御影が持つ知識量でさえ不適と判断せざるを得ない。
御影の疑問に鋭い目つきの時雨教授は腕を組んで悩ましげな表情を浮かべて答えた。……関係ない話だが服のサイズがあっていないのではと頭によぎった。
「あそこは少しな……、オカルチックな方面や陰謀論的方面なのでな。私が知りたいのはそれが起きた時の当時の状況や生活など人々の営みに結びたついた記録だ。探っても『魑魅魍魎が跋扈し武士が討ち取った』など当時独自の表現でな。時代的に仕方ない面もあるがもう少し現実的な文言が欲しい。推測するに錯乱した人々が妖に取り憑かれたと見なして魑魅魍魎と表現して治療した、つまり殺したとされるが証拠がない。史書などではなく庶民の日記などには新たな角度からの情報があるやもしれん。
別に独自に探れとは言わん。ここにやってほしいことをまとめたリストがある、それに従ってくれればいい。調査費用はこちらが全額負担するし前払いでいくらか払おう。余れば貰っても構わん」
「知ってるか? リストってせいぜい一枚の紙に書かれてる程度なんだよ、これ辞書の間違いだろ」
「ではよろしく頼む」
時雨教授は話はこれでお終いとばかりに背を翻し部屋を後にした。控えめにいってクソだと思いました、足の小指を過角にぶつけてくるねえかなぁ(素直な感想)。
「ふぁいと、ふぁいと。頑張る御影はカッコいいよ、終わったら一緒に遊ぼうね〜」
「なら早く終わらせるために手伝っ……微笑んだまま退出するなぁ!!」
舞衣も部屋を出てついに部屋には御影のみとなった。目の前に置かれたリスト(辞書)が威圧を放ち、やるよな?(疑問) やるよね(確定) やれ(命令) といわんばかりである。
そしてタイミングを把握していたのかこの場に居なかったメンバーから心のこもってない応援メッセージが届いて思わず携帯を投げ出しそうになったことを止めた自制心を自画自賛したくなった。
話は冒頭に戻りこういう経緯で御影は理不尽(残当)にも労働を課されバイクで目的地に向かっているのである。
「とりあえず来てはみたが、別になんてことないありふれた街だろ」
時雨教授から要望のあった地はかつて大和国と呼ばれ、日の本の首都であったこともある、現在でいうところの奈良県である。
より具体的にいうならば当時首都であった平城京跡地の存在した奈良市及び大和郡山市において当時の文献について調査して欲しいとリストには載っていた。
なんでも短いスパンで首都を変更したことと黒箱現象が関連しているのでは、という仮説があるらしい。首都の変遷で生活の痕跡すらも消して行ったことは明らかに不要な行為であり無駄な労働である。ならば首都の変遷によって行われたのではなく痕跡さえも消えるような何かが起きたため必要に駆られて首都を変遷したのではないかと唱えられているらしい。
「だからといって何で平城京なんだ? 同じ奈良県の藤原京も調べる必要はあると思うんだが、まあ存在すら眉唾物だがな」
まあいい。別に御影が研究するわけではないのだから、適当に気を抜いて挑めばいい。手始めに調査のための拠点確保である。費用は全額負担という証言は得ているのだ、無駄に高価なホテルに泊まってやると決意している。
近場を適当に散策して豪勢なパーティーを開催しようとするホテルを見つけたがドレスコード的に難しいのでそれより劣るがそれなりに高いホテルを見つけていい部屋を確保してゆっくりと旅の疲れを癒し美味な晩餐を大いに楽しみ1日を終えた。
ビュッフェスタイルの朝食を腹がはち切れんばかりに食した後にリストにのっていた資料を探すために平城京に向かう。最早当時の面影はなくほとんど残っていないが観光客はそれでも意外に多いことに御影は驚いた。
それから地味に資料館に赴きリストのタスクを順調にこなしていきこれならば後2日程度で作業が無くなりそうだと試算して1日目を終えた。
そして2日目、昨日と同じようにかつての都へと足を運んだ。そこで何事もなくその日の作業をするはずだった。
「おいおい最近の観光客ってのは随分と個性的なんだな? ちょっと俺にも教えてくんねえかなぁ、俺も人以外が観光するのを見るのは初めてでよぉ」
道中、なんとも言えぬ違和感があった。勘違いや気のせいとも片付けられるような、そんな些細なものだ。しかしそれからどんどんソレは肥大化していき看過できないものとなり意識が完全に切り替わった、ジジイと本気で対峙する時のように。
研ぎ澄ませた感覚が複数の悲鳴、鉄臭さ、衝突音を捉え、広場に着いた瞬間、その発生源をその目に写した。
それはまさしく怪物と呼ばれるモノだった。……そうだった、のである。
「分からねえな。ただ何かが起きてるのは分かる、お前らが俺の常識では測れないことも。けど生物には変わらない……彼我の差位は本能で分かるだろ。何で俺に挑んだ?」
開けた場所に御影が出た瞬間に襲いかかってきた怪物は、人とは比較にもならない程強靭な肉体を超人の技量を伴う拳撃によって頭部が穿たれた。
地に倒れピクピクと肉体痙攣し死んだカエルのような姿となった怪物は首から上が存在しなかった。
「北海道で戦わされたヒグマに劣る程度の肉体か? ……いや、何か違和感があるな。本来ならもっと強いはずなのに、詰まっているはずなのにスカスカな感じがする」
当然、御影が考察などしていても怪物どもは関係なく襲い掛かるだろう。ただし問題はない。すでに辺りの怪物は全て絶命したのだから、他ならぬ御影の手で。残るは散らばった骸のみである。
(おかしい、確かに異常事態だがこいつら如きにここまで身体が反応するか、いやしない。なら何にッ!?)
御影は大地を砕く程強く踏み込み、それにより生じた力を減衰させることなく肉体に廻らせ腰を捻り重心を移し引き絞った豪腕により『螺旋』を伴った拳撃を放つ、まさしく達人の一撃である。
ならば、ならばその一撃を受け止め、存命している者とは一体何者だろうか。
「〜〜ッ、痛ったぁ〜い!! 理不尽、なんなんですかあなた!? 『外』に出てウキウキ気分の私にいきなり攻撃するとか常識無さすぎじゃないですか!?」
『緊急速報です。⚪︎×時△分に奈良県奈良市を中心として黒箱現象が観測されました。今回の規模は10から20㎞四方程と見られます。付近の住民の方々は急いで避難をして下さい。また政府は今回の黒箱現象を第3級突発災害と認定し防人の派遣を決定しました。防人が黒箱の監視を行うため付近には近づかないで下さい。繰り返します、⚪︎×時△分に奈良県奈良市にて……』