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6.アンジェの決意


    ***



「おはよう、アンジェ」


 翌日の学校。

 やってきたリジーが、アンジェを見て口元を押さえた。


「どうしたの? 顔が土気色よ?」

「おはようリジー……ちょっと、眠れなくて」


 昨夜、どうしようかと悩みすぎてしまい、気づいたら夜明け近くになっていた。その後死んだように眠ったのだけれど、寝不足なのは間違いない。


「おはよう、二人とも」

「!!」

 背後から聞こえた声に、アンジェはびくんと反応した。


「今日はまた一段とすごい顔だね」

「……レイン・エインズワース」

「普通でもアレなのに、凶悪さが増してるよ?」


 憎たらしい事を言いながら、「夜はちゃんと眠った方がいい」などと、説教じみた事を口にする。いつもなら反射的に言い返すところだが、アンジェは声を呑み込んだ。


「……っ」

「どうかした? 本当に具合悪い?」


 言い返さないアンジェに、レインが目を瞬く。ここで口喧嘩にならないのは珍しいと思っているのだろう。アンジェもそう思ったが、うまく口が動かなかった。


「……そんなわけないでしょ。うるさいな、もう」

「またそんな可愛くないこと言って。まぁ君に可愛げがあったことなんてないけど」

「…………」

「……本当にどうかした?」


 黙り込んだアンジェを見て、レインはもう一度瞬いた。真正面から顔を覗き込む。

 その顔はやっぱりとんでもなく整っている。少女達が王子様のようだと騒ぐわけだ。

 ちらりと交わった視線に、かすかに案じる色が宿った――気がした、の、だけれど。


「な……っ、なんでもないから。ほっといて」

「本当に可愛くないね、君」


 呆れた顔で言うと、レインは前の席に座った。

 それを横目でにらみつけながら、アンジェはポケットの中身を握りしめた。


 レイン・エインズワースを死なせない。

 そう決めてはみたものの、どうすればいいかは分からなかった。


 昨夜さんざん考えたが、自分にできる事はとても少ない。彼の身を守ろうにも、今は危険な時期じゃない。下手な事をして墓穴を掘るのは避けたい。

 だからといって、何もしないでいる事もできない。せっかく過去に戻れたのに、それでは何の意味もない。

 かといって、一日中張りついているわけにもいかない。まさに八方塞がりだ。


 やっぱり言った方がいいのだろうか。だけど、どうやって説明する?

 たとえ信じてくれたとしても、夢の内容を語る以上、アンジェがキスされた事まで話さなくてはならない。それはさすがに嫌だった。


(そこだけは隠して……いや、そもそもどうして二人っきりだったの? そこを説明しないと、まったく現実味がないわよね……)


 そもそも、未来のレインはアンジェと非常に親密だった。彼のセリフのどこを取ってもアンジェへの愛情にあふれていて、こちらまで赤面するほどだった。

 あれを隠して説明しても、到底信じてもらえないだろう。アンジェにもできる気がしない。


 けれど――だからと言って。


(あいつに言うとか、絶対無理……!)


 事はレインの命に係わるのだから、本来ならばそんな事を言っている場合ではない。

 けれど、ただの夢だと一蹴されそうなあげく、手がかりはこの指輪だけ。証拠と言うには少し弱い。そんな状況で、彼に向かって、「あなたとキスしたの。夢の中で」と言えるだろうか。いや無理だ。


 考えれば考えるほど、気が重くなってくる。

 いっその事、全部忘れてしまえればよかったのに。

 いやそれも駄目だろう。レインを助けられなくなってしまう。


(ホントにどうしたらいいの……)


 はあああぁ……と、重いため息がこぼれ落ちる。


 その後もアンジェはレインを見続け、「よっぽど根に持ってるのねぇ」とリジーに苦笑された。そういうわけではないのだが、好きだと誤解されるより百倍ましだ。そう思い、アンジェは笑ってごまかした。ばれなかったのはいいけれど、なぜか負けた気がする。

 乾いた笑みを浮かべていると、「じゃあ次の話だが」と教師が告げた。


「前にも言ったと思うが、来週は模擬試験を行う。各自、魔法の勉強しておけよー」

「先生、試験って何をするんですか?」


 生徒のひとりが手を挙げる。だが彼はにやりと笑って指を振った。


「ちっちっち。それを教えちゃつまらんだろう。当日に教えるから、それまでおとなしく待ってること」

「えーっ」

「心配しなくても、初等クラスのひよっこどもに無茶は言わんさ。せいぜい初級魔法のおまけ程度でクリアできるものを用意しておくから、楽しみにしてろよ」


 彼が言うなら、その通りのレベルなのだろう。

 アンジェは平均よりやや高い魔力を持っているが、成績は中の上くらいなので、油断はできない。


「試験って何するんだろうな、アンジェ」

 近くの席のダレルがこそこそと話しかけてくる。


「先生のことだから、ちょっと難しいかもね。でも、できないほどではないと思う」


 彼は二十代後半の男性教師で、王立魔法学校を卒業している。魔法師団には落ちたそうだが、魔力はかなり高い方だ。生徒への教え方も上手く、アンジェも彼のおかげで大分魔法操作が上手になった。

 彼が出す試験なら、やりがいはありそうだ。


(……って、そうじゃなくて。今はあいつのことを考えないと)


 首を振って、余計な考えを振り払う。

 うー、と小さく唸っていると、「アンジェも心配性だなぁ」と笑われた。


「ちがっ、これは、心配じゃなくて……っ」

「アンジェなら合格すると思うぜ? そんな顔すんなよ」

 ダレルに背中を叩かれて、勘違いに気づく。


「あ……ああ、そっちの方」

「そっちって?」

「なんでもない。気にしないで」


 恥ずかしさに顔を赤らめつつ、ほてった頬を押さえる。

 その様子をレインがじっと見ていた。



    ***



「ねえ、君」


 その帰り道の事だった。

 呼び止められたアンジェは、そこに立っていた人物に気づいて「げっ」と言った。


「ご挨拶だね。レディとは思えない返事だよ」

「大きなお世話よ。……何?」

 ぶっきらぼうに言ったが、レインは少しも動じなかった。


「それはこっちのセリフだよ。今日一日、ずっとちらちら見つめてきて。僕が何かしたかな。まったく心当たりがないんだけど」

「あるでしょ、色々と!」

「それはお互い様だし、そもそも今さらだろう。今日の君は明らかにおかしい」


 あっさり言われ、アンジェはうっと口をつぐんだ。

 気づかれていたとは思わなかったが、それをわざわざ指摘しに来るのも意外だった。

 レイン・エインズワースなら、アンジェのうろたえる姿を見て、こっそり楽しむくらいはしそうなものなのに。


 宝石のような青い瞳には、そういった感情は見られない。

 ただ疑問な――もっと言うなら案じるような、こちらを気遣うような顔で、アンジェの事を見つめている。

 吸い込まれそうなほど美しい色に見つめられ、アンジェはごくりと息を呑んだ。


「……な、なんでもない」

「本当に?」

「しつこいな。そうだって言ってるでしょ」


 感じが悪いと思われても、真実を話すよりはましだ。そう思い、慌てて顔をそむけたが、そんな事ではごまかされてくれないらしい。レインは疑り深そうな顔になった。


「……君が嘘をつく時、微妙に目をそらすんだけど」

「えっ」

「あと、目が泳ぐ。……今みたいに」


 はっとして目元を押さえたが、余計に怪しい事は明白だ。だらだらと冷や汗を流しながら、アンジェは目の前の彼を見た。


「ほぅら」とでも言いたげな目で、彼はこちらを見つめている。

 どうしよう、隠し切れない。

 このままでは――。


「……わ、私、実は」

「うん」

「あんたに、言わないといけないことがあって」

「うん」

「すごく大事なことで、でも言えなくて、あの」

「うん」

「あんた……いや、あなたが……」



 ――あなたが死ぬかもしれない夢を見たの。



「だから、そのっ……」

「うん」

「私、ずっと……」

「うん」

「あんたの、ことが……っ」


「……え?」


 一瞬、彼がぽかんとした顔になる。

 その隙を見逃さず、アンジェは全速力で駆け出した。


「……本当に嫌いだって思ったの! それだけよ、もう声かけてこないでっ」

 去り際に叫んだアンジェを、レインは瞬きもせず見送っていた。

お読みいただきありがとうございます。おそらく、


「あんたのことが(心配だったの)」(※恋愛ではなく)

「あんたのことが(気にかかってたの)」(※恋愛ではなく)


の、どちらかだろうと思われます。

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