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過去戻り令嬢は運命を変える~夢の中でキスをしたのは、犬猿の仲の公爵令息でした~  作者: 片山絢森
過去戻り令嬢は運命を変える

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14/20

14.あなたが未来でしてくれたこと


(なんで……)


 魔獣は同じ場所に戻らないという定説がある。

 獲物を探す場合に限り、彼らは決して後戻りしない。先へ先へ、とにかく前へ進んでいく。だからこそ、近くで隠れる意味もあったのに。


 口をふさいだレインの手が熱い。

 傷のせいで熱を持っているのだ。その逆に、血に濡れたシャツは冷たい。血液を失いすぎたせいで、貧血を起こしかけている。その手が冷たくなるのを想像し、ぞっと顔から血の気が引いた。


(こんなの、あの夢の通りじゃない……)

 そんな事はさせない。

 だけど、どうしたらいいんだろう。


 ――試練。


 ふいにその言葉が浮かんだ。


(そうだ……)

 あの声は、なんと言っていた?

 これが試練だと、確かそう言ったはずだ。


(代償……)


 契約。誓約。血の盟約。

 だとすればこれは――あの夢と、何か関係がある?


(思い出して……)


 あの声は、他に何と言っていた?

 まだ何かあるはずだ。早く、早く、思い出さないと。


(確か、未来で……)



 ――未来で死ぬはずだった()()()()()を、運命は逃がさない。



「――――っ!!」


 アンジェは大きく息を呑んだ。

 どうして気づかなかったんだろう。

 レインが未来を変えたなら、アンジェの運命だって変わっているはずだ。


 あの時、死ぬのはレインだけじゃなく、自分もだった?

 そしてそれを正そうとして、何者かが自分達の命を奪おうとしている。

 だとすれば、今、こうしているのは。


(私のせい……?)


 レインだけでなく、アンジェも殺そうとしているのだ。


 ――それならば。


(ここにいたら……危険だ)


 アンジェはごくりと息を呑んだ。

 レインの体は相変わらず熱い。いつまでもここに隠れている事はできない。魔獣は鼻が利く。いずれはこの場所を見つけ出すだろう。

 だとすれば、やる事はひとつだ。


「レイン、絶対にここを動かないで」

「エイベル……?」

「約束よ。絶対だからね」

 レインの血を体になすりつけ、アンジェは無理やり笑顔になった。


「助けを呼んでくる。待ってて」

「何を言って……エイベル!」


 レインがアンジェの手をつかむ。それを静かに振りほどいた。

 試練というのが本当なら、アンジェの事も狙うはずだ。だとすれば、こうするしかない。

 振りほどいた指先が震えている。それに気づいたが、逆にきつく握り込んだ。


「さっきも逃げられたんだし、大丈夫。意外とすばしっこいんだから、私」

「馬鹿なことを言わないでくれ。ここに隠れていれば、そのうち……」

「それじゃ駄目だってこと、あんたの方が知ってるでしょ?」


 魔獣がここに戻ってきた以上、残された時間は少ないはずだ。

 それが分かっているのだろう。レインがぐっと黙り込む。


 助けを呼ぶと言ったが、正確に言えば囮だ。アンジェを囮にして、魔獣をレインから引き離す。そうすれば彼をここで死なせずに済む。

 未来でアンジェを守ってくれたレインの事を、今度はアンジェが守るのだ。

 たとえ、彼がそれを覚えていなかったとしても。


 ポケットにしまっていた指輪を、アンジェは左手の中指に嵌めた。それを見て、レインが驚いた顔になる。


「その指輪……」

「さっき話した指輪よ。それがどうかした?」

「いや――なるほど。そうか、そういうことなのか……」

 エイベル、と呼びかけられる。


「それは試練の指輪だ」

「試練?」

「どんな願いも叶う代わりに、それと等価の試練を授ける。試練に失敗した場合、願いをかけた本人は死に、願いはなかったことになる。別名、時戻りの指輪とも言う」


「時戻りの指輪……」

「詳しい説明は省くけど、エインズワースの本家から消えた指輪がそれだよ。ここにあるなら納得だ」


 未来で指輪を使ったせいで、過去の指輪も干渉を受けたのだろうと彼は言った。


「時戻りの指輪には例外がある。願いをかけた本人以外に効果が適用された場合、時を遡って、相手と完全に縁が切れれば、その試練は無効となる」

「それって……」


「何も起こらないし、始まらない。ただし、それを発動したのと同じ日付に本人は死ぬ。例外はない」


 過去を変えたかどうか分かるのは本人だけだ。けれど、この場合は変えた本人すらその事を知らない。過去に戻ったのは別の人間で、自分自身ではないからだ。

 未来の自分の決断など、知る方法はない。そして指輪の効果により、二人の縁は断ち切れる。アンジェが言われた通りに指輪を捨て、何も言わないままだったら、それで終わりのはずだった。


「君が指輪を捨てなかったせいで、僕の運命に巻き込まれてしまったんだよ、エイベル」


 アンジェは目を見開いた。


「謝るのは僕の方だ。何の関係もない君を巻き込んだあげく、命の危険にまで遭わせて。指輪を貸して、エイベル。囮になるなら僕の方だ」

「……違う!」


 アンジェは首を振った。指輪を胸の中に抱きしめる。


「あんたは私を守ってくれたの。命と引き換えに、ここに送ってくれたのよ。あんたの言ってることが本当なら、絶対に指輪は渡さない」

「エイベル、何を――」

「あんたが言ったのよ。忘れてって」



 ――そうすれば君は助かる。君の人生は、何も失われない。



 アンジェを助けるために、彼は自分の身を犠牲にした。

 そしてここでも同じ事を繰り返そうとしている。そんな事を認めるわけにはいかなかった。


(忘れてなんかやらない)


 そんな事はできない。たとえ、彼自身がそれを忘れていたとしても。

 あの声も、髪も、指先も。何ひとつ忘れてやるものか。

 最後の笑顔を思い出にして、なかった事になんかできない。


(……助けるから)


 何がなんでも生き延びるのだ。二人で。

 指輪を離さないアンジェに、レインが困惑した顔になる。


「そんなことを言ってる場合じゃないだろう。君は僕のせいでこんな目に――」

「私が決めたのよ。あんたに決められたわけじゃない」


 レイン・エインズワース、と名前を呼ぶ。


「あれが本当にあったことでも、ただの夢でも構わない。私はあんたを見捨てないし、ここで死ぬのもまっぴらよ」

「エイベル……」

「二人で生き残るの。いい、二人でよ」


 そしてそれにはアンジェの方が適任だ。

 何か言いかけ、レインはわずかに表情をゆがめた。そんな顔は初めて見るものだった。


「なんで君は、いつもそんな……」


 その時だった。

 大きな衝撃とともに、氷の結界が吹き飛ばされた。

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