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8.魔石の暴発


    ***



「あっ、あの」

「おはよう、リジー」

「あの、ちょっと」

「レベッカ、今日は一段と素敵だね。髪飾りがよく似合ってる」

「ねえってば、あの」

「そうそう、あれはどこにやったかな……」

「……っ、聞いてよ、レイン・エインズワースっ!」


 露骨に背中を向けられて、アンジェは思わず名前を呼んだ。一拍遅れ、ちらりと視線がよこされる。


「二度と話しかけるなって言わなかったっけ、君」

「今話しかけてるのは私でしょ!? そもそも捨て台詞じゃない、あれっ」

「小物の悪党みたいな捨て台詞だね」


 やれやれといった顔をしながらも、アンジェから話しかけた事で納得したらしい。ようやく顔を向けた後、彼は不思議そうな顔をした。


「……何よ」

「ねえ、君、昨日も思ったけど……」

 何か言いかけた時、ちょうど教師がやってきた。


「まあいいや。話はあとで」

「分かった」


 とりあえずは話を聞いてくれるらしいと分かり、ほっと胸をなで下ろす。

 その様子を、レインが物言いたげな目で見つめていた。






 後でと言ったが、その機会はなかなか巡ってこなかった。

 アンジェはやきもきしていたが、そもそも昨日話せばよかった事だ。なんて馬鹿なんだろう私……と自分を責めつつ、授業に耳を傾ける。


 今日の授業は魔力の実験だ。魔石と呼ばれる石に魔力を込め、その変化を調べる。

 魔石とは魔力を蓄積できる石の事で、生活に浸透した便利な品だ。高価なものは貴族専用だが、安価な品は平民でも気軽に扱う事ができる。場合によっては再利用もできるため、日々の暮らしに役立っていた。


 ここに火や水の魔力を込めると、簡単な魔法を使う事ができる。子供には取り扱いが制限されるため、アンジェも手にするのは初めてだった。


(これが、魔石……)


 小鳥の卵ほどの小さな石だ。色は乳白色に近い。表面はすべすべしていて、触ると少しひんやりしている。


「よーし、じゃあ各自魔力を込めてみろ。いっぱいになることはないと思うが、レイン、ダレル、レベッカの三人は注意するように」


 その三人は魔力量が多いので、万が一を考えての注意だ。

 貴族のレインとレベッカはともかく、魔力量が少ないとされている平民の中で、ダレルの実力は際立っている。


(すごいなぁ、ダレルは)


 そんな事を思いながら、アンジェは一度深呼吸した。

 授業で習った手順通りに、自らの魔力を込めていく。

 握りしめた手の中で、石が淡く輝き始める。


 アンジェは植物型なので、色はごく薄い緑だ。ほんの少し金色がかって見えるのは気のせいか。指先を取り巻く魔力にも金色が散っている。ほんのわずかだが、きらきらと輝いているように見える。いつもより綺麗な色合いに、アンジェが目を瞬く。


 自分の魔力で、魔石がゆっくりと染まっていく。

 あと少し、もう少し。

 できれば半分くらいは――と思っていると、「あれ?」という声がした。

 見ると、近くの少年が首をかしげていた。


「おっかしいなぁ、なんでだろう?」


 彼の魔石は黒っぽい色をしていた。

 いくら魔力を込めても反応せず、色は黒ずんだままだ。


 初等学校で支給される魔石は再利用品だ。値段も安めだから、不良品が交じっていたのかもしれない。彼はむきになって魔力を込めたが、ちっとも変化は見られなかった。


 彼もそこそこ魔力が高く、クラスでは上位にいる。

 入学直後から王立魔法学校への進学を強く希望していて、魔法の授業にも熱心だ。そのため、うまくいかないと焦ってしまい、癇癪を起こす事もある。


「なんだよもう、この……っ」

 少年が石を振った時、ちょうど教師がこちらを向いた。


「こら! 乱暴に扱っちゃいかん、魔石は――」

「危ない!」


 その時だった。

 アンジェの手が引っ張られたかと思うと、何かが覆いかぶさってきた。直後、ドオン!! という衝撃音が響く。

 目を開けると、自分の上にレインがいた。


「怪我は?」

「え……?」

「怪我、してない?」


 端的に聞かれ、よく分からないまま頷く。すると、レインは小さく息を吐いた。手を出され、なんとなく従う。

 そのまま引っ張り起こされて、(あ、起き上がらせてくれたんだ)と思った。


 じろじろと眺め回されているのは、異変がないか確かめているらしい。いつもなら「見ないでよ」というところだが、さすがにこの状況では言えなかった。

 居心地の悪さを覚えつつ、もぞもぞと身じろぐ。


「あ……ありがとう」

「どういたしまして」

 レインは澄ました顔だ。彼にも怪我はないらしい。その事にほっと息をつく。


「お前たち、平気か!?」

 すぐに教師が駆け寄ってくる。


「大丈夫です。それより彼は」

「あいつなら問題ない。威力は押さえ込んだつもりだったんだが、衝撃が殺し切れなかった。すまんな、二人とも」

「先生、何が……?」


 アンジェの問いに、彼は苦々しげな顔になった。


「粗悪品が混じってたらしい。完全に魔力を消し切れていない状態で新しい魔力を込めると、場合によっては暴発する」


 きちんと確認したつもりだったんだが、と舌打ちする。

 魔力は繊細なものなので、わずかな残滓でも反応する。ただし、あまりにも微量だと見つからない事もあり、検査にも反応しないため、ごく(まれ)にそのまま出荷されてしまうらしい。

 今回も見落としがあったのだろうと、教師は深々と頭を下げた。


「本当に申し訳ない。気づかなかった俺のミスだ」

「問題ありません。二人とも、怪我もありませんし」

「実験は中止する。込めた魔力はそのまま放出、今日の授業は終わりだ。空っぽになるまで出し切ってくれ」


 他にも粗悪品が混じっているなら、このまま使用するわけにはいかない。

 言われた通りにしながら、アンジェはちらりと横を見た。

 淡々と魔力を放出しながら、レインは魔石を見つめている。


 その顔はいつも通りだ。「危ない!」と叫んだ時の声は、それなりに切羽詰まったものだった気がしたけれど、聞き間違いかもしれない。


(こいつが私の心配なんてするはずないし……)


 きっと気のせいだろう。そうに違いない。


 騒ぎはすぐに公爵家にも伝えられたらしく、放課後、家人と護衛がやってきた。

 あっという間にレインは馬車に乗せられてしまい、結局その日、夢の話はできなかった。

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