序章
リフェスタ王国は、南は海。北は山々に囲まれた自然豊かな大国である。主に農業と漁業が盛んで、誰一人飢えることのない平和な国だ。
そしてこの国は古代の女神リオの加護を受けており、国民全員が多かれ少なかれ魔力を有している。それこそ、王族から平民の赤ちゃんまで、もれなく。
魔力の大小で優劣を押し付けられているわけではなく、個性のひとつとして考えられている。生活にも使うしね。
そして魔法国家であるリフェスタにおいて、私、ユーティリア・フィクシス侯爵令嬢は歴代最強の魔力の持ち主だったりするのだ。
王国歴798年の春の月。21歳になったばかりの私の実家は、ものすごくバタバタしていた。
何故なら、明日は私と婚約者の結婚式だから。貴族の令嬢はほとんどが20歳になる前に結婚するのだけど、私は事情があって少しだけ遅くなってしまった。その事情は…まぁおいおい。
私の婚約者は、リフェスタに二つしかない公爵家の跡取り息子だ。名前はレイアス・ポーラスター。私はレイと呼んでいて、同い年の幼なじみだ。
彼とはお父様同士の交流があり、2歳くらいから一緒に遊んでいた。
お互い初恋の相手であり、幼い恋心がめでたく実ったというワケ。とても幸せだ。
予行練習も昼間終え、あとはお風呂に入って早く眠るだけ。そうしたら明日には、私は彼のお嫁さんになれる。ずっとずっと夢見ていた、愛おしい彼と共に生きていくことになる。
明日のことを考えてうふふ、と密かに笑うと、綺麗に切りそろえられた肩までのストロベリーブロンドの髪を揺らしながら忙しそうに走り回る私の専属の侍女、カリーナが怪訝そうな顔をした。
「お嬢様、浮かれるのはわかりますが、ニヤニヤするのははしたないですよ」
「に!ニヤニヤなんか!」
彼女も小さい頃から私のそばにいてくれたので、侍女というより親友の方がしっくりくる。その分、二人きりの時だと言葉に遠慮がないのだけど。
カリーナも、明日私と共に婚約者の家へ向かう。ずっと専属侍女として私に仕えてくれるそうだ。
本当は、彼女を連れていくつもりは無かった。というより、私のことは忘れて、彼女の幸せを掴んで欲しかった。先も述べたが、小さな頃から私に仕えていて、自分の自由なんて無かったハズ。今更遅いとは思うけど、まだまだ若いから何でも出来るし恋だって出来る。自分の自由を謳歌して欲しかった。
だけど彼女は、私の提案に首を横に振った。
「お嬢様は、私がいらないと、そういうことですか?」
「え!?違うわよ!私だってずっと貴女と一緒にいたいけど、私のわがままで貴女を縛りたくないの! 」
私だって彼女が大好きで大切だ。だからこその提案だが、カリーナは鼻で笑ったのだ。
「私は私のやりたいようにしてるだけです。お嬢様のお傍にいるのも、私のしたいこと。自分の自由は十分に謳歌してるつもりです。私の幸せは、お嬢様のお傍でお世話をすることですから」
「っ、」
私は、自分が傲慢だったと気付かされた。彼女の幸せを私が勝手に決めるなんて。
ごめんなさい、と謝ると、珍しく彼女はクスッと笑い私の頭を撫でてくれた。
彼女は基本無表情。笑ってる顔は何年も一緒にいる私だってこれを合わせて片手で足りるほどしか見たことがない。だから少し誤解されやすいけれど、本当は心優しい女性なのを知っている。
「もう離してあげられないわよ?」
「望むところです。お嬢様がおばあさんになっても、お傍にいます」
「その時は貴女もだけどね」
手を取ってふふっと小さく笑い合い、私たちは絆を確かめ合ったのだった。
というわけで、彼女は私と自分の二人分の荷物をまとめているのだ。私は自分でやると言ったけれど、カリーナがやると聞かなかった。
忙しそうに働くカリーナの背中を横目に、私は部屋を見回した。
20年暮らした私の部屋。天蓋付きのベッドはいつもナターシャが綺麗なシーツに取り替えてくれていた。毎日見上げた豪奢なシャンデリア。ふかふかとした絨毯。繊細な彫刻のされている木で出来た大きなクローゼットは、子供の頃にお父様に買って頂いたもの。シンプルかつオシャレな鏡台はお母様から頂いたもの。これは持っていく。
全部持っていきたいけれど、さすがに大きなものは無理だ。鏡台以外のこれらとはもうお別れだと思うとちょっと泣けてくる。
ベッドをするりと手のひらで撫で、今までありがとう、とお礼を言った。
感慨にふけっていると、不意に部屋のドアがノックされた。カリーナがどうぞと促すと、開いたドアから静々と部屋に入ってくる女性三人。
先頭に立っている初老の女性は、お屋敷の侍女頭のリエル。私が産まれる前からここで働いてるらしい。プラチナブロンドの髪をお団子にまとめ、細いフレームの丸メガネをかけている。
後ろに控えるのは、リーシャとサーシャ。まだ年若く、同じ顔、同じ髪色、同じ背格好をしている。要するに一卵性双生児だ。髪型はリーシャがツインテール、サーシャがポニーテール。性格は全然違っていて、リーシャは明るく元気で、サーシャが大人しく控え目なタイプだ。二人とも仕事はとても真面目にこなしてくれていて、私とも仲良くしてくれる。
三人はメイド服の裾を摘み、私に軽くお辞儀をする。双子のスカイブルーに輝く綺麗な髪がサラリと肩から流れた。
「お嬢様、お風呂の準備が整いました」
リエルが凛とした声で私に言う。
「えぇ、わかったわ。ありがとう」
「お戻りになるまでに終わらせておきます」
「任せてしまって本当にごめんなさい。ありがとう」
「私の仕事ですから。ごゆっくり」
私が立ち上がると、カリーナも手を止めて私にお辞儀をする。
見送るカリーナに微笑みかけたあと、三人の侍女と共に私はお風呂場へと移動した。
白い湯気の上がる今日のお風呂には、赤いバラの花びらが優雅に浮いていた。バラのエキスの入浴剤も入れてくれたらしく、良い香りが私の鼻腔を擽る。深く呼吸をすると、心が落ち着く気がした。
着ていた服を脱いでサーシャに預け、私は体を軽く流してからバスタブへ。猫足のバスタブに満たされたお湯は、熱くもなく温くもなく、丁度いい湯加減。つま先から肩までゆっくりと体を沈めると、最高に気持ちが良い。バラの香りもリラックス効果があるというし、やっぱりお風呂は至福の時間である。
バスタブの端に寄りかかり頭を預けると、リエルが私の髪に触れた。青みのかかったアイスシルバーの髪は、お父様譲りのもの。光を受けるとキラキラと輝き、とても気に入っている色だ。ちなみに私の瞳はお母様譲りのエメラルドグリーン。抱きしめてくれた時に覗き込んだお母様の瞳は宝石のようで、ユーリの目は私と同じねと言ってくれてとても嬉しかった記憶がある。
リエルは私の髪を宝物に触れるように手に取り、優しくブラシで梳いてくれた。心地よくてうっとりめを細めてしまう。
のんびり入浴を楽しんでいると、少し席を外していた双子が戻ってきた。そしてリエルとアイコンタクトをした、と思ったら、立ち上がった彼女は双子から何かを受け取った。それは、私の愛用するボディスクラブ。マッサージをしてくれるのかしら、と呑気に考えていた。
しかし次の瞬間、三人の目が光る。まるで、獲物を見つけたよう。リエルのメガネも一緒に光った。気がした。
「さてお嬢様!」
「は、はい!」
「明日はお嬢様の晴れの日!その為に、私たちが全身全霊を込めてお嬢様をピッカピカに致します!えぇ!それはもう体の隅から隅まで!」
「えっ」
やる気満々に腰に手を当てて胸を張るリエルの後ろで、リーシャはバススポンジを高々と掲げ、サーシャは髪のお手入れ道具を両手にポーズを決めている。なんでそんなにノリノリなの?特にサーシャ。貴女そんなことするキャラじゃないでしょう。
「いくわよ二人とも!」
「おまかせください!!」
「お任せください」
「ひゃーーー!!!」
一呼吸もズレずに双子が返事をする。それを合図に、三人は私に襲いかかってきた!
抵抗する間もなくもみくちゃにされ、私は本当に頭からつま先までピカピカに磨かれた。あとに残ったのは、達成感に満足そうなリエル&ハイタッチをする双子と、疲れ果ててバスタブに縋る私。でも私をいたわってくれる手つきで、彼女たちが私のことを大切にしてくれるのはわかるので。ありがとう、とお礼を言うと、彼女たちは優しく微笑んだ。
こうして私の最後の侯爵家の夜は、騒がしくも優しさに満ちて更けていった。
初めまして。初投稿させていただきます。
ファンタジーっぽいものが書きたくて筆を取ってみました。今のところ全然魔法とかファンタジーとか関係なくて申し訳ないです笑
宜しくお願いいたします。