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10.試験開始


    ***



 翌日、レインは普通に現れた。

 すぐにでも話をしたいのは確かだが、まずは試験を受けなければ。

 はやる心を抑えつつ、アンジェは教師の説明を聞いた。


「さて、それじゃあいよいよ模擬試験だが、今年も実践方式で行く。みんな、動きやすい服装をしてきたな?」

 はーいと答える生徒達に、ひとつ頷く。


「今年はロズリーの丘に咲く花を摘んできてもらう。知っての通り、あの花は万能の薬草になる。無事に丘の上までたどり着き、花を摘んだ人間を合格とする」


 ロズリーの丘とは、魔力に満ちた場所である。

 (ふもと)から丘まではいくつかの道に分かれていて、どこからでも登る事ができる。ただし、途中に魔力地帯があり、侵入者の行く手を阻む。人々はそれを「ロズリーの丘の試練」と呼ぶ。


 初級魔法さえ覚えていれば、なんとかやり過ごせるレベルの仕掛けだ。大怪我をするほどではないが、油断すると痛い目に遭う。命の危険はないものの、危ない事に変わりはない。

 生徒だけで来る事は禁止されているため、こんな時でもなければまず訪れる事のない場所だ。案の定、彼らは目を輝かせている。


「とはいえ、万が一のこともあるからな。二人一組で行くように」


 今回は模擬試験なので、あくまでも感覚をつかむためという事らしい。

 次々にペアが発表され、みんなはしゃいだ顔で歩き出す。ちなみに、ダレルの相手はレベッカで、レベッカが絶望的な目をしていた。


 ある一定のところまで進むと、その姿は霧に包まれて見えなくなった。


「じゃあ次。アンジェレッタ・エイベルと、レイン・エインズワース」

「えっ……」

 予想外の組み合わせに、アンジェが目を見開く。


「たまにはいいだろう。さ、行ってこい」

「ええぇ……」

「行くよ」


 情けない声を出したアンジェには構わず、レインがさっさと歩き出す。慌てて後を追いながら、アンジェは「待ってよ」と文句を言った。


「すぐに魔力地帯に入る。付いてこられないなら置いて行くよ」

「誰がよ。こっちこそ置き去りにしてやるから」

「勇ましいね」


 ふっと笑う顔は楽しげだ。言いたい事はあったものの、アンジェはぐっと黙り込んだ。

 まずはこの試験に合格するのが優先だ。その後、改めて話をしよう。


(ちゃんと聞いてくれるって言ってたし……)


 それだけで安心するのが不思議だ。

 彼は約束を守ると知っているからだろうか。それとも単に、プレッシャーから解放されて、ほっとしているせいだろうか。


 深く考えると気恥ずかしくなりそうなのでやめた。頭を振り、試験に集中する。

 道は木々の入り組んだ場所に差し掛かり、周囲に霧が立ち込めた。ゆっくりと魔力の気配が立ちのぼってくる。


(試験開始だ)


 ロズリーの丘の試練は三つ。人によって降りかかる試練は違うが、その数は変わらない。

 魔力型に反応しているという説もあるが、詳しくは不明だ。ちなみに、魔力を持たない人間にはただの丘だが、彼らに花を摘む事はできない。試練を経ないと、花を見つける事ができないせいだ。


 過去、魔力持ちとそうでない人間が同時に丘を登ったが、途中ではぐれてしまい、とうとう会う事はできなかった。


 ちなみに、丘を下った先で無事再会できた。魔力なしの人間は花が見つけられなかったが、試練を突破した方は花に出迎えられたそうだ。同じ時間に頂上にいたはずなのに、互いに姿は見えなかったという。


 興味を持った研究者が実験してみたが、やはり真相は分からなかった。体を紐で結んだり、手をつないだりして試したが、どうしても途中ではぐれるそうだ。興味深い話である。

 何気なくそんな話をすると、レインはいたずらっぽく笑った。


「じゃあ、僕らも手をつなぐ?」

「ばっ……つ、つながないわよ、何言ってんの!?」

「なんだ。つないでほしくて言ったんだと思ったのに」

「寝言は寝て言え」

「君のそれ、ほとんど口癖だよね」


 前にも聞いた、と笑みをこぼす。

 その顔があまりにも楽しげだったから、アンジェはどきりとしてしまった。


「君ならどうやって試す?」

「え? えーと……」

 しばらく考えてから、「…おんぶ?」と口にする。


「悪くないね。手をつなぐだけじゃ心もとないし、しっかり密着できそうだ」

「あんたはどうなの」

「僕? そうだな、同時に登るのが無理なら、紐を持って魔力持ちに登ってもらって、その紐を辿るなんてのはどう?」


「あ、なるほど」

「あとは匂いとか、特殊な道具を使って足跡を辿ったり……」


 雑談を交わしながら、アンジェは不思議な感覚に陥っていた。

 レイン・エインズワースは、こんなに話しやすい人間だったのか。


 いつも口喧嘩ばかりしていたので、まともに会話したのは数えるほどだ。というか、憎まれ口ばかり叩いてきたので、普通に話した記憶がない。もっとも、減らず口を叩いてくるのはレイン(あちら)だが、アンジェも言い返しているので同じかもしれない。


 彼と交わす何気ない会話は、なんだかひどく心地よかった。

 と、目の前がポウッと光った。


「初めの試練だね」

 レインがすぐに身構える。


「赤……火型?」

「多分。来るよ」

 言葉と同時に、火の玉が勢いよく飛んできた。


「!!」

「よけて!」


 反射的に身をかわしたアンジェの横で、レインが氷のつぶてを放つ。それは的確に火の玉を捉え、ジュッと目の前で蒸発した。


「油断しないで。次が来る」


 その言葉通り、次はアンジェを狙ってくる。

 守ろうとしたレインを制し、アンジェも手のひらに魔力を込めた。


 教師の言った通り、火の玉は小さめで、初級魔法でも対応できるレベルだった。当たったら火傷をするだろうが、命の危険があるほどではない。

 初級魔法、言い換えれば生活魔法のレベルでどうにかなるなら、アンジェにだって対処できる。


(相手は火……)


 植物魔法のアンジェにとっては相性が悪い。けれど、できる事はある。

 アンジェは植物の(つる)を伸ばし、それを火の玉に向けて放った。

 レベッカほど上手くはないが、鞭のようにしなった弦が火の玉を切り裂く。二つ、三つと火の玉を消し、アンジェは油断なく周囲を見回した。


(あと二つ……)


 火の玉は五つ現れた。残りは二つ。

 と、先ほどよりも勢いを増した火の玉が襲いかかる。


「四、……五!」

 すべて叩き消すと、霧の一角が晴れた。


「これで終わりってこと?」

「ひとつ目はね。あと二つだ」

 お疲れ様、とレインが(ねぎら)ってくれる。そんなやり取りも新鮮だ。


「弦の使い方、面白いね。どこで覚えたの?」

「前にレベッカがやってるのを見て、試してみたの。便利そうだなって思って」

「ああ、なるほど」


 火と植物では勝手が違うが、実態がある分、アンジェでも扱いやすいと思ったのだ。

 といっても、まだまだ技術が追いつかないのが現状だけれど。火の玉があと少し速かったら、火傷していたはずだった。


(確かにこれはちょうどいいかも……)


 魔法の訓練にもなる上、課題を成功させたかどうか一目で分かる。そして命の危険はない。

 試験に使われるわけだわと、しみじみと納得する。

 その後も風、雷の試練をこなし、ようやく丘にたどり着いた。


「わぁ……」

 丘の頂上には木が一本生えていて、その足元に薄紫色の花が咲き乱れていた。


「綺麗……」

「フレアベルの花だね。摘んでいこう」


 花びらをすり潰せば血止めになり、乾かして使えば鎮静効果が、葉は熱冷まし、根は腹下しなど、万能薬草とも言われるゆえんである。


 不思議な事に、他の生徒の姿は見えない。ここまで来る間にも、一度もすれ違わなかった。

 どういうからくりなのかは分からないが、他者とは出会わないようになっているらしい。


「他の人も来たのかな?」

「多分ね。僕らも早めに戻ろう」

 花を摘むと、ふわりと甘い香りが漂った。


「この丘、恋人の丘とも言われてるらしいね」

 花を手にしたレインが何気なく言った。


「二人でここを訪れて、花を摘んでキスすると、永遠に離れないそうだよ」

「へーそうなんだ」

「びっくりするほど気のない返事だね」

「だって関係ないし。どうせレベッカでしょ、それ言ったの」

「まぁそうだけど」


 大方、一緒に行こうと誘われたに違いない。先ほども言った通り、生徒だけでは来られない場所なので、レベッカの希望は叶わなかっただろうが。


「もしかして、レベッカと一緒に来たかった?」

 ふと思いついて聞くと、彼は微妙な顔をした。


「そういうわけじゃないよ。レベッカは可愛いと思うけどね」

「じゃあ、一緒に来たかった人がいるの?」

「……君、デリカシーがないって言われない?」

「あんたにデリカシーが必要だと思ったことないから」

「へーそう。僕も君にだけは必要じゃないと思ってるよ」


 何よ失礼ね! と言い合っているうちに、いつもの空気になってしまった。先ほどは平和だったのに、どうしていつもこうなのか。むすっと口をつぐみ、アンジェはそっぽを向いて歩き出した。


 黙り込んだまま歩いていると、ふたたび霧の中に入る。

 ここから三十分ほど歩けば元の場所だ。あとは戻るだけなので、やや緊張もゆるんでいる。

 レインは何も言わないけれど、沈黙が妙に居心地悪い。


(何よもう……)


 何か機嫌を損ねたのだろうか。

 からかったわけでも、レベッカとの仲を邪魔しようと思ったわけでもない。それなのに、どうしてそんな顔をするのか。


 もしかして、何か変な事を言ったとか?

 だけど、思い返してみても心当たりがない。


(私が、一緒に来たかった人がいるのって聞いたから……?)


 けれど、それで不機嫌になる理由が分からない。

 ああもう本当に面倒くさい。なんなのよコイツ、と内心で毒づく。

 そういえば、言わなくちゃいけない事があったはずなのに――……。


「君は卒業したらどうするの?」

 ふと、レインに聞かれた。

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