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奥様は今世紀最強の魔法使い  作者: 周防綾乃
3/3

1章―2



控え室からそう遠くない場所に、教会の内部へ入るための扉がある。お兄様たちにエスコートされそこへ向かうと、扉の前に男性が立っていた。

言わずもがな私の婚約者である、レイアス・ポーラスター、その人だ。

スラリと身長が高く、手足が長い。細身だけれど、服越しにも無駄のない筋肉がついているのがわかる。小さな顔は清潔感のある短めの漆黒の髪と、切れ長の目。鼻が高く、特に横顔は彫刻かと思うほど美しい。瞳の色は透明感のある美しいガーネットで、見つめられると心臓が高鳴ってしまう。

いつもは黒い服を好んで着ているけど、今日は純白のタキシードに身を包んでいる。

私の姿を認めた瞬間、緊張からか強ばっていた表情がふわりと和らいだ。


「ユーリ」


良く通るテノールの声で私を呼び、彼が手を差し伸べる。お義姉様がそっと手を離し、お兄様は私の手をレイの手へと誘った。重なった私の手を力強く優しく握り締めてくれて、この人と人生を共に出来る喜びに心が踊った。

お兄様がレイに何かしら囁いていたのが見えたけれど、何を言ったのかしら。まぁどうせ教えてもらえないから、聞くだけ無駄なのだけれど。


レイの向こう側には、中老くらいの男性が立っている。彼はウォルター・スチュアート。後ろに撫でつけられた白い髪と、綺麗に整えた白い口ひげの彼は、ポーラスター家の執事長であり幼い頃からレイの教育係をしていた。

レイもウォルターを心から慕っていて、今日は彼がレイのエスコートをしているみたい。私も優しくて時に厳しいウォルターが、子供の頃から大好きだ。

ウォルターは私に深々と頭を下げ、目を細くして微笑んだ。


「レイアス様、ユーリティア様。本当におめでとうございます。ユーリティア様とレイアス様が結ばれるなんて、こんなに嬉しいことは…」


うっすらと目に涙を浮かべるウォルターに、レイが苦笑する。一緒に後ろ側にいるリーシャとサーシャも頷いていた。どうして私たちの周りの人たちはこんなに涙脆いのかしら。


そうこうしてるうちに、私たちの入場を促す合図が示された。差し出された腕に自分の腕を絡め、レイと微笑みを交わす。

お兄様夫婦とウォルターが両開きのドアを開くと、瞬間拍手が湧き上がった。身内や来賓の貴族たちで椅子は埋まっている。

ドアの向こうの教会内は、床や壁、天井まで全て白で統一されている。一番奥には女神リオの像が、胸の前で両手を組んだポーズで鎮座していた。

両側に長椅子が等間隔で並び、その中心、私たちの目の前には赤地に金糸で刺繍された絨毯が一番奥まで誘うように広げられていた。私たちは招待客の拍手と歓声に包まれながらその上をゆっくり歩く。

絨毯の終点地点には祭壇があり、豪奢なロウソクに照らされたひとりの男性が立っている。彼は教会の頂点である大司祭様だ。白くて立派なお髭はお手入れが行き届いていて、ふわふわしている。子供の頃に触らせていただいたことがあり、今だその感触を覚えていた。

大司祭様の目の前に立つと、大司祭様は私を交互に見つめ、目尻のシワを優しく深めた。

私たちが大司祭様と目を合わせると、次第に拍手と歓声が小さくなり、やがて静寂に包まれた。大司祭様が咳払いをひとつし、祈りの言葉を私たちに捧げてくれる。

お互いこの先夫婦として手を取って助け合い、支え合うことを誓い、指輪の交換をする。お揃いのリングが、キラリと光った。

最後に大司祭様仕えの若い側近が、彼に手に収まる程の小瓶を差し出した。それは、ルビー色の水で半分くらい満たされている。

大司祭様はそれを受け取り、水を少しだけ手のひらに垂らした。同時に、私はドレスの裾を摘んで膝を少し曲げて、レイは胸に手を添えて、大司祭様に向かって頭を下げる。大司祭様は私たちの頭から身体へと、ルビー色の水を数滴ふりかけた。

この水は聖水で、大司祭様の魔力が込められている。私たちのこの先の平穏で幸せな人生を祈って。

聖水自体は透明だけれど、大司祭様の魔力によって色が変化している。とはいえ、その色は肌や服を染めることはなく、着地した瞬間に透明に戻るのだ。どういう理屈なのかは知らないけれど。不思議だわ…


結婚式が全て終わり、私たちは再び拍手に見送られて教会を後にする。

ドレスを着替え、次は披露宴。披露宴会場へと向かう為に、二人で外に用意されたいる馬車に乗り込んだ。我が国王陛下が、この日のためにお城の大広間を貸してくださっているのだ。

だけどその前に、少しだけ王都を馬車で回ることになっている。三大貴族である私たちの結婚を国民に知らせるためだ。

ゆっくり走り出した馬車は、市井を回る。国民の皆は結婚を心から祝福してくれて、家から出てきて馬車を囲んだ。虹を作ったり、風を起こして花弁を飛ばしたり。魔法で各々の祝い方を見せてくれた。私たちも手を振り、彼らの歓迎に応える。手前にいた子供たちが私に手を振ってくれたので、私は一度手をグッと握った。再び開いた手の中には、小さな水の塊が浮いている。その水をほんの少量、子供たちの額に水鉄砲のように飛ばした。子供たちがよくやるイタズラだ。一瞬ビックリしていたものの、直ぐに楽しそうにくすくす笑ってくれたので、私も頬を緩めた。


お祝いムードの市井を通り抜け、王都の真ん中に鎮座する城へと辿り着く。白亜のお城で、左右に大きな塔が建っている。青い空とのコントラストが非常に美しい。

先に降りたレイが私の手を取り、それを頼りに私も馬車を降りた。

城門の前にはお城の護衛騎士たちが左右にずらりと並び、道を作ってくれている。彼らに従って城門をくぐり、お城の大きな扉が音を立ててゆっくり開くのを見守った。

扉を入るとエントランスがあり、お城の使用人の皆が私たちに深々と頭を下げている。

一人の老年の執事に案内され、更に奥の荘厳な両開きの扉が開かれる。その向こうは大広間と謁見の間になっていて、最奥の数段上がった一際高い場所に玉座に座る国王陛下と王妃陛下がおられた。

私とレイは階段の下で膝をつき、お二人に頭を下げる。

国王陛下、アーサー・ヴィエルジェ様はそれなりにお年を召しているけれど、同年代の男性より溌剌としていた。ダークグレーの御髪と深いエメラルドの瞳とお顔に刻まれたシワが男性としての渋さを醸し出している。

隣に座る王妃陛下、アメリア・ヴィエルジェ様は、透明感のあるとても美しいプラチナシルバーの御髪の持ち主だ。繊細なデザインのティアラを身につけていて、お顔もお美しくて凛としている。聡明で王妃としてもとても有能で心優しく、私の憧れの女性だ。


「本日は私たちの為に王宮をお貸しいただき、誠にありがとうございます」


レイの言葉に、お二人はニコッと優しく微笑んだ。

陛下は大きく頷きながら、私たちに手を差し伸べる。


「頭を上げよ。お前たちは私たちの子供のようなもの。全力を挙げて祝うのは当然のことだ」

「ええ、そうよ。今日の主役は貴方たちなのだから」


お二人は私たちに立つように言う。それに従って立ち上がると、さっと陛下が手を挙げた。

お二人の後ろに控えていた王宮音楽家たちが、一斉に楽器を構える。

さぁ、と促され、私たちは大広間の真ん中へ。いつの間にか結婚式に出席していた貴族たちやその家族が私たちを囲むようにして立っていた。

指揮者の一振で、盛大で優雅な音楽が大広間に響く。

私たちはその中心に立ち、お互いにお辞儀をする。

差し出されたレイの手を頷きつつ握り、反対の手が腰に。私も彼の肩に手を添え、ファーストダンスが始まった。

私はともかくレイはダンスが得意だ。彼について行くように息を合わせてステップを踏み、くるくると蝶になったつもりで舞った。


「ユーリもダンスが上達したね」

「それはそうよ。特訓したもの」


子供の頃はダンスの授業が苦手で、同じところで相手役の先生の足を踏みまくったものだ。

これではいけないと特訓を重ね、なんとか人前でも踊れるくらいにはなった。まぁ今日は彼のリードが上手いのもあるけどね。

クスッと笑ったレイは、私の手を少し強く握り直す。あら?と思った次の瞬間には、レイの顔には少しイタズラっ子のような色が滲んでいた。


「それじゃあ、少しスピードあげるよ」

「えぇ?きゃあっ!」


宣言通り、レイのステップが徐々に早くなっていく。

彼のリードに一生懸命着いていき、二人で子供のように笑い合いながらダンスを楽しんだ。

曲が終わり、手を繋いだままお辞儀をすると、陛下たちを含め会場中から大きな拍手が響き渡る。

そのまま次の曲が始まると、ゲストたちが各々踊り始めた。

私たちはその横を通り過ぎ、一組の紳士淑女、そして少し幼げな男の子の前へ。ドレスを持ち上げて挨拶をすると、男性の方が朗らかに笑った。


「ふつつか者ですが、これから宜しくお願いいたします。公爵閣下、奥様、リアム様」

「こちらこそ、宜しく」


そう、彼らはレイのご両親、ポーラスター公爵ご夫婦と、レイの弟君。

公爵閣下は、クリフォード・ポーラスター様。ダークグレーの御髪が素敵な殿方だ。レイは公爵様によく似ていて、公爵様もとてもハンサム。口元を緩めて微笑むお顔は息子の妻になる私を心から歓迎してくれている。厳しくも優しい、尊敬するお父上である。

奥様のお名前は、ソフィア・ポーラスター様。レイと同じ漆黒の美しい御髪の持ち主であり、感情を表に出すのが苦手だそう。無表情になってしまうので冷酷なイメージになってしまうが、本当は母の愛に溢れたとてもお優しい方だ。

弟君は、リアム・ポーラスター様。ソフィア様によく似た、少し可愛らしいお顔をした方だ。髪色は輝くような金髪で、数年前に亡くなった公爵様方のおじい様の髪色と同じだ。レイより4歳年下で、兄弟仲はとても良い。

私が恐縮しまくっていると、ソフィア様が私の手をそっと握った。一見すると変わらず無表情に見えるけど、ほんのすこしだけ口角が上がっていることに気がつく。


「奥様…」

「私もこの人も貴女が娘になってくれて、とても嬉しいわ。これからは遠慮なんかしないで、是非父と母と呼んでくれる?」

「僕のことも、様付けなんかしないでください。兄上のお嫁さんなんだから。これからは家族として、接してください。僕には敬語も無しで」

「っ!ありがとうございます!…お義父さま、お義母さま、…リアム」

「ふふ、姉が出来て嬉しい。僕もお義姉様と呼んでも良いですか?」

「ええ、もちろんよ」


尊敬している三人をそう呼ぶのはすこしだけ勇気が必要だったけど、喜んでくれるお二人の顔に私の心も浮き立った。私もずっと弟か妹が欲しかったから、とても幸せだ。

声をかけてくれた私の両親も交えて交流している後ろで、ダンスを楽しんでいた来賓たちがざわついた。

振り返ると、


「アメリア、私たちも踊ろう!」

「きゃっ!アーサー!子供のようにはしゃがないの!」


国王陛下が王妃陛下の手を取り、玉座から立ち上がっていた。公共の場でお互い名前で呼び合い、そしてフランクな喋り方をするお二人は珍しい。

お二人が踊られる。その事実に先程までダンスを楽しんでいた貴族たちが一気にその場から退いた。それはそうだろう。両陛下と同じ場所で踊るなど、恐れ多い。

だけど国王陛下は、不満げにへの字口を見せた。避けられたと思ったかどうかは、定かではないけれど。


「今日は無礼講。私たちもただの来賓に過ぎない!共に楽しもう!」


陛下のお言葉に、 私の両親とレイの両親が動いた。

お父様たちがお母様たちの手を取り、共に踊りだす。それに感化されたのか、再びホールは華やかなダンスに彩られていったのだった。







今夜は王宮の東の塔にあるゲスト用の部屋に泊まらせてもらうことになっている。大きなベッドと豪奢な調度品は淡いクリーム色で統一されていて、どれもピカピカに磨かれていた。

大きな窓から出るとバルコニーがあり、王宮が見える。まだ優雅な音楽が鳴り響いていた。

私たちは既にお風呂も済ませ、就寝の支度は万全。並んで寝る前の語らいを楽しんでいた。


「俺は子供の頃からユーリが好きだった。だから、君が俺と共に生きる決断をしてくれて、とても嬉しいよ」

「ふふ、私も、貴方が私を選んでくれて嬉しいわ。本当に、夢のよう」


次期公爵という地位、整った容姿、勇敢かつ思いやりのある優しい性格。非の打ち所がないレイには、言い方は悪いが狙っている令嬢が数多くいた。娘を結婚させようと虎視眈々と狙う貴族も。

罠に掛けられたこともあるけれど、それらを跳ね除けて私に手を差し伸べてくれた。彼の唯一になれたことが、私の喜びである。


のんびりとした雰囲気の中、咄嗟に出てきた欠伸を噛み殺すことが出来なかった。一日気を張っていたので、それが緩んでしまったのだと思う。それに気付いたレイが、私の髪をあやす様に梳き撫でる。


「眠い?」

「流石に朝も早かったし、疲れてしまったみたい」

「確かにね。今日はもう寝よう?」

「…でも、せっかく一緒なのだから、まだレイとたくさん話をしたいわ」


子供のような我儘を言っている自覚はある。だけどレイはふふ、と小さく笑い、私の手を優しく握った。


「俺たちはこれから共に生きるんだから、語らう機会はたくさんあるよ。今はユーリの疲れを取ることが優先だ」

「…そうよね、我儘言ってごめんなさい」

「謝る必要なんてないし、これからもっと我儘聞かせてよ」


パチンと音が出そうなウインクをして見せるレイに、私も笑った。

灯りを消して、ベッドへと潜り込んで。誘われたレイの腕の中に自身の体を預け、胸に耳を押し付けた。聞こえる心臓の音と背中に回る腕の温もりが、私に睡魔を呼び寄せる。

おやすみ、と頭の上から降ってくる声に、私はきちんと反応出来たのか。それは彼しか知らない。











翌日。私たちはポーラスター家へと向かっていた。

私たちの乗る馬車の後ろに、私の荷物を乗せた馬車が続いている。

ポーラスター家のお屋敷は同じ敷地内に本邸と別邸があり、私たちは別邸で暮らすことになっていた。

別邸は本邸と比べるとすこしだけこぢんまりしているが、それでも十分すぎる程大きなお屋敷だ。

本邸でお義父さまたちにご挨拶をし、別邸へと移動する。たどり着いた別邸は美しいお花が咲き乱れるお庭に囲まれていて、私は一目で恋をしてしまった。

先に馬車を降りたレイが、私に手を差し伸べる。その手を掴み、馬車をゆっくり降りた。


「足元、気を付けて」

「ありがとう」


レイの反対側の隣には私の侍女のカリーナが控えていて、お屋敷のドアの前にはポーラスター家の使用人が揃っている。男性が4人で女性が7人。それと彼らをそれぞれ束ねる執事長と侍女頭がいた。さすが公爵家、実家の使用人より人数が多い。全員が全員別邸で働くわけではないけど、ちょっと驚いてしまった。

一番手前にいる執事長であるウォルターと侍女頭が私たちに頭を下げると、後ろの彼らも同じように頭を下げた。礼を尽くして迎えてくれていると感動した。が、


「っ、!?」


突然感じた、私の体を射抜くような悪意のある気配。顔を上げて彼らを見渡した瞬間には既に消えていたが、確かに感じた。


「…お嬢様?どうかされましたか?」

「ユーリ?」


私の緊張が伝わったのか、レイとカリーナが心配そうに顔を覗き込んだ。不安にさせる訳にはいかない、と私は「なんでもないわ。転びそうになっただけよ」と笑って誤魔化した。誤魔化されてくれたかは、わからないけれど。

悪意と殺意と、強い憎悪に満ちた気配は、確実に私に向けられていた。

自分で言うのも恥ずかしいが、私は周りの人たちに恵まれてきた。人生初の悪意を向けられ、怖いというより、なんとなく気味の悪い程の執着を感じ取り、勝手にふるっと体が震える。

これから始まる新生活に若干の不安を混ぜこまれ、私は困惑するしかなかったのだった。



遅くなってしまい、申し訳ございません。のろのろ更新です。

遅筆な自分を呪ってます笑

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