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3.レインとアンジェ


 レイン・エインズワースは貴族の血筋であり、王都でも有数の歴史を持つ公爵家の三男だ。

 兄二人はすでに王都で働いている。レインもいずれはそうなるだろうと言われているが、今は未定だ。


 彼の魔力は強く、卒業後、王都の魔法学校へ行く事はほぼ確定している。ならなぜこんな田舎にいるのかと言えば――幼いころ、呼吸器官が弱かったそうだ。


 療養のために滞在したここを、公爵はいたく気に入ったらしい。さっそく別邸を建ててしまい、妻子のための暮らしを整えた。

 入学のタイミングで王都に戻る予定だったが、レイン本人がここに馴染んでいるのと、体調に不安が残るため、もうしばらく滞在を延ばす事になった。


 田舎にも貴族向けの学校がある。転居すれば自然豊かな環境で学ぶ事も可能だったが、彼はそうしなかった。ここに残り、一般の学校で学ぶ事を希望したのだ。公爵家という立場上、専属の家庭教師を頼む者も多いが、やはり彼はそうしなかった。理由は不明だ。


 というわけで、レインは公爵令息ながら、平民の学校に通っている。

 順調に行けば、彼と顔を合わせるのはあと二年。それが過ぎればお別れとなる。


(早くそうなってほしいんだけどね……)


 昼休み、女の子達に囲まれるレインを横目で見ながら、アンジェはけっという顔になった。


 相変わらずの女ったらしだ。貴族にも平民にも分け隔てなくやさしいので、彼の人気は抜群に高い。特に平民の少女達にとって、お姫様扱いしてくれる貴族階級の少年はことのほかまぶしく映るのだろう。


 ――その人、クラスメイトの女の子の顔をつかんだあげく、山猿とか魔兎とか暴言を吐く最低なやつなんですけど……。


 アンジェがそう言ったところで、誰も味方はいないだろう。それほどレイン・エインズワースの人気は高い。


(……まあいいか)


 夢の事は気になるけれど、関わるのはまっぴらだ。

 それに、彼本人も「忘れて過ごせ」と言っていたし。

 このまま普通に卒業して、離れ離れになればいい。それで何の問題もない。


(――だけど……)


 夢の中の光景が、頭から離れない。


 あの場所にいたレインは、瀕死の重傷を負っていた。

 全身傷だらけで、床には血だまりが広がっていた。息をするのも苦しげで、目を開けているのが不思議なほどだった。


 触れてきた手が、ぞっとするほど冷たかった事を覚えている。

 ただの夢なのに、その感触はやけにリアルだった。

 そして――唇も。


(……いやいやいや、それはいい。それはいいから)


 首を振って今の想像を振り払い、忘れようとする。

 だが、あまりにもはっきりした夢だったせいか、なかなか記憶は消えなかった。

 その後も彼の目を盗み、ちらちらと観察する。

 あまりにも見ていたせいで、とうとう本人に気づかれてしまった。


「何? 気持ち悪いなぁ」

「あんたに言われたくないわ。ていうか言い方!」

「そんなに見つめて、もしかして僕のこと好きなの?」

「寝言は寝て言え」


 本気で嫌そうな声だと分かったのか、彼はそれ以上言わなかった。


「まったく……。用事もないのに男の顔をじろじろ見るものじゃないよ。品の無い」

「見たくて見てるわけじゃないわよ。こっちだってまっぴらだわ」

「じゃあなんで見てたの?」

「なんでって、それは……」



 ――夢の中であなたが私にキスをしたから、その理由が知りたくて。



(……なんて、言えるわけないじゃない)


 ふいっと顔を背けたアンジェを、彼は不思議そうに見つめていた。


 午前中の授業は魔力を安定させる方法だった。

 この世界において、魔法使いは大きく九種類に分けられる。


 火・水・風・土・雷・氷・植物・光・闇。


 四大属性として有名なのは上の四つで、少し珍しいものになると雷や氷、もう少し珍しいのが植物で、希少と呼ばれるのが光と闇だ。属性は型とも呼ばれ、「火型」、「水型」などと称される。意味は同じだ。


 この属性は、魔法使いの髪と瞳に宿りやすい。

 正確に言うと、属性に近い色を宿しやすくなるのだ。


 たとえば、火の属性を持つ者は赤毛や赤目の人間が多く、水なら青い目や髪の色が多い。土なら茶色か黒、もしくは黄色だ。ちなみに、風は緑の目が多いとされているが、定かではない。

 もちろん全員ではなく、その傾向が多いとされる。


 アンジェの瞳は金色だが、別に光の属性ではない。

 また、属性が違っても使える魔法がたまにある。火の魔法使いは風の初級魔法が使えたり、水の魔法使いが氷を操ったりという具合に。自分の属性との相性次第だが、それを利用して、三つの属性を操る魔法使いもいるという。


 もちろんこれは特殊な例で、通常は一種類だけだ。

 普通の人間は、この強さが一定のレベルを超えずに終わっていく。せいぜいがロウソクに火を点したり、手のひら一杯程度の水を生成する程度だ。土の成分を整えて、綺麗な花を咲かせた魔法使いもいたが、すべて生活魔法の域を出ない。


 だが、王都にいる魔法使いは違う。

 騎士団とは別に、彼らは魔法師団に所属している。そして国のために働くのだ。魔法使いの中でもエリート中のエリートであり、そこで働くのは魔法使いにとっての誉れである。

 アンジェも憧れていなくもなかったが、そもそも王立魔法学校でさえめったに入れない狭き門だ。そのため、最初から期待はしていなかった。


 初等の魔法学校から王立魔法学校に行ける人間は、ほんの一握り。

 この地方に限って言えば、平均して二人くらいだ。

 ひとりはレインで確定だから、実質あとひとり。

 そしてそれは「彼女」になるだろうと、ひそかに思う人物がいた。



    ***



「レイン様、お茶にしましょうよ」


 甘ったるい声で話しているのは、赤い髪の少女だった。

 こんな田舎には珍しく、たっぷりとフリルのついたワンピースを着ている。贅沢な衣装を見せびらかすように、少女は気取った仕草でスカートをつまんだ。


「せっかくですもの、同じ貴族同士、交流を深めておきたくて。いいでしょう?」

「もちろんだよ、レベッカ」


 差し出された手を取り、軽く微笑む。きゃあっと周囲で歓声が上がった。レベッカも顔を赤くしている。


 レベッカ・カスターニャ。

 カスターニャ伯爵家の娘であり、クラスでも三本の指に入る優等生だ。本来ならば王都で魔法学校に通っているはずの彼女だが、なぜか田舎に留まって、平民と一緒に授業を受けている。


 リジーと違い、彼女にはそれが不満らしいが、ならどうしてこの学校にいるのかと思わなくもない。

 彼女はレインに気があるらしく、いつもべったりと寄り添っていた。


「でも、できればみんなと話がしたいな。交流を深めるなら、人数は多い方がいいよ。そう思わない?」

「で、でも、わたくしはあなたと二人っきりが……」

「さんせーいっ」


 レベッカが何か言うより早く、男子が会話に割り込んでくる。彼女が断る間もなく、「みんなでお茶会」が決まってしまった。レベッカはわなわなと震えている。


(気の毒に……)


 あの男とお茶が飲みたいという心境だけは理解できないが、この状況には同情する。

 無視して自習していたアンジェだが、「アンジェも参加するだろ?」と誘われて首を振った。


「私はいいわ。みんなで楽しんで」

「そんなこと言わないでさ。一緒に遊ぼうぜ」


 声をかけてくれたのはダレルだった。レベッカの会話に割り込んだ人物で、黒髪のやんちゃそうな少年だ。


「ほんとにいいの。私、今日はちょっと考えごとがあるから」

「考えごと?」

「たいしたことじゃないんだけど、どうも気になることがあって」

「へえ。何?」


 急に割り込んできた声にぎょっとした。


「な、なな、なんであんた……っ」

「なんでって、今日一日君にじろじろ見られ続けて、さすがに気になったからだけど。まさかとは思うけど、呪いの勉強でもするつもり?」

「しないわよ失礼ね!」


 ひょいと身を乗り出したのはレインだった。眉を上げたアンジェに、疑り深そうな顔を向ける。


「失礼と言われても、無言で人の顔を見続ける失礼娘に比べればなんとも」

「うるさいわね誤解よ!」

「へえ、何が誤解?」

「だからっ……」


 言いかけたアンジェの体が、ドンッと勢いよく突き飛ばされた。


「あーら二人とも、何のお話をなさっているの?」

 現れたのはレベッカだった。アンジェを尻で押しのけて、空いた空間に入り込む。


「こんなつまらない子と話すより、わたくしといる方が有意義ですわ。がさつな平民なんて放っておいて、あちらでお喋りいたしません? わたくしのお父さまも、レイン様なら歓迎しますわ」

「なっ……」

「レイン様をひとり占めしたいのは分かるけれど、あなたじゃ分不相応よ、アンジェ」


 ちらり、と小バカにするように見られ、アンジェの頭に血がのぼる。


「そんなつもりないわよ失礼ね!」

「え、アンジェまでレインのこと好きなのか?」

「好きなはずないでしょ失礼ね!」


 目を丸くしたダレルに、びしっと指を突きつける。


「こいつを好きになるくらいなら、あんたと恋に落ちた方が百倍ましよ!」

「ひでえアンジェ。でもごめん、俺には心に決めた人がいるから、お前はちょっと対象外」

「なんか振られたみたいにしないでくれない?」


 腕を小突き合っていると、「ほんとに仲いいね、君たち」と、呆れたように言われた。


「まあいいけど。午後の授業、僕に張り合おうとしないでよ」

「こっちのセリフよ」

「僕は君なんか相手にしてないんだけど。ああ、気になるって言うなら別だけどね」

「気に障るの間違いじゃない?」

「お前らこそ仲いいよなぁ」


 感心したように呟くダレルに、二人の声がそろった。


「別に全然仲良くない」

お読みいただきありがとうございます。喧嘩するほど仲がいい。

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